ノイズノート

ろくろわ

1秒のノイズ

 2175年1月。

 記憶の映像化が死者にも応用できるようになったことで、先進国を初め、犯罪による未解決事件は、飛躍的にその数を減らした。

『映像共有システム』

 もともと、このシステムは見たものを寸分違わずに、そのまま他者と共有することが出来ると言うものだった。

 簡単に言えば、海外にいった家族が、自分の見たものをそのまま持ち帰り、日本で他者に見せることが出来ると言うもの。更にこのシステムの凄いところは、自身で見たものに限定されると言うところだった。

 だから、想像や妄想が映像化することは出来なかった。

 だが、この想像や妄想が映像化されない事に目を付け、生者せいじゃにしか使われていなかったこのシステムを、篝火かかりび さとると私の幼馴染みである檀浦だんのうら 明美あけみの2人が、死者の最期に見た映像も流すことが出来ると応用したことによって、未解決事件は激減したのだ。

 何故なら、犯罪や事故に巻き込まれた人が最後に見る映像。それは妄想や想像が反映されない、最期にみた真実を写しているのだから。


 まさか、そんな最期の映像を共有するのが明美になるなんて。


『ノイズノート』


 大林おおばやしの元に明美の訃報が届いたのは2日前の事だった。死因は全身を強くぶつけたことによるショック死。飛び下り自殺だった。それは明美が見ていた映像からも明らかだった。仕事を終え、研究所から出た明美は、その足で屋上までの階段を昇り、そのまま柵を飛び越えた。

 だが、俺には明美が飛び下りるとはどうしても思えなかった。だから何度も明美の最期の映像を見返した。

 共同研究者の篝火に挨拶をして部屋を出る。

 その足で屋上への階段を昇る。

 一切の迷いがなく柵を飛び越える。

 そしてまた映像を見返す。

 篝火に挨拶をして部屋を出る。

 その足で屋上へ。

 柵を飛び越える。

 やはり、何度みても誰の関与はなく、明美は自分の足で飛び下りている。だけど俺はなんとも言えない違和感を感じていた。

 どこかおかしい。どこがおかしい?

 数10回。数100回と明美の最期をみて、ようやくその違和感に気がついた。篝火に挨拶をして、研究室を出た直後。屋上へ向かう一瞬の間、明美の映像には小さなノイズが入っていた。時間にしたら1秒程の僅かなノイズ。だが、このノイズはおかしい。俺達の視覚から得た情報にはノイズがはいることがない。それは生まれて目が見えるようになってから、途切れることなくものを見続けているから。だから、ノイズのように映像が乱れることはない。

 だが、俺はこれに似たものを見たことがある。よく、映画とかにある防犯カメラをジャックして、違う影像を流す時。そのときに流れるノイズに似ているのだ。

 そう考えたとき、1つの仮説を僕は思い付いた。もしかすると、明美の映像は真実ではないのではないか。他の映像を、さも本人が見た景色のように差し替えられたものではないのか。

 その考えに至ったのには理由もあった。

 もともと、篝火も明美も義眼の研究をしていた。目を失った人に、本物の目の変わりになる義眼を作る研究を。死者の映像共有システムもその過程で生まれたものだった。だから、例えば義眼で見た映像を移し替えることが出来たとしたら。

 僕は、篝火が担当した被害者の最期の映像データを全て見返した。

 結果は思った通りだった。篝火が担当し、映像化したものの中には、明美と同じように幾つか1秒のノイズが入っていた。更に、そのノイズがあった映像の被害者や、加害者として捕まった犯人は、権力者にとって邪魔になり得る人物が多かった。

 つまり、篝火は自分で作った義眼に偽の映像を記憶させ、それを最期の映像として見せ、邪魔になる人間を排除していたのだ。

 僕はその証拠を揃えて篝火のもとに向かった。

 研究室のドアをあけ、彼と対面する。そして証拠を前に篝火に事件の真相を話した。


 そこで、大林の映像には1秒のノイズが走った。


 明美といい、大林といい、目ざとく気が付くものだ。やはり、義眼の映像を最期の映像として繋ぐにはタイムラグが発生してしまうようだ。これは改善の余地があるな。そう、篝火は呟くと足元に転がる大林の死体を見ながら、ノートに記載した。

 さて、とりあえず大林は交通事故に遭ったことにしよう。

 

 篝火は義眼に交通事故の直前の映像を見せ、大林の記憶と繋いだ。




『ノイズノート』



 了

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ノイズノート ろくろわ @sakiyomiroku

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