5話 直面する異変
「オルクス、エフィーご苦労」
撤収作業と脱出は、概ね滞りなく行われた。
細かなことを言えば、脱出口を目指してハシゴを登る俺の尻を、後から上っていたシーラがやたら触ってきた問題はあったが些細なことだ。
うんそうしよう。
そしてそんな些細な問題はよりも重要なことは、脱出口である
確か俺たちが挑んでいた金策ダンジョンは、大陸中央の険しい山々の麓にあったはずで、その連峰の中心に向かってダンジョンも延びていたはず。
これはランドには工事する前の測量を徹底させていたから間違いはない。
「……『コール・ヘレン』」
俺は短く魔法を唱え、今も空を飛び回って周囲を偵察をしている仲間に尋ねる。
『ヘレン、現在の推定一?』
『主ー!どこだかサッパリ分からんぞー!?森ばっかりだー!』
『なるほど。それじゃあ聞き方を変えよう。近くに何が見える?』
『ん~!むちゃくちゃ遠くに山が見えるなー!あ、海も見えるぞー!』
『海だとっ!?湖じゃなくてか!?』
『多分海だ!対岸が見えないからなー!』
そんな馬鹿でかい湖なんて俺の知る限り、この周辺には無い。
となると、もしかして強制テレポートでランダムな位置に飛ばされたのか?
それとも何かしらのバグに見舞われたとか。
いや結論を出すにはまだ早い。
耳元から聞こえてくるヘレンからの報告に耳を傾ける。
『主ー!遠くに小さな村みたいなものも見えるぞー!』
『分かったヘレン。他には?』
『ん~、無いかもー!』
『よし、じゃあ一旦降りてきてくれ。会議を開く』
NRGというゲームは歴史を大切にしているだけあって、大陸全土に多種多様な国が
ロールプレイとして国の役職に就くこともあるから、プレイヤーによっては行ける国と行けない国が出来てしまう。
だが俺たちは冒険者として活動しており、どこの国に入ろうが国法が許す限り基本問題ない。
中には冒険者は立ち入り禁止の国もあるから油断はできないが、それでもそこまで国境や所属を気にしたことは無かった。
それに俺たちは嫌われ者ばかり集まっている。
所属とか役職とかを抜きにしても、村に立ち寄ったら嫌な顔をされたり、最悪の場合は即敵認定されてしまう。
だからこそ今、最優先すべきは現在地の把握だ。
現在地さえ分かれば、今見えた村の名前や文化、風土がある程度分かる。
そしてそれを元に次の行動を決められる。
周囲に集まり俺の言葉を待つ仲間たちを見て、俺はそう自分に言い聞かせた。
例えばそれが先ほどから全くマップ機能が使えないものだとしても、問題ないんだ。
「よし、集まったな。まずはあの危機的な状況、皆の協力のおかげで脱することができた。感謝する」
そう前置きを作りつつ、現状についてを話す。
「ただ我々は脱出できたものの、今ここがどこなのか分からないままであり、危険な状況は依然続いている。そして先ほどヘレンに偵察してもらった限り、ここは高い山と広い海の中間、樹海の中らしい」
静かだった仲間たちも、俺の説明に理解が及ばずざわつき始めるが、俺は口をを止めない。
「よって当面の目的は、この場に留まり情報収集に当たることとする。まずはこの場に臨時キャンプを敷設して、一旦腰を落ち着かせよう。皆がキャンプを敷設する間、俺は眠りに付いて別口からこの問題の解決を目指そうと思う」
そう、いくらなんでもこんなクソイベントを開くな、今すぐテレポートで元の位置に戻せとクレームを運営に入れてやるんだ。
ただゲームの世界の住人あるNPCはここがゲームの世界だと知らず、お前はただのプログラムだと言おうものなら、口に出す前にNG設定が発動して話せなくなる。
そんなプレイヤーたちがログアウトをNPCたちに説明する時に使われたのが、【眠り】という言葉だ。
こんな大変な場面で寝るなんて現実でもゲーム内でも大ブーイング不可避だが、常々1人で寝ながら解決法を考えると言っていたから、文句はでてこない。
「承知」
「分かったですじゃ」
「あいよ」
「分かったー!」
口々に賛同してくれる仲間に安堵し、この緊急会議は終了。
ランドが応急的に建ててくれた平屋の一室で、俺はベッドに寝転んだ。
ログアウトはベッドの上で。
NRGのログアウト場所は、基本はベッドの上が推奨されている。
まぁこのルールが無ければダンジョン踏破中にログアウトして休憩することもできるから、公平性を保つためには必要だろう。
それに誰かがログアウトしていようが、ゲーム内の世界は動き続ける。
キャンプ中にログアウトして死んでいたなんて当然で、身ぐるみを剥がされてたくらいならラッキーだ。
だからベッド上でログアウトした時のみ無敵になる仕様を使おうとなっている。
おっと、そんなゲーム仕様を思い出すよりも、まずは運営にクレームを入れるのが先だ。
俺は瞼を閉じ、頭の中で「ログアウト」と念じる。
これで真っ黒な暗闇にウィンドウ画面が出てきて、ログアウトボタンが表示される……はずだった。
だが今回はいつまで待っても、ログアウトボタンが表示されない。
目を閉じたら数秒で出ていたウィンドウが、1分以上待っても出てこないのだ。
おかしいおかしいおかしい!
困惑で白くなりそうな頭で、必死にネットの何回か見た記憶のある緊急時の対応を思い出す。
再び瞼を閉じ、強制ログアウト用のコマンドの「NineRok Alt F4」と叫ぶが、脳裏は真っ暗なままで何も浮かび上がってこない。
くそくそくそ!!
「マップ!装備!!設定!!ウィンドウ出ろよ!!ふざけんな!!」
今まで何度も使ってきたコマンドを適当に叫ぶが、そのどれもが何の反応しい。
ふざけんなよ!!
「我が主!無事?」
ドアが荒々しく開けられた音で目を開けると、いつの間にかオルクスが両手で俺の腕を抑えていた。
「オルクス!どうして入ってきた!?」
「我が主……すごい、音、した」
「すごい音だと!?」
そう言われ抑えられた右手を見ると、手の平から血が滴り小指の側面にはいくつか真新しい傷ができている。
「……それは、済まなかった。わざわざ駆けつけてきてくれたのに、邪険に扱ってしまって悪かったな」
まだ心配そうに視線を向けるオルクスから目を背け、俺は深呼吸をする。
今この状況に陥ったのは、決して仲間のせいではない。
何の罪も悪いこともやっていない仲間に怒鳴り散らすのは恥ずべき行為だ。
しかも目の前にいる忠臣は俺を無傷で抑え込むために、わざわざ腕の防具を脱いでいる。
それに気づいた時、俺の頭に昇っていた血がスっと静かに下がったような気がした。
「ふぅ……オルクス。もう心配は無用だ。離しても問題ない」
「大丈夫、ですか?」
「あぁ大丈夫だ。心配をかけたな」
徐々に力の抜けたオルクスから腕を引き抜き、大きなうっ血跡の出来た腕を見ながら考える。
ゲーム関係のシステムが使えず、ログアウトすらできない。
現在位置も当然のごとく分からず、情報を集めることもできない。
助けを求めることについては……そもそも俺にフレンドはほとんどいなかったから関係ないな。
なんだこの最悪な状況は。
まるでゲームとか小説での冒頭みたいな状況じゃないか。
主人公が知らない世界に飛ばされたみたいな奴ね。
俺はそんな別世界の存在なんて全く信じていないし、NRGで忙しかったから全く知らない。
ただNRGの酒場に行った時、何かの小説で自分がゲームの世界に入り込んだことを気づくために、主人公が何かしたシーンがあるって騒いでいた奴がいたな。
あの時はゲームの世界に入れるなんて幸せだなと思って聞いてた記憶があるが、実際に我が身に起きると笑っていられない。
それで確かあの時は……。
あぁそうだ思い出した、ゲームとか小説では本来禁止されたことをやってみるってやつだ。
俺はそんな馬鹿な思いつつも、この蜘蛛の糸のごとく垂らされた僅かな希望に縋りつきたくなる。
そうなってくるとNRGが禁止していることと言えば……エッチなことが禁止されているってことか?
NRGはプレイ人口を増やすために、未成年でも遊べるように衣装の中身は作られていない。
全裸に見える種族がいても、服(ほぼ布)で隠していると言い張れば全裸ではないという理論でな。
「……そんな馬鹿な話あるわけないよなぁ」
ははは……。
……正直なことを言おう、今俺のパンツの中身がどうなっているのか気になって仕方がない。
何もない空間があるのか、男の勲章が見えるのか、それともパンツが鋼鉄の意志を覗くことを拒否するのか。
「主?」
黙ったままの俺を不審に思ったのかオルクスが声をかけてくれるが、今お前を相手している暇はないんだ!
「……オルクス。ちょっと向こう向いてろ」
「承知」
こういう意味不明な命令でも、素直に聞いてくれるオルクスはマジで最高。
よしオルクスがしっかり命令を聞いてくれているうちに、確認しなければいけないことを確認しておこう。
俺は身にまとっていた中量級のプレートアーマーを脱ぎ、下に履いていたズボンのバックルに手を掛ける。
カチャカチャと音を鳴らしながらベルトを緩め、ズボンとパンツに手を掛ける。
とりあえず第1段階目のパンツが脱げないってことにはないようだ。
「……ふぅ~」
肺の空気を1回全て抜き、もう一度新鮮な空気を肺に送り込みながら、ゆっくりとパンツにかけた手を前に動かす。
途端に寒くなる俺の下半身。
いやいや、NRGはちゃんと体温とか温度のシステムは導入されていたから当然のことだろ?
そしてうっすら片目でチラリとその禁断部分を覗き込むと……。
Oh My God……。
俺は俺の息子とバッチリ目が合った。
言い訳のしようもないくらいバッチリと。
本来ならば全年齢向けのはずのこのゲームで。
絶望したような、諦めがついたような、よく分からない気持ちが俺に降りかかってくるが、この世界に骨を埋める覚悟をしたのはこの時だっただろう。
ちなみにこの後部屋にやってきたシーラとヘレンに、変な勘違いをされてしまった。
一部とは言え普段見せない素肌を見せるオルクスと、ズボンを脱いでパンツの中を見る俺。
何も起きないはずがなく……ない!!
慌ててズボンを履き直し、飛び出していったシーラとヘレンに説明をしにいくのだった。
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