第6話 は!? デブは状態で名前じゃないですけど!?

 きめ細かく、柔らかな炭酸の泡。

 砂糖が入っていないはずなのに、舌先に感じる仄かな甘味。

 汗をかいた体に、じんわりと染み渡る硬水……。


「おいしいじゃない、ペリエ! また持ってきてよね!」

 私は、リムに向かってサムズアップした。

 リムは静かにお辞儀を返した。


「ところで奥様……」

 何かを言おうとしたハンスを、私は手で制した。


「気になってたのよね、それ」

 私はタブレットをテーブルに置き、椅子から立ち上がって、二人に向かって言い放った。

「私はマリー・カラーダ。第13代カラーダ伯爵デビッド・カラーダの娘。私のことは奥様ではなく、名前で呼びなさい。奥様なんて値打ちこいた呼び方は、むず痒いのよ」

 だいたい、結婚初日にこんな1Kの部屋に押し込められたのに奥様扱いなんて、惨めすぎるにも程があるわ。


「承知しましたァ! これからは、マリー様とお呼びしますね!」

 ハンスは笑顔を浮かべて頭を下げた。屈託がないのに、どうも食えない。


「あなたもいい? リム」

 ハンスには触れずに、私はリムの方を向いた。

 その先には、鋭い猛禽の眼光。


「……デブ……」

 は!? デブは状態で名前じゃないですけど!?


「あっ……、『殲滅のデーブ』の異名を持つ、カラーダ伯爵の勇猛さはうかがっております。自ら最前線で驚異的な力を振るう、無双の豪傑であると……」

 リムはすぐ幼い表情に戻り、ハンスより浅めにお辞儀をした。

「ええと、お名前の件、かしこまりました、マリー様」

 全くもって誤魔化せてないんだけど! 

 でも、食い気味にお父様を誉められて、ちょっとうれしくなっちゃったじゃない!


「……まあいいわ。それよりハンス、あなた、さっき何か言いかけてたけど、何かしら?」

 ハンスの方へ向き直す。


「あ、そうそう、マリー様は、これからどれくらいお痩せになるおつもりでしょうか? その豊かな丸みを、どれほど消してしまわれるのでしょうか?」


「そうね、50キロは切るつもりよ。およそ丸みと言われるような部分は、すべて削り取ってやるわ」


「そんなぁ……」

 ハンスは、悲しそうに目を潤ませてうなだれた。


「今は80くらいのはずだから、30キロは減らすことになるわね」


「なるほど……」

 ハンスは、スッと表情と姿勢を戻した。

「ではマリー様、ここで一発、初回の身体測定といきましょうか!」

 そう言うと、どこからか身長計を取り出して、私の前に置いた。

 足を置く目印が貼ってある台の上に棒が立ててあり、そこに目盛りがついている標準的な身長計だ。


「なんでこんなのがあんの? これもチートアイテムか何か?」


「いたって普通の身長計です! さあ、ここに乗ってください!」

 逆になんで普通に身長計が侯爵屋敷にあんのよ!?

 疑問に思う私の脳内をよそに、ハンスは私の体を身長計の上に乗せた。


「160.2cm、リムより6cm高いですよ!」

 ハンスはおそらく無自覚無邪気にリムを煽った。

 リムは無反応。


「適正体重はメートル単位の身長✕身長✕22と言われています。マリー様の場合は56.46kgですね」

 計算早ッ!? 少数の自乗が絡んでこの速度は無理でしょ!


「通過点ね。適正、とか普通、じゃダメなのよ」


「さすがです。では、体重も量ってみましょうか」

 ハンスは赤い板を、私の前に置いた。

 ホメオが渡してきた、たしか『選別と審判の板<<ニタ オムロニルス>>』とかいう、大層な名前がついた体重計。


 来た、これが人生で一番嫌な瞬間。

 己の生き様を、体重を、数値という逃れられない形で突きつけられる、裁きの時。


 前に量ったのはいつだったかしら? 半年? 一年くらい前だっけ?

 まあ83kgくらいには、なってるかもしれないわね。

 いえ、85くらいは覚悟しておきましょう。

 それくらいの想定で84くらいだと若干嬉しい感じになるし、本当に85でも想定しているわけだから心のダメージが小さい。最悪のケースに備えておくことに越したことはないわ。


「さあマリー様! どうぞ!」


「やかましいわね! 乗るわよ! 今! ここで! 見てなさい!」

 伯爵令嬢は怯まない。私は堂々と、両足を乗せた。

 板に表示された数字が勢いよく増加していく。

 そして、ある程度の時点で上下に小刻みに振れた後、……やがて一つの値に止まった。


 103.6kg


 ******


 すみやかな膨らみは、まもなく縮む。

 長きにわたる積み重ねは、消し去るにも時を要する

 それは体? 心? それとも――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る