第4話 ……このブタ……
え? この子、今なんて言った?
「……コロシテヤル……」
あ、ちゃんと聞こえるようにいい直した。
これは殺意。明確な殺意が、この私に向けられていますわね?
黒髪を二つ結びにしたその少女は、陶磁器人形のような、ハンスと遜色ないほど整った容姿をしていた。
使用人の格好ではなくドレスの一つも着ていれば、古くからある名家の貴族の令嬢と言われても違和感ないだろう。
いやむしろ貴族なんじゃないの? 平民でこの顔面はありえないでしょ。
……このご時世色々あるし、思わぬ地雷を踏む可能性もあるから詮索するのはやめておきましょう。
「リム!」
ハンスは膝で、リムの太ももを突いた。
リムはハッとした顔をして、私の方へ向き直した。
そして、ハンスに負けないくらいの角度でお辞儀をした。
「すみません奥様。リムは引っ込み思案で……」
ハンスが代わりに謝罪をした。
そこじゃないなー。フォローするポイントがだいぶズレてんなー。
「大変申し訳ありません、奥様。私も、奥様の体脂肪を殺すお手伝いをさせていただければと思います……」
なおも顔を上げないリム。
あ、コロしてやるって、この体の肉のこと? そっかー。
いやいや無理無理無理無理! 全然誤魔化せてないから!
その華奢な体からは、先ほどまでの殺気は感じられなかった。
セリフの一部を除いては。
突然、リムが勢いよく頭を上げ、懐から小型のナイフを取り出した。そして、
「そこォオオオオオッッ!」
と、高い声を上げ、格子窓へ投げつけた。
「グァッ!」
男のうめき声が上がった。
外にいる何者かに命中したらしい。
声が途切れる前に、リムは続いて小剣を取り出し、逆手持ちのまま窓へ突進した。
「ハンス、奥様をお願い……!」
そう言うと、金属の分厚い格子を軽々と持ち上げ、
「待てやコラアアアアアアアアアア!!!!」
と叫んで、ひらりと外へ飛び降りた。
「ええと、ここは2階だっけ、3階だっけ、とにかく結構階段を上ってきた気がするんだけど……」
私は考えを整理するために、誰にとも無く問いかけた。
「ご安心ください奥様! リムが追撃をしたということは、ここにはもう敵はいないということです! 大丈夫です!」
ハンスは答えになっていない返答をした。
ほどなくして、リムは戻ってきた。
「申し訳ありません奥様、ここまで侵入を許すなんて……。相当の手練れだったようです」
両腕には鮮血。流れてはいないので、返り血か。
「曲者は生きたまま衛兵に引き渡しておきました。後は適切な処置がされることでしょう」
あーよかった、私は殺人には立ち会ってない。
適切な処置というのが気になるけど。
「……このブタ……」
「は!?」
「あっ……、違う、ええと……、この舞台でこそ、私は奥様のお役に立つことができます。いつでも『お掃除』をお申し付けください……」
いやいやいやいや無理無理無理無理! うまいこと言った感じにしても、全然取り繕えてないわよ! そもそも全然うまくないし!
それからしばらくリムは平身低頭。ハンスはその様子を見て笑い声を上げた。
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