第3話 「オレの親友を弄びやがってぇ~」

 その日以来、江口とは距離が近くなったように思う。


 おれとみのりが遊ぶときには、江口も誘って一緒にいたりする。べつに誘わなくても、おれとみのりがふたりでいると、どこからともなく現れたりするけれど。


 みのりを変に意識してしまったり、江口の奇行にツッコミを入れたりして気疲れしたりもするけれど、おれはそれはそれで楽しい気もしていた。


 ただ綺麗だと思って惹かれていたときよりも、こうして気兼ねのない時間を楽しめる今のほうが、江口を可愛らしく思えるし、好きだと思える。


 ただ、相変わらず恋愛対象として見られてない感じなのがなぁ……。


 推しカップルの片方ってポジションなんだよなぁ……。


 前より仲良くなれたのは嬉しいんだけどさぁ……。


「はぁ~……」


 大きくため息。


 文化祭の準備で出たゴミを捨てに外に出てきたが、この気持ちのもやもやも一緒に捨てられたらどれだけいいか……。


 なんて考えていると、話し声が聞こえてきた。


 よく覚えのある声だ。うちのクラスの女子たちだ。確か江口も含む3人で、コンビニに買い出しに行っていたはず。


「美琴ちゃんさ、最近、高橋くんとみのりちゃんと仲良いよね~? どっち狙い?」


「えぇっと、狙ってはいないんだけど……」


 江口の声だ。


 おれはつい身を隠してしまう。


 すぐ、もうひとりが声を上げた。


「ふっふっふ、あたしは知ってるよぉん。この前、高橋くんのこと呼び出してたでしょ~? で、その日から仲良くなってきてたわけで……これはつまり、もうわかるね、ワトソンくん?」


「なるほどなるほど! 狙ってるのではなく、すでに仕留めた後だと! そういうことだね、ホームズくん! 美琴ちゃんは高橋くんと付き合ってる!」


「ち、違うよぉっ、変な小芝居やめてよぉっ」


「いやいやあの仲良しさで違うはないでしょ~。長年連れ添ったみたいなボケとツッコミ」


「ほ、本当に違うの! あのふたりのことは、単にわたしの趣味で、見守ってたいだけっていうか……」


「でも呼び出したんだよね? どう考えても告白の流れでしょ」


「わたしが一方的に趣味のお願いをしただけだよぉ」


「そうなの? じゃあ恋愛的なことは一切なし?」


「いや、えと……こ、告白は……むしろされたっていうか……」


「高橋くんから? へーっ、やるじゃん、へー!」


「いやちょっと待って? 告白されたのに付き合ってないって、断ったってこと?」


「あ……。えっと……。やっぱり、断ったことになっちゃうのかな……」


「うわぁ、美琴ちゃん、それちょっとひどいよ~? 振った相手に、あんなに馴れ馴れしくしちゃってさぁ。高橋くん、可哀想じゃない?」


「…………」


「う~ん、まあ美琴ちゃん、趣味に走ると周りが見えなくなるところあるもんねぇ……。でも魔性の女を気取ってるわけじゃないんなら、ちょっと態度は考えたほうがいいかもね。まあ、高橋くんがいいって言うなら、それでもいいかもなんだけど……」


「……うん」


 3人はおれに気付かないまま、そのまま歩き去っていった。


 これで江口がどうするのか。江口は暴走気味なところはあるが、悪いと思ったことはちゃんと素直に謝れる子だ。


 その結果、おれたちから離れようとするかもしれない。


 せっかく近づいた距離が、離れてしまうかもしれない。


「どうしたよ、なにボーっとしてんだ?」


 急に声をかけられてビクリとする。みのりだった。おれが戻るのが遅くて、心配して来たのだろうか。


「いや……ちょっと考え事」


「江口さんのこと?」


「なんでわかるんだよ」


「そりゃ分かるだろ。オレがどんだけお前のこと見てきたと思ってんだよ」


 また誤解されそうなことを言う……。


 けど、相談に乗ってもらうにはちょうどいいかもしれない。


「おれ、江口さんのこと好きなんだよ」


「知ってる。ま、オレは一緒に遊んでくれるって約束守ってくれんなら、べつにいーと思うけど」


「でも告って振られてる」


「嘘だろ? なのにあんな感じなのかよ。江口めぇ~、オレの親友を弄びやがってぇ~」


「怒るなよ。色々あるんだよ」


「でもよ、どう見てもお前に気がある感じなのに、それっておかしいだろ」


「ん? いやそれは勘違いだろ。江口さんは、おれらふたりを見て楽しんでるだけっていうか」


「お前こそなに見てたんだ? いつもなんかあるときは、オレよりお前に先に声かけてるんだぞ。優先順位は明らかに、お前のほうが上だぜ」


 あれ? そういえば、そうなのか?


 確かに、考えてみれば……あの日呼び出されたのは、おれのほうだ。おれだけだ。おれとみのりを付き合わせようとするなら、みのりのほうに声をかけてもいいはずなのに。


 そもそも告って振られた気になってたけど……解釈違いって言われただけで、明確に断られたわけじゃないんだよな?


「……あれ? もしかして、おれ、まだ目がある?」


「なんだよ嬉しそうにしやがって」


「いやなんか希望が出てきたからさ」


「ま、オレには、べつにどーでもいいけどよー」


 おれは、ぽん、とみのりの肩を叩いた。


「ありがとよ、みのり」


「ふんっ」


 みのりは鼻を鳴らして答えるだけだった。


 ヤキモチを焼いているみたいで、なんだか可愛く見えてしまったことは言わないでおこう。


 とか思っていたら、すごい勢いで足音が近づいてきた。


「あれぇ、江口さん!?」


「あの! なんか、推しカプの波動を感じたので! 今の肩ポン、すごくいい雰囲気でした!」


 ちゃっかりスマホで撮影もしていたらしい。


 さっきの会話からこの動き、さすが江口さん、ブレないな。すごい。


 とか思ったが、さすがに思うところがあるのか、おれと目が合うと気まずそうにうつむいてしまう。


「あの……すみません高橋くん、このあと、少し時間いいですか?」

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