6話 初めての邂逅

『ヘレン、村の様子は?』

『主ー?なんかバタバタしてるけど、主には関係ないっぽいー!』

『分かった。それじゃあ引き続き監視と、もしもの緊急連絡役を頼んだぞ』

『はーい!』


「ふぅ……」


ヘレンとの通信を切ると、つい溜息を吐いてしまう。


「オウキ様。ヘレンが何かまた変なことを?」

「あぁ違う違う。ヘレンは別に変なことは言っていないさ。ちょっと考え事をしてて……」


前を歩くエフィーに心配されてしまった俺は、そう言って笑いながら誤魔化した。


変なことと言えば、この世界がゲームじゃないみたいなことなんだが、そんなことをゲームのNPCだった仲間に言っても伝わるはずがない。


それに落ち込むのではなく行動をしなくちゃならないからと、ヘレンが見つけてくれた村へ向かっている最中なんだ。

落ち込んでいる時間も余裕もない。


「それにしても、やはりオルクスだけでも連れてきた方がよかったのでは?」

「オルクスを?ダメダメ、俺たちは村に情報を貰いに行くんだ。ビビらせに行くんじゃない」


エフィーが言う通り、今俺の周りには彼女しかいない。


他のメンバーは休憩と警戒のため、まだあの脱出口に設置したキャンプに置いてきたのだ。

一応上空にヘレンはいるが、もしもの脱出と味方への連絡のために陸上には降りてこない。


「いえ、それもあるのですが……」


エフィーはとても渋い顔をして、俺を見る。

普段なら多分気づかないだろうが、今の俺なら骨身に沁みて分かる。


「遅いのは知ってる。けどこれが精いっぱいなんだよ……」


そう、俺の歩行スピードの問題だった。


俺たちは今、誰の手も加わっていない本物のやぶの中を歩いている。

ゲームみたいに都合よくプレイヤーの周りだけ綺麗な藪ではなく、最低でも腰くらいまである草木を掻き分けて歩いているのだ。


そんなところを前を歩くエフィーのケツを追いかけるだけだとしても、スピードは落ちるに決まっている。


だからエフィーの気まずそうに言った言葉の真意は「お前トロいから、オルクスの上に乗ってこいや」ということだ。


うるせぇやい!

俺は今まで寝たきり生活だったんだよ!

そんなに文句を言うなら抱っこを所望するぞ!?


だがそんなことは言えない俺は、こう言い繕うしかないのだ。


「急がないと日が暮れる。進み続けるぞ……」




藪の中、いや樹海を進むこと数時間、やっと俺たちは開けた場所に出られた。

草原と呼べる場所で膝くらいまで伸びた雑草を繁茂しており、その奥にヘレンが見つけた村は小さく見えるが、森の中を突っ切ることに比べたらマシだろう。


「そうだ、エフィー。今回の交渉はお前メインでいくぞ」

「え、えぇ!?そ、それは本当ですか!?」


途端にエフィーが狼狽え始めるが、俺は話を続ける。


「あぁ。事前に説明していた通り、どうやらあの村はエルフ主体の村らしいんだ。エフィーはダークエルフでも生活習慣は変わらないだろ?それにエルフとダークエルフはそこまで仲は悪くなかったはず……」


ダークエルフが忌み子だと嫌われているのは主に人間種の間だけで、エルフ種は近親種だからと悪感情はなかったはず。


そう言う理由もあって、エフィーを交渉役に抜擢したのだ。


「わ、わ、わ、私にむ、む無理です!」


「そこを頼む。人間の俺がメインで交渉するよりは警戒は薄れるだろ」


人間の欲望とは悲しいことに、時が経っても全く変わらない。

エルフは見目麗しい男女が多いからこそ、パーティーの外聞を気にする人が執拗に追い求めた。


その結果、エルフを主体としたいくつかの国が、人間のみ門戸を閉じた事例もある。


だから……


「だからさ、彼女に交渉を任せているから弓を下ろしてくれないか!?」


そう言って俺とエフィーは、腰くらいの高さだった雑草が僅かばかり盛り上がっていた場所に視線を向けた。

エフィーもさっきまで狼狽えていた様子とは一転、険しい顔で俺の向けた視点に弓の照準を合わせている。


俺たちの視線の先は確かに何も見えないが、殺気と自然ではありえないはずの匂いが漂っている。


「……エフィー、交渉を」

「本当に私が?」

「あぁそうだ。なるべく丁寧にな」


あくまで俺は補佐、交渉は近親種であるエフィーに任せた。


「き、き、きしゃらまぁ貴様らぁ!!こ、こ、こここここ、ここはぁ!……えっと、その何を聞くんでしたっけ?」


思わずズッコケた。


いや確かにエフィーの外見はかなりクール美人だけど、その実知らない人の前では緊張してしまう陰キャだっていうことは知っていたよ!?

けどここまで酷くなかったよね!?


ほら、相手さんも何を言ってるのか分からないみたいで、殺気の代わりに困惑の匂いが漂い始めてるよ!?

おい、この空気どうしてくれんだよ!!


「あ、あぁ~ごほん。連れが済まなかった。我々はただ周辺の状況が知りたくて立ち寄らせてもらっただけだ。通してくれないか?」


俺はエフィーを庇うように話すと、弛緩した空気感が一層引き締まった。

いやさっきよりも殺気が増した感じだな。




「返事もくれないのか?」


殺気は増したが、その発生源は未だに姿を見せない所か声すら出さない。

ただただ時間を無駄にするだけの余裕は、今の俺たちには無いからな。


「それならば仕方ない。勝手に通らせてもらおう」


俺は手をヒラヒラと振って別れを告げ、歩を進めようとすると……


ピュッ!


短く鋭い音が響き、瞬時に俺の眼前にはエフィーの手が突き出された。

その手には、1本の矢しっかりと握られており、当然だが俺たちの物でもない。


「ふむ……矢じりは鉄、だが純度が低いな。本体は木製、矢羽は鶏の羽根かこれは。エフィー喜べ、こんな安っぽい矢を使うってことは脅威じゃなさそうだ」

「はっ!ですがオウキ様に弓を射かけた罪、どのようにして償わせましょうか?」


さっきの陰キャっぷりはどこへ行ったのか、彼女からは怒気が滲み出るように覇気が出ている。


「いやいや警戒してただけかもしれないだろ?それに俺たちは戦いに来たんじゃない。情報を貰いに来たんだ。エフィーも一旦弓を下げててくれ」

「……分かりました」


眉間に深い皺を作ったエフィーは、魔法で浮かせていた純ミスリル製の弓と矢背に戻す。


ううむ敵が相手だと緊張しないのか、それとも緊張よりも敵意が上回っているのか分からないけど、いつものエフィーに戻ったな。


「というわけで、俺たちの実力は理解してもらったと思う。だからこのまま俺たちを黙って通すか、それとも案内するか。どっちかにしてくれ」


再び俺がそう誰もいない場所に声をかけると、そこからギリースーツのごとく全身に草を纏わせた物体が起き上がってきた。

露出している耳を見る限り彼らはエルフであり、あの村の警備員で間違いない。


本当は村の中に入って交渉を始めたかったけど、こうやって警備員に掴まることは想定内。

こういう時は、俺のなけなしのコミュニケーションを使って警戒を解いて……あれ、この人何を持って……

ピュー!!


「なんだ!?何をしたっ!?」


這い出てきたエルフの中で1人だけ衣装が僅かに異なった者は、手に持った笛らしきものを吹いた。

突然のことで呆気にとられたが、警備している者が持つ笛の用途なんて1つしかない。


「くそっ!一時退却するぞ、付いてこい!ヘレン、すぐにキャンプへ帰って撤収準備を始めろ!間違っても殺すなよ!?」


遥か上空から巨大な魔力を感じつつ、元来た道を走り出す俺たち。

この世界でのファーストコンタクトは、こうして失敗に終わるのだった。


◇◇◇◇◇


「エフィー、周囲に敵影は?」

「周囲1キロに敵影無し。安全ですオウキ様」


エフィーの言葉を聞いてから、俺はゆっくりと肺に溜まっていた空気を出した。


行きとは違って魔法を使っての移動だからか、精神よりも肉体的な疲労が強いかもしれない。


それに俺たちはわざわざ大回りをするように村へ近づいたから、捜索の手が臨時キャンプから離れていってるのも気軽に構えられる理由だろう。


「そうか。いやしかし、いきなり襲われるとは思っていなかったな」

「それはそうですが……あのまま殲滅してもよろしかったのではないでしょうか?」

「だからエフィー?俺たちの目的は情報なんだって。それにあんなチンケな矢で射られたくらいで怒らないさ」


幾分か眉間の皺が浅くなったものの、完全に除去するにはまだかかるみたいだ。


「そんなことよりもエフィー。あの襲ってきた彼らとはまだ対話はできると思うか?」


俺の質問に、信じられないものを見るような目で返されてしまったが、本気だと分かるとすぐに顎に手を当て考え始める。


「通常であれば対話は不可能です。あちらは私たちを見るなり攻撃してきたわけですから、最初から対話ができないと考えて然るべきかと」

「やっぱりそうか。しかしこの周辺で村はあそこしかないみたいだし、何としても情報が欲しい。……敵でも捕まえて尋問するしかないか?」

「尋問は止めておいた方がいいかと。騙されていたとしても正誤の判定はできませんでし、何より一般兵や前線の指揮官がそのような情報を知っていることは基本ありませんからね」


あれ?一般兵って普通情報を知らないのか?

映画とかゲームだったら、よく一般兵がフリーフィングを受けて……って思ったけど、よくよく考えたらあれは一般兵じゃなくて特殊部隊員か。


それに衛星からの正確な地図が当たり前だった現代と、地図があるのかすら分からないこの世界の地図だったら戦略的価値が違いすぎるからな。


「オウキ様、僭越ながら私によい考えがあります」

「流石エフィーだな。お前の策なら間違いないだろう。よし、聞かせてくれ」


七転び八起き、俺はすぐにエフィーの策に耳を傾けるのだった。

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