第11話・・・白鳥澪華VS詩宝橋胡桃・決着/嗤う男・・・


 

 放課後。白虎学園、第二校舎の小さな講堂。


 そこでは簡単なお茶会が開かれていた。パーティ、というほど豪勢ではないが、部屋いっぱいにお菓子と飲み物が並び、何より人が多くて賑やかだ。


 お茶会の参加者はこぞってある一人の生徒を取り囲んでいた。

詩宝橋しほうばしさん! 誘ってくれてありがとう!」

「さっきのスピーチもめっちゃよかった! すっごい勉強になったし感動した!」「音楽も最高だし紅茶やお菓子も美味しいし! もう最高だよ!」

「こうやって友達増えていくの…いいなっ」


 詩宝橋胡桃くるみ。このお茶会の主催者だ。


「ありがとうっ」

 満面の笑みお浮かべた胡桃は片手に果実水の入ったグラスを持った。


「それじゃあ改めて、かんぱ〜い!」


「「「かんぱ〜い!」」」

 カキンカキンっ、とグラスの鳴る音が響く。


 白虎学園に入学してから四日、白鳥澪華との『社交会』の参加者数で競うことになってから三日が経過した。


 詩宝橋胡桃は順調に『普凡科』の生徒と交流を深めていった。

 教室回りも順調だ。


 何より放課後に小さな講堂を借りて行う簡単なお茶会が大盛況で大変喜ばしい。


(……ん?)

 胡桃が生徒達と談笑していると、少し離れたところに立っていた秋瀬薇奈あきせ らながアイコンタクトで(ちょっといいかい?)と問いかけてきた。


(わかった)とアイコンタクトで返し、胡桃は「ちょっとごめんね」と生徒達に断ってその場から抜けた。


 講堂から出ていく時、背後から生徒達が自分抜きでも楽しく話しているのを聞いて、つい口元が綻んだ。




「どうしたの?」

 講堂を上から俯瞰できる放送室。借りた生徒とその関係者しか入れない部屋に入ったところで、胡桃は薇奈へ訊ねた。


 薇奈は「とりあえず」と言いながら胡桃の両肩に触れ、「座りな」とぐいっと力を込めて椅子に座らされた。


 胡桃が瞬きしながら見上げると、薇奈が姉御肌全開の笑みを浮かべた。

「ここ最近、やることが多くて疲れてるだろ?」


「薇奈…」

 本当に薇奈には敵わないな、と思った。


 確かにここ最近、昼は教室中を回り、放課後はお茶会を開き、夜は『社交会』の準備に奔走して疲れが溜まっていた。


 ここが頑張りどころだ、と己に喝を入れていたが、薇奈には見抜かれていたようだ。


「このお茶会でそんなに頑張ることはないって」

 薇奈が微笑む。

「胡桃がいなくても全然盛り下がってないだろ? こういう時ぐらいゆっくり休んでくれ」


 胡桃は先程部屋を出ていく時に聞こえた生徒達の談笑の声を思い出した。

 薇奈の言う通りだ。自分たちの頑張りは徐々に実を結んでいる。


「リピーターも何人もいて、この講堂じゃもう広さが足りないぐらいだ。…この小さなお茶会でこれだけ直接足を運んできてくれる人がこれだけいるってことは、当日の『社交会』にはもっと大勢の生徒が参加してくれるだろう。…この調子なら本当に白鳥に勝てるぞ」


「…うん」

 胡桃が真面目な面持ちで頷く。


 目的の為の大きな一歩が、現実のものとなってきたのだ。


「争いごとは嫌いだけど、やるとなったら勝つしかない。……心を鬼にして、勝つよッ。薇奈」



「もちろんだ」



 決意新たに頑張ろう………………………………………………………………そう息込んだ時だった。



 ピロン、と携帯から音が鳴った。


『牙の標』の通知音だ。



 薇奈が慣れた動きで携帯を取り出してすぐ確認する。

「ん?」

 すると薇奈は眉を顰め、数秒携帯を見つめた。



 ……少し、胸騒ぎがした。



 胡桃の勘を裏付けるように、薇奈は目を見開いて口を大きく開いた。

「な…!? これ…っ!」


 胡桃は反射的に立ち上がった。

「どうしたのっ?」

 薇奈に顔を近づけて一緒に携帯を覗き込んだ。

 

 その画面を見て、胡桃は頭が真っ白になった。




『白虎学園の皆様へ


 拝啓 春暖の候、皆様にはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。


 さて、このたび私どもは、特別な趣向を凝らした『社交会』を開催する運びとなりました。その名も「『神羅界の樹ユグドラシル』専用仮想通貨『ノルン』説明会」。

 この会では、参加者の皆様へ特別に「神羅界の樹ユグドラシル」で使える仮想通貨「ノルン」をお配りし、その価値や活用方法について詳しくご説明いたします。


 ご存知の方も多いと思いますが、「神羅界の樹ユグドラシル」は学習支援だけでなく、生徒のランクに応じたショッピングサイトを備えた新時代のコミュニティプラットホームです。

 

 さらに今回、特別企画として、通常は「神羅界の樹ユグドラシル」の最高ランクの生徒「最神種者(ノヴァ・シード)」のみが利用できる専用ショッピングホームを全参加者に提供いたします。このホームは「神羅界の樹ユグドラシル」の中でもごく少数の生徒しか利用できず、超希少且つ超高級な物品・教材などと巡り合えることでしょう。

 この限定機会にぜひ、「神羅界の樹ユグドラシル」の魅力を直接体験して下さい。

 利用方法・規約については『社交会』にて丁寧にご説明いたします。


 白虎学園の皆様にとって、新しい知識と体験を得る場になれば幸いです


 白鳥澪華しらとり みおか



 

 それは、白鳥澪華の『社交会』の招待状だった。

 ……その招待状の内容に、胡桃も薇奈も口を開いて固まってしまった。


「これ…は……ッ」


神羅界の樹ユグドラシル』については詳細に調べているので『ノルン』についてもよく知っている。


 

『ノルン』。

 それは『神羅界の樹ユグドラシル』の生徒が勉強の成果に応じて頂ける専用仮想通貨のことだ。

 ランクの低い生徒でも、国内外のブランド品を『ノルン』で購入できるのだが、最高ランク『最神種者(ノヴァ・シード)』が利用できるショッピングホームは格が違う・・・・と聞く。

 世界に一点しかない芸術品、超最先端の電子機器、投資に関する極秘情報から、さらには『樹嶺長』が持つ数多の優良な土地の権利書などなど。

『四神苑』の優秀生に与えられる特権と遜色ない、より取り見取りの商品が並んでいるらしい。



「……そういう、狙いなわけ…ッ」

 白鳥澪華の狙い気付いた胡桃は拳を強く握り締めた。


「……随分と直接的な手を打ってきたね…! 白鳥澪華は…!」


 隣で険しい表情を浮かべる薇奈が続けて吐き捨てるように言う。


「この招待状、つまりは『お金を上げるからこっちの「社交会」に参加しろ』って言ってるようなものじゃないか…!」



 そう。…胡桃が人と人の繋がりを重視して地道に輪を広げていったのに対して……、白鳥澪華は金で釣ろう・・・・・というのだ。



「…でも、」

 薇奈が冷静に口を開く。

「まだ致命傷じゃないはずだ。……損得だけを考えたら白鳥の『社交会』の方がいいだろうけど、こんな『金で釣っている』ことが明白な場所に行くなんて、生徒からしても周りの目が気になるはず…! それにこういう金銭を餌にされるのが嫌いな生徒だっているから、あと数日だけどその辺の生徒に集中してアプローチすれば…ッ」




「…………………………………………いや…っ」


 胡桃は苦しげに声を発した。


「……もしかしたらもう……手遅れかもしれない…」



 胡桃の言葉に薇奈が「え!? ど、どういうこと!?」と声を張る。


 その疑問に答える余裕は胡桃にはなかった。


 胡桃は不安定な足取りで放送室の窓ガラスに近付いた。そこから講堂内一望できるのだが、お茶会に来てくれた生徒達もざわついている。

 間違いなく白鳥澪華の招待状に気付いたのだろう。


「……確かめないと…ッ」

 胡桃は膝に力を入れて放送室を出て走り出した。


 廊下を駆け、講堂のドアの前に着く。

 嫌な音を鳴らす心臓をトンッと叩き、ドアを押した。


「あ…詩宝橋さん…」

「…も、戻ってきたよ…みんな…」

「お、おかえり…秋瀬さんと話は済んだ…?」



 ………胡桃の顔を見て、大多数の生徒が気まずそうに目線を逸らした。


 先程までの盛り上がりはどこへやら。


 

(……………やっぱり、手遅れだったか…)


 ……胡桃は観念したように笑みを浮かべた。



「…………みんな、今日のお茶会はこの辺にしておきましょう」


「「「え…?」」」

 胡桃の提案に、生徒たちが瞬きする。


「白鳥さんの招待状を見てみんな戸惑ってるでしょ? だったらもう楽しめる空気でもないし、今日はお開きにした方がいいじゃない?」


「そ、そうだよね…」「うん…」「その方がいいかも…」

 誰も反対する者はいなかった。


「また…明日もお茶会やるから、ぜひ来てね」

 ……無駄だとわかっていても、胡桃は伝えた。


「う、うん…」「もちろんっ…用事がなければ…っ」「……」

 反応は思った通りだった。


 その後、生徒達がぽつりぽつりと胡桃の横を通って講堂を出ていく。


 みんな「また今度」と言ってはくれるがよそよそしい。……そして、誰も「明日も来る」とは言ってくれなかった。




 ◆ ◇ ◇




「……胡桃…」

 誰もいなくなった小さな講堂で立ち尽くす胡桃に、後ろから薇奈の声がかかった。


 振り向くと、悔しそうに目元に力を込め、今にも涙を流しそうな薇奈が立っていた。


「胡桃が言った『手遅れ』って意味…最初はわからなかったけど……さっきの生徒達の態度を見て……わかったよ」


 胡桃がふっと哀しさ混じりに微笑んだ。



「……そう。みんな、目が覚めた・・・・・んだよ」


 胡桃が講堂内をゆっくりと歩き回る。



「薇奈が言ったみたいに、『金で釣る』ってことに世間体を気にして難色を示す人は多い。仮に前まで私達が通っていたような一般的な学校だったら『ユグドラシルとかノルンとかあんまり興味ないからいいや』って拒絶する生徒が多かったろうけど…………ここは『四神苑・白虎学園』」


 胡桃が虚しく述べる。


「『特世科』のみならず『普凡科』の生徒も自主自立を志して入学してきた生徒達。彼らが何より求めているのは武器となる『知識』であったり『スキル』であったり『情報』。……私は『仲間』が最も大切と考え、こうしてコミュニティを築いたんだけど……白鳥さんの招待状を見て、みんな目が覚めたんでしょうね」


 一拍置いて、胡桃が自重気味に笑って告げた。



「こんな仲良しこよし・・・・・・をしている場合じゃないって」



「……ッ」

 薇奈が首が折れそうなほど顔を俯かせる。


「…失念してたよ」

 胡桃は力なく笑う。

「『四神苑ここ』で今までの私達の常識を当てはめちゃダメだったんだ」


 そう。 

 白鳥澪華は正確にこの学園の本質を見切り、対抗策を取ってきたのだ。


 それにしても、と胡桃は思った。

(白鳥さんなら『最神種者ノヴァ・シード』の権限をここまで使わなくても、生徒達に十分な『利』を与えられただろうに。………さすが、『戦乙女ヴァルキリー』と呼ばれるだけのことはあるなぁ)

 



『繋ぎ姫』詩宝橋胡桃は静かに敗北を受け入れた。




 ◆ ◇ ◇




「薇奈、顔を上げて」

 まだ俯く薇奈の両方に手を置いて、胡桃が優しく告げた。


「胡桃…ッ」

 薇奈が震えながら顔を上げる。涙を必死に堪えている薇奈の顔もまた凛々しいな、と胡桃は冷静に思った。


「今回はこんな結果になっちゃったけど、私は私のやり方を変えないよ! ……薇奈、これか……」

 これからも一緒に歩んでくれる? と、胡桃が気持ちを新たにするため確認した……時だった。




 パシャッ。



 ……カメラのシャッター音が響いた。




「「ッ!?」」

 胡桃と薇奈が機敏な動きでその音の方へ体を向けた。


 パシャッ。


 そこで更にもう一度、シャッター音が鳴る。


 眩い光に目を細めていると、その盗撮野郎とうさつやろうが歯を見せて笑った。

「お、ええもう撮れたわ。…題して『負け犬の傷の舐め合い』。なんつってなぁ」



「……落禅らくぜんくんッ」


 胡桃は怒りを剥き出しにしてその人物、落禅康紘やすひろを睨みつけた。



 細身を揺らしながら、落禅は携帯を片手に盗撮してケラケラと悪どい笑みを浮かべている。


「何撮ってるのよ!」

 胡桃が叫ぶと、落禅は笑みを絶やさず言った。


「いやぁ、詩宝橋の負けが確定したからどんな顔か逸早く拝みに来たんやけど、かなり滑稽な姿になってたから撮ってもうたわ」

 細身を揺らしながら笑う落禅に、敵意が漲ってくる。


「……その写真、今すぐ消しなさい! ……まさかふざけたことに使うつもりじゃないでしょうね…ッ」


「せやなぁ。…せっかくオモシロ画像を手に入れたんやから、小遣い稼ぎしたいなぁ」


「な…ッ」

 さらりと醜悪なことを言う落禅に胡桃が目を丸くする。

「せやかてなぁ。この学園に部活はないから新聞部もないしなぁ。…まあでもメディア活動してる『団体』はあるからそこに持ち込むかぁ」


 すると落禅が「せや!」と楽しそうに笑った。



「決めたわ! ……『玄武げんぶ』の生徒に売ってくるわ!」



「ッッ!」

 胡桃は息を呑んだ。


 情報専門学園の玄武学園の、落禅と同じように醜悪な性格の生徒の手に渡ればどんな風に書かれるか、想像するだけで悍ましい。


「『繋ぎ姫』だけじゃあインパクト弱いけど、『首席』に負けた瞬間のオプション付きとなれば価値も上がるやろ」

 胡桃は落禅の『金』のことしか考えていない性分を目の当たりにして、下唇を噛んだ。

 


 あらゆる手を尽くして金を稼ぐ。付いた異名が『銭百足ぜにむかで』。


 人の尊厳をなんとも思わずひたすら金を稼ぐ姿勢は心の底から軽蔑ものだった。



「ラクゼェンッッ!」

 そこへ、胡桃と同じように憤怒を燃やしていた薇奈が落禅の方へ走り出した。


 突進する勢いで落禅から携帯を奪おうとする……が、


「失せろや」

 落禅は薇奈の腕を掴み、流れるような動きで薇奈を転がすように倒した。


「…なッ」


 目を見開く薇奈の腕を落禅は放さないまま、「ばーか」と真上から吐き捨てた。

「細いからって舐めとんのか? こう見えて合気道『黒帯』や。これまでも俺が少しちょっかい出すだけで、す〜ぐ殴りかかってくる連中が多かったからなぁ。

 ……すぐ暴力を振るってくる脳みそまで筋肉な連中に合わせて護身術を習わされる俺の身にもなってみぃ。…ほんま、萎えるわ」


 そして落禅が放さないままでいる薇奈の腕を掴む手に力を入れた。


 ぐぐぐっ、と力が入り、薇奈が「うぅ…ッ」と呻く。


「薇奈を放しなさい!」

 溜まらず薇奈が叫ぶが、


「だったらまず謝れ! お前の部下が俺に暴力を振るおうとしたんや! 謝るってのが筋とちゃうんか!?」


「……ッッ!?」

 胡桃は怒りで頭がおかしくなりそうになった。

 

 ……その時だった。




 パシャッ。




 落禅の背後から、新しいシャッター音が鳴り響いた。


「「ッッ!?」」

「なんや!?」

 胡桃、薇奈、落禅が一斉に視線を向けた。


「いい写真が撮れました。題して『暴力と脅迫』。……私のセンスはいかがでしょうか? 落禅くん」


「……ッ! 白鳥しらとり、澪華みおか…ッ!」


 …そう。

 そこにいたのは『戦乙女ヴァルキリー』こと白鳥澪華だった。金髪ポニーテールが滑らかな曲線を描き、気高さを表している。


 後ろには彼女の『権限代理人』栞咲紅羽しおりざき くれはが「やっほー」と手を振っている。左目周りの傷は決して女性として嘆くべきものなのに、彼女の活力に満ちた明るさからはそれを一切感じさせない。


『首席』とその『権限代理人』の登場に、落禅が表情を曇らせた。


「……なんや、白鳥も負け犬の顔拝みに来たんか?」

 落禅が言いながら薇奈の腕を放した。


 薇奈が申し訳なさそうに胡桃の隣に戻ってきたので、そっと手を握って大丈夫だと暗に伝える。


「…落禅くん」

 白鳥が落禅を冷たく睨みつけた。

それ・・、本気で言ってるの? この私・・・が、負け犬の顔を拝みに来た、と本気で思ってるの?」


「……そんな顔すんなや。冗談、軽口やって」

 落禅は「はあぁぁぁ」と深く息を吐いた後、携帯を掲げ、先程盗撮した胡桃と薇奈の写真を一枚ずつ消去した。

「これでええんやろ? コピーもないから安心しぃ。信じられへんなら携帯なり『住家』なり好きに調べてもらってもかまへんよ。俺の立ち合いの元でならな」


「いえ」

 白鳥も携帯の画面を見て、落禅の写真を消しながら言った。

「そこは『五位』の貴方を信頼しましょう」


「…おおきに」

 落禅は肩を竦めると何も言わずに講堂のドアへと歩いていった。出ていく気だ。


「……二人に謝罪の言葉はないのですか?」


「そっちもあんまり調子のんなや、『首席』」

 白鳥が謝罪を求めると、落禅が冷徹に言葉を返した。

「今回は白鳥に免じて俺が・・見逃しとるんや。前も言うたやろ。……俺より少し上・・・・・・やからって調子乗んなって」


 そこで落禅が「ああ」と悪どい笑みを浮かべた。


「まあでもそうやな。一応謝っておくわ」


 そして胡桃と視線を合わせ、侮辱の笑みを隠さないまま彼は言った。



「弱いものイジメして堪忍な。……これからは身の丈に合った振る舞いを心がけてくれ」



「「…ッッ!」」

 胡桃と薇奈が犬歯を剥くが、落禅はそれだけ言うと講堂を出て行った。




 ◆ ◇ ◇




 講堂を後にした落禅康紘はギリッと歯軋りした。


(白鳥澪華……お高くとまってられんのも、今うちやからなぁ)


 沸々と、憎悪の炎を燃やしていた。




 ■ ■ ■




 落禅が出て行った後の講堂。


「……ありがとう、白鳥さん」

 胡桃は白鳥に頭を下げた。隣で薇奈も同じように頭を下げている。


「礼には及ばないです。……落禅くんの所業は目に余りましたから」


「…そう」

 胡桃が微笑む。

「でも借り一つってことにておくは。いつか絶対に返す」


「貴女の気が済むなら好きにして下さい」


「ええ、好きにさせてもらう」

 胡桃がふっと笑い「それで、」と首を傾げた。

「ここへ来た元々の要件は何かな?」


 落禅が先に来ていたことは白鳥としても偶然のはずだ。

 元々何の目的で胡桃の元へ来たのか?


「大したことではないです」

 白鳥が歩き出し、胡桃の前で止まった。


 そして、手を差し出した。


「ただ握手を、と思いまして」


「握手…」


「はい」

 白鳥が頷く。

「はっきりと申し上げて、結果はもう見えたと思います。今回は敵同士でしたが、詩宝橋さんと良い縁を結びたいとは思っているので。……『架橋会』、私は参加できませんが大成することを祈っています」


 その白鳥の言葉を、胡桃は自然と受け入れられた。


 この言葉は信じられる、そう感じた。


「ありがとう」

 胡桃は素直にお礼を言って手を握り返した。


 白鳥と視線が交差し、その瞳に宿る想いの力をなんとなく感じ取った胡桃は今一度敗北を実感した。


 そして手を放し、一息ついたところで栞咲紅羽が白鳥の後ろからぴょこっと身を出した。

「詩宝橋さんっ。今後はどうするの? …黛くんのところに戻るの?」

 栞咲の声には不安の色があった。


 何人かの生徒にも言われたが、『繋ぎ姫』と呼ばれる自分が黛蒼斗や落禅康紘と徒党を組んでいるのは嫌なのだろう。


「戻らないわ。……というか、黛くんも負けた私を戻す気はないと思う」


 胡桃の言葉に白鳥が眉を顰めた。

「……使い捨て、ということですか?」


「ふふっ、まあそんなところ」

 胡桃は肩を竦める。

「黛くん、あんまり自分の計画を話そうしなかったんだけど、私の前では特に何も喋らなかったから」


『社交会』という胡桃と相性のいい舞台があったから招いた。それが主な理由なのだと胡桃は確信している。


「…私が言うのもおかしいですが、どうかご自分が胸を張って歩ける道をこれからも歩んで下さい」


「言われなくてもそうするつもりよっ」

 胡桃は気丈に笑ってみせた。


 その笑顔はいつもの慈しみに溢れたものとは違ったが、輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る