第5話 タブレット型セルフオーダーシステムはライン超えでしょ!

 ハンスはひとしきり笑い転げたあと、突然、私の前に向き直った。

「では奥様! お部屋へとご案内します!」

 そう言うと、私は会議室の外へと連れ出された。


 石造りの薄暗い廊下を進み、階段を上った先に、片開きのドアがあった。

「どうぞどうぞ、こちらへお入りください!」

 ハンスがそそくさと扉を開け、中へとうながす。


 そこは、こざっぱりとしたシンプルな部屋だった。

 向かい側がガラス戸になっており、食事用のテーブルと、それとは別の物を書くための机、一人用のベッドと、あとは備え付けのクローゼットがあるだけの、余計なものがないといえば聞こえはいいが、飾り気も面白みも無い空間。


「いかがですか奥様!? 多少手狭ですが、住み心地の良いお部屋をご用意しました! キッチンもついてます! お風呂とトイレはこちらです! ご安心ください、バス・トイレ別ですよ!」

 なにこれ、首都圏の駅近1ルームマンション? 


「何かご不満などありましたでしょうか?」

 ハンスが心配そうに? 不審そうに? 私の方をみてくる。


「別に不満はないわよ、無駄に部屋数があっても落ち着かないし。というか、そういうことじゃなくて……」


「それは良かったです! 他に必要な物があればお申し付けください! すぐにご用意致します! では、ボクは部屋に電気を通す手続きをしてきます!」

 ハンスは食い気味にそう言うと、部屋の外へ飛び出していった。

 電気? この部屋はスタシス家のお屋敷の離れの中よね? 電気通す手続きとか必要なの? どゆこと?

 私は机に備え付けられている椅子に座り、頭を抱えた。

 ?マークが次々に湧き、頭の中に渦巻いた。


 部屋を出たハンスと入れ違いに、リムが静々と部屋に上がってきた。

「お洗濯が必要な物は、このカゴの中に入れておいてください」

 そう言うと、抱えていたカゴを部屋の出入り口付近に置いた。


「わざわざありがとうね、リム」

 私は笑顔でねぎらった。

 さっきはっちょっと変な感じだけど、基本大人しそうだし、私も優しく接するわよ。


「……死ね……」

 は!? またフルスイングの直球暴言!?

 カゴを運んだことが、何の怒りに触れたの!?


「あッ……。しっ……仕事ですので、お気になさらず……」

 リムは手を前で組んで、深々と頭を下げた。

 ふー何とか乗り切った―、みたいな顔してるけど、全然誤魔化せてないからね!?


 私の驚きに反応するように、腹の虫がグーっと鳴った。

「……そういえば、ここに来てから何も食べてなかったわ。ここでは、食べるものはどうすればいいかしら?」

 私は腹をさすりながらリムに尋ねた。


 リムは、食事用テーブルの上を手で示した。

 そこには、黒い板のようなものが置いてあった。

「お食事は、そちらのタブレットからご注文いただけます」


「タブレット型セルフオーダーシステムはライン超えでしょ!」

 私は叫び、両手で机を叩いた。

 いい加減にしなさいよ! 何なのよさっきから!

 世界観を一貫させて! リアリティラインの上を反復横とびしないで!


「ご使用に不慣れであれば、直接お申し付けいただいてもよろしいですが……」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「一覧に無い品物も、テキスト入力していただければご用意いたします」


「幅広いニーズにも答えられる柔軟性まで備えているなんて……」

 私は食事用テーブルの椅子に移り、タブレットを手に取って、メニューを開いてみた。


『スズキのスモークと野菜のテリーヌ仕立て』『蟹とウニとキャビアとカリフラワーのムースリーヌ合わせ』『オマール海老とペトラーヴのメダイヨン』――――


「……炭酸水をもらえるかしら?」


「かしこまりました、奥様。ペリエをお持ちします」


 ハァ!? しゃらくさ! 何ペリエって、炭酸水を持って来いっつってんのよ!

 と、難癖をつけるのも疲れた私は、深くお辞儀をした後にそそくさと出ていくリムを、ため息混じりに見送った。

 部屋は一気に静まり返り。耳がピーンとした。

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