第10話・・・詩宝橋胡桃/情熱の根源・・・



 『団体説岐会だんたいせつぎかい』 の翌日から早速授業が始まった。


『普凡科』の生徒は一コマ一時間の濃い内容の授業をしっかりと熟していく。『普凡科』の生徒は授業をほとんど受けない『特世科』の生徒に代わって偏差値を維持してもらうため、『四神苑』の中で最も過酷だと言われている。


 名門進学校に通っている生徒であっても情報量の多さにパンクしてしまいそうな授業内容だが、過半数を越える生徒は苦もなくノートにペンを走らせている。半数以下の生徒も、悩み顔を浮かべながらもパンクしている様子はない。


 基本スペック重視で受かった『普凡科』の生徒なら当たり前だ。


 僅か15分の休み時間では談笑する余裕もある。

 とりわけ、今白虎学園は熱くて盛り上がる絶好の話題があった。

「なあ、見たか? 見たよな? 詩宝橋さんの『社交会』の知らせ!」

「見た見た!『春の蕾会』だよな!」

「せっかく『首席』が社交会開くから一応行こうとは思ってたけど、詩宝橋さんの方が断然楽しそうだよな!」

「ていうか『首席』のやつは義務なんでしょ? 期待できるのかな?」

「詩宝橋さんの行ってみてぇ」





(……あぁ、うぜぇ)




 

 しかし、乗り気でない者もいた。


 一年EKイーク組。持門瀧雄もちかど たきお

 姿勢は悪いが鍛えていることがわかる肉体。邪魔な毛はいらないとばかりに短く切られた髪。

 他人を寄せ付けないオーラを纏った男子生徒だ。



 持門瀧雄は休み時間にクラスメイト達が詩宝橋胡桃と白鳥澪華のことについて盛り上がっていることに辟易としていた。


(『特世科』達の争いに一喜一憂しやがって…一流の学園に来ても有象無象は有象無象だな)


 瀧雄が蔑んでいることも知らずにクラスメイト達が話を進めいく。

「この中で詩宝橋さんの『社交会』行ったことある奴いるか?」

「あ、私は行ったことないけど、友達が何回か行ってて写真たくさんもらってるんだ。見せてあげようか?」

「それは私にSNSフォローしてるからすぐ色んな写真出せるよ」

「まじか! 見たい見たい!」

「見して見して!」

「それじゃあ俺も少しだけ持ってるから…」

 話題は詩宝橋胡桃の『社交会』の写真になり、EKイーク組の生徒達がこぞって携帯を操作して写真を見せ合っている。

「すっっごい綺麗!」「ここどこ!? フランス!? パリ!?」「このシャンデリア可愛い!」


 どんどん生徒達が盛り上がっていく。


 それに反比例して瀧雄のテンションが下がっていく。




 

 ……その時だった。





「わっ! すごい! こんな昔の写真まで残ってるんだ!? …なんだか恥ずかしいなぁ〜」





「「「ッッ!?」」」

 クラスメイト達が言葉に詰まった。


 理由は明白。突然その声の主がひょっこり現れ、何を言えばいいのかわからなくなったのだ。



(……なッ…)

 かくいう持門瀧雄もクラスメイト達と同じように目を見開いて固まっていた。



「…し、」

 クラスメイトの一人が言葉を振り絞る。

「詩宝橋さん!?」



 そう。

『普凡科』の教室に現れたのは今話題の詩宝橋胡桃だったのだ。


 サイドポニーにした髪を揺らしながら「こんにちは、EKイーク組のみんなっ」とはにかんでいる。


「どうしてここに…?」

 クラスメイトの男の一人がおずおずと聞く。


「今ね、頑張って白虎の一年の教室全部回ってるんだ。ここは六つ目」


「「「え!?」」」

 詩宝橋の答えにクラスメイト達が全身で驚く。中には椅子からける者もいた。


 瀧雄も同じように驚いていた。驚いて当然だ。


『四神苑』は莫大な生徒を抱えるマンモス校。

 一学年2000人近く在籍しており、一クラス40人前後として約50クラス近くある。だからCFシーフEKイークのようにアルファベットを二つ組み合わせた特殊なクラス名を採用しているのだ。


「ぜ、全部回るつもりなんですか…?」

 生徒の誰かが聞く。


「うんっ! 『社交会』前日までには全部!」

 詩宝橋は決意の強い目で頷いた直後、表情が緩んだ。

「でもまあさすがに全部は厳しいかもしれないけど、……それでも、明後日までは頑張るつもり!」

 詩宝橋の頑とした思いが伝わってくる。EKイークの生徒達が息を呑んだ音が聞こえるようだ。


「な、なんでそこまでして…?」

 とある女子生徒の質問に、詩宝橋は揺るがぬ眼差しで生徒達を一望した。



「みんなと仲良くなりたいから」


 その濁りない言葉は生徒達の心に大きく響いただろう。


 彼女のカリスマ性がありありと実感できる。




「………はっ、くだらねぇ」




 しかし。



 クラスメイト達の心が心地よく詩宝橋胡桃によって蕩かされている中、持門瀧雄は雑音を放った。


「…おい、お前…ッ」

 近くにいた一人の男子が諌めるように小声で名を呼んでくるが、無視した。


 瀧雄は詩宝橋に何かを言う暇と与えないように口を開いた。

「何が『仲良くなりたい』だ。詩宝橋胡桃がここに来た理由なんて明白だろッ。……自分の『社交会』に参加してもらう為に媚びを売りにきた、それしかないだろ」


「いい加減にしろよ!」

 先程自分を諌めた男子生徒が怒り心頭になったらしく、掴みかかってきた。


 望むところだ。力には自信がある。ねじ伏せて自分の恐ろしさを見せつけてやる。


 そう思った……が。


「やめてっ!」


 他でもない詩宝橋胡桃が透き通るような大声を上げた。


「お願い、やめて。ただの暴力はこの世で最も悲しい争いだから」

 憂うような表情で呟いた後、詩宝橋は歩いて瀧雄と対峙するように立った。


「確かに貴方の言う通りよ。…持門瀧雄くん」


「ッ!」

 瀧雄は不意を突かれたように体を強張らせた。


「な、なんで俺の名前を…」

 名乗った覚えはないし、悔しい話だが名を知られるほど有名でもない。詩宝橋が自分の名前を知る機会なんてないはずだ。


「持門くんだけじゃないよ」

 詩宝橋が今瀧雄へ掴みかかってきた男子生徒へ視線を向ける。

「中学の頃はバスケ部の部長としてチームを引っ張り全国中学生大会インターミドルベスト8までいった沖巻正平おきまき せいへいくん」

 名前だけでなくプロフィールについても触れられ、沖巻正平が「え…どうして…」と細い声でぼやく。


 詩宝橋はそれで終わらず「そして」と次々別の生徒へ目を向けた。


「色彩感覚に優れていて大人も参加する絵画コンクールでいくつも入賞している染桐真昼そめぎり まひるさん、タイピングが誰よりも速くて既に『特世科』の何人かから資料打ち込みの案件をもらっている外見陽大そとみ ようだいくん、青森の名門校の生徒会で三年間庶務を務めた自称『最強の雑用係』の臣島弦おみしま げんくん」


 詩宝橋が「……そして、」と新ためて瀧雄に目を向けた。


「小学生の頃から実家が経営する飲食店のホールに入り、中学に上がる頃にはホールリーダーとして数多の注文を捌いてお店の売上を上げていた持門瀧雄くん」


「「「………ッッ」」」

 クラスメイト達が唖然とした。 


 瀧雄も同じ気持ちだ。

 先程までメラメラと燃えていた詩宝橋に食ってかかる威勢があっさり消し飛ばされてしまっている。


「そんなに驚かないで」

 詩宝橋が携帯を持つ手を振った。

「知ってるでしょ? 『牙の標』には『特世科』が相性の良い生徒を探しやすくするために『普凡科』の生徒の簡単なプロフィールが載ってるって」


 確かにその通りだが、問題はそこではない。


 詩宝橋は何も見ずに生徒達の情報をそらんじた。


(……一年生のプロフィール全部覚えてるってのか…!?)


 まさか同級生約2000人を全員? いや、さすがにそれはない…と、瀧雄は考えたが詩宝橋胡桃ならありえるかもしれないと考え直す始末だ。


「こんな暗記も持門くんの言う通り私の『社交会』に参加してもらうための媚び売りって言われると思うし……事実、その側面があることは認めるわ」


 誰もが微動だにせず詩宝橋の言葉に耳を傾けている。


「でもねっ」


 詩宝橋が語気を強める。


「みんなのことを深く知って、本気で仲良くなりたいって気持ちも本物! 私の嘘偽りない本音よ!」

 熱く詩宝橋が言い放った。教室中に詩宝橋の信念のようなものが広まっていくのが目に見えるようだ。




「……『繋ぎ姫』…」


 誰かが呟いた。


 正にその通りだと瀧雄は感じた。



 詩宝橋の言葉に根拠はない。

 しかし詩宝橋が『繋ぎ姫』と呼ばれるに至った実績が固い根拠となって曇りなく生徒達の心に響く。


「もしよければ今日の放課後、第二校舎の一階にある小さな講堂を貸し切ってお茶会をする予定だから、少しでも私と仲良くしたいなって思ったら来て。誰でもウェルカムだから」


 詩宝橋が腕時計を確認する。


「ごめんね、明日までにできるだけ多くの教室を回りたいから、この辺で失礼するわ。…今度はちゃんとお話しようねっ」


 詩宝橋胡桃はEKイーク組の生徒にそれだけ言い残して去っていった。


 しばらくEKイーク組は誰も何も話さなかった。


 ようやっと会話が聞こえたかと思えば「なんか…すごかったな…」「ああ…一気になんか…やられた感じ…」「あれが詩宝橋さんか…」とまともに言語化できているものが聞こえてこない。


 瀧雄も同じ感想しか抱けていない。


 思えば『特世科』の生徒と間近で相手をしたのは初めてだった。


『普凡科』と『特世科』の格の差を思い知らされた悔しさもあれば、目指すべき『上』をまざまざと見せつけられた爽快感のようなものも感じている。


(…ほんと、とんでもねぇ学園に来たんだな)




 ■ ■ ■




 詩宝橋胡桃は地方の富豪の長女として生まれた。


 父は年商20億を越える地元では知らぬ者のいない有名企業の社長で、その家の唯一の子として英才教育を受けてきた。厳しい教育家庭だったがやりがいも感じており、幼いながら大人に負けないマインドで努力できていたと思う。


 ……しかし、小学校高学年に上がると父の厳しさが数段上がった。


 日々の勉強の進捗チェック及び一日一回テストして合格点に達さなかったら叱咤が飛び、特に胡桃の心を締め付けたのは交友関係にまで口を出してきたことだ。


『利がないから』という理由で大好きな友達との関係を強引に切ろうとしたり、逆に家が有名企業の役員や儲かっている自営業の家の子がいれば『友達になってこい』と命令された。


 挙げ句の果てに小学生にして『お前の結婚相手が決まった』と勝手に婚約者を決められる始末。


 

 …周りにいる大人は全員父の味方で、母を早くに亡くした胡桃はどんどん独りになっていった。



 だが中学に上がって更に厳しさが増した時、胡桃は限界を越えた。


 ぷつん、と何とか胡桃を立たせていた糸が切れた音が自分の中で響いたかと思ったら、家を抜け出していた。


 逃げ出した時のことは今でもよく覚えていない。ただ裸足でアスファルトの上を走ったので冷たかったことだけは記憶にこびり付いていた。


 行く当てもなく、幽霊にようにふらふらと彷徨っている時に偶然、数年前までよく一緒に遊んでいた女友達に出会った。父に縁を切れと言われた友達だ。


 最初胡桃を見た時は驚愕と恐怖に満ちた顔で数歩退いたが、胡桃だと気付いた瞬間にぎゅっと抱きしめてくれた。


 その友達の家へ連れて行ってくれて、友達のお父さんとお母さんも胡桃を温かく受け入れてくれた。しばらく友達の家でお世話になることになり、更に他の前によく遊んでいた友達の家庭も食材や服をお裾分けしてくれた。


 この時ほど人の温かみを感じたことはない。



 しかし、父がそんな胡桃の状況を許すはずもなく、娘が帰ってくる気がないと見るや、友達の親の会社に圧力・・をかけ始めた。



 地元で父に逆らえる者はほとんどいない。


 友達の親達は本当に良い人たちで、裏で圧力を掛けられていることを胡桃には隠していた。子供達が笑って過ごせるように頑張ってくれていた。


 ……でも、胡桃は気付いた。友達は気付いてなかったが、胡桃には簡単に裏で父が動いていることが見てとれた。



 父は『優しい胡桃は迷惑を掛けない為に戻ってくる』。そう思ったのかもしれないが……真逆だった。



 むしろ胡桃は怒った。


 これほど親切な人たちが苦しい思いをするなんて間違っている。強くそう思った。

 その時、初めて胡桃は父に正面切って反抗する覚悟を決め、試行錯誤して生み出したものが『架橋会かけはしかい』だった。



 徹底した互助システムで一枚岩となる『架橋会』を友達の親達は受け入れてくれた。


 そして数ヶ月後、『架橋会』に取引先や顧客を奪われて力を失った父と改めて思いの丈を話し、無事に和解するに至った。


 薄々感じていたことだが、父も母を失って目先の『富』に必死にしがみついていたのだ。


 

 その後も胡桃は『架橋会』を通じて社会人や学生と心を交わし、仲間を増やして行った。


 いつしか『繋ぎ姫』と呼ばれるようになった胡桃は『架橋会』をもっと大きくするために自分が更に成長する必要があると考え、前々から気になっていた『四神苑』を調べて、大きく関心を持った。



 同時に見過ごせない『欠陥』を見つけた。



 それが『翳麒麟』だ。



 父とは和解したが、会社に圧力をかけたり、探偵を使ってプライバシー(借金・前科)を曝け出すことはダメ。ダメなものはダメ。



 そんなことまでして成長しなければならないというなら成長しなくていいとさえ思っている。



 詩宝橋は誓った。



『翳麒麟』を掃討し、『架橋会』の名を知らしめる、と。

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