第2話 「一戦、ヤりたいッ!?」

「わ、あ……ここがみのりちゃ――こほん、豊原くんの部屋……」


 みのりの部屋は、マンガの詰まった本棚に、テレビに、ゲーム機。いかにもな男子部屋だ。


 江口は男子の部屋が珍しいのか、きょろきょろとしている。


「あ、あの豊原くん、おうちのWi-Fi使ってもいいですか?」


「いーぜ。こっちにパスのメモが……あったあった。ほら」


「ありがとー」


 すると江口は鞄から、なにか小型のデバイス取り出した。スマホを手に、設定作業を始めている。


「じゃ、カメラここに置かせてもらいますねー」


「え、カメラ?」


「ちょいちょいちょーい!」


 おれは江口の手から、そのデバイスを引ったくった。


「江口さん、これはなに?」


「見守りカメラ」


「おれは、これで、なにをするつもりかと聞いているんだよ?」


「だって、わたしがいないときでも、ふたりのこと見てたいからぁ……」


「没収」


「あーんっ」


 そんなおれと江口のやり取り見ていて、みのりはなにかに気づいたのかジト目になっていた。


「……いいけどよ、さっさと始めよーぜ。オレは勇斗ゆうとと早く一戦やりてーんだ」


「一戦、ヤりたいッ!?」


 江口は頬を赤らめて、だらしなくにやついた。


「うへへぇ、わたしは後ろで見守っていますねぇ~」


「江口さん、脳内ピンクかよ……」


 おれはため息をつきつつ、ベッドに腰掛けるみのりの隣に座った。いつもながら落ち着く位置だ。


 さっそくおれとみのりはゲームで遊び始める。ときどき江口にもコントローラを渡そうとしたが、見てるだけで楽しいと言って江口は断った。どう考えても見てるのはゲーム画面ではないようだが……。


 とはいえ別に江口に見られているからって特別なことはしていない。まして、江口が望むような絡みなんてないはずだ。


 おれたちは、いつも通り、ゲーム中にお互い煽り合ったり、勝った敗けたで笑ったり悔しがったり、テーブルに広げたお菓子を取り合ったりしていただけだ。


 そんなこんなで一息つく頃。見てみれば、江口はゆるっゆるの笑顔で、スマホを構えていた。


「でゅふふふっ、推しカプの日常遊び写真……いいっ」


「笑い方がますますひどくなってるよ、江口さん。あとよだれ。よだれ出てる」


「あひゅっ、し、失礼いたしましたぁ。わたし、ちょっと顔洗ってきます。豊原くん、洗面所お借りしていいですかっ」


「おう。1階の台所の隣な。タオルは置いてあるの好きに使っていいぜー」


 江口は礼を言ってから部屋を出ていく。階段を降りていく足音。


 ふと、みのりは唇を尖らせた。


「なあ、勇斗。お前、江口さんと付き合うことになったのか?」


「うん? なんだ急に?」


「だってよ、なんかお前ら急に仲良いじゃん。さっきもずっとお前の写真撮ってたし」


「ありゃおれの写真っていうか、おれたちのっていうか……」


「同じだろ。それにさっきの見守りカメラ。あれ、お前のこと独占したいって、嫉妬して持ってきたんじゃねーのか」


「違うんだよなぁ……。江口さん、少なくともおれと付き合うのには興味なさそうだし」


「そっか。ふーん、そっかぁ……」


 すると、みのりはにこりと可愛らしく笑った。


「へへっ、安心した」


 その顔と声に、思わず胸がドキリと高鳴ってしまう。


 くそ、江口が変に意識させるから!


「な、なにが安心なんだよ」


「お前に彼女ができなくてさ」


「は、はぁ!? なんだそりゃ?」


「いや……お前を取られるみたいで、なんか……」


 おいおいおい!? その発言はちょっと意味深すぎないか!?


 えっ、みのり、お前、おれのことそういう目で見てたの!?


 おれが戸惑って声を出せずにいると、みのりはハッと気づいて首を横に振った。


「いや違うからな!? そういう意味じゃねーからな!? よく言うだろ、彼女できると友達付き合いが悪くなるって! オレ、こんなナリだから友達少ねーし、お前と遊べねーと、なんかつまんねーってだけで……」


 照れているのか、ちょっとうつむいて目を逸らしていたりする。


 いやその仕草、めっちゃ可愛いんだけど。


 あと発言的にあんまり変わってないように聞こえるんだけど。


 あれ? おかしいな? みのりの発言と、おれの今の情緒的に、これってBL? BLぽくない? 大丈夫か、おれの精神? 変な方向に流されていってない?


 くっ、江口の思う通りになるものか! おれが好きなのは江口なんだ!


「ば、ばーか。おれは彼女ができたって、友達をないがしろにはしないよ」


「本当?」


「今日みたいに3人で遊べばいいだけだしな。どっちかしか選ばないなんてことはおれはしないよ」


「その場合、オレ、彼女に邪魔扱いされねーか?」


「おれの親友を邪魔扱いする女なんか彼女にしないって」


「そっか……。へへっ、そっか。そうだよな。お前、そういうやつだよなっ」


 またにっこり笑うみのりに、おれの心の中のなにかがぐらつくが、深呼吸で落ち着かせる。


「それより、お前、勝ち越してるからって落ち着いてるなよ。すぐ逆転してやるから、さっさとキャラ選べよ」


「お? まだやんのか? 格付けはもう済んだと思ってたけどな。返り討ちにしてやんよ」


 と、おれはいつも通りを取り繕って、ゲームを再開させ――。


「――違うでしょぉお!」


 ばたーん! と部屋の扉が勢いよく開けられて、江口が再登場した。それはもう「Here Comes A New Challenger!」な勢いだ。


「いや、今みたいな会話も萌え萌えキュンだったけど! このシチュなら、もっとこう、続きがあるでしょぉ!? せっかく録画してたのにぃ!」


「江口さん……。とりあえず、その盗撮動画を削除するか、出禁になるか、選びな?」


 江口は「ごめんなさい、出来心なんですぅ」と泣きながら削除を選んだのだった。

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