第28話 パメラ・モルドニカ

 屋敷の離れ。

 人目に付かない場所で、所狭しというように置かれた品々を見て、緩く口角が上がる。


 盗賊が開いていたオークション会場にあった品々。

 総数、百十二点。今は屋敷のメイドたちが、俺の指示のもとで慎重にそれらを仕分けしているところだ。

 これだけの数があれば、そのまま横に流すだけでもそれなりの金額になる。


(・・・・・・まあ、欲を言えばもう少し使えるものが混じっていてくれればなお良かったのだが)


 上等な宝飾ネックレス。

 戦場の泥の中から掘り出した魔法具。

 血濡れの歴史を持つ人狼の牙。

 禁書のなれの果て(表紙のみ)。

 ・・・・・・

 ・・・


 品目を斜め読みしながら、必要なものとそれ以外とで区分する。

 いらないと判断したものは売ってしまう。得た資金は、アイオーン達の食費と、俺の強化に回すつもりだ。


 もっとも、金になるという点では、単に売るだけが手ではない。

 例えば、今俺の手にあるこの植物。


『セレファリア』

 魔力の流動性を安定化させる魔導性草本。主に魔道具の製造や錬金術の触媒として重宝される代物だ。


 オークション価格はなんと金貨千二百枚。それもたった一束で。

 以前に、五十金貨が高位職の一月の給料と言ったが、それの二十四倍である。

 汗水垂らした二年分の価値が、この雑草にしか見えない植物にあるのだ。


 値段が高騰している理由は単純で、入手が非常に困難である点と魔力安定という応用性の高さによる影響だ。


 この植物は極限環境にしか生殖しない。高山帯の断崖近く、常に魔力の風が吹いている地域だ。当然ながら、人の手で育てられるかと、国家単位で栽培研究が進められているものの──成果は、今のところゼロに等しい。


(手を出すか・・・・・・?)


 その栽培方法を、俺は知っている。


 もっとも、それを最初に見つけたのは俺ではない。

 前世、植物ギルドの廃人達が試行錯誤を経て発見したものだ。

 思い出すのは、あの発見以後の錬金術ブーム。

 市場が活気づき、魔道具関連のレシピが急増し、ギルド内は毎日お祭り騒ぎだった。


 当の発見者たちはというと、「まあ、比較的簡単な部類だったよ」とニヒルに笑いながら、どこか得意げに語っていたのを覚えている。・・・・・・死にそうな目をしてたくせに。


 あの手法を、現実に再現できれば。

 セレファリアの安定供給が可能になり、それだけで莫大な資金源になる。

 継続的に資金を得られるという意味では、下手な事業よりも遥かに有望だ。


 問題は、その再現に必要な初期投資だ。

 金がかかる。──とにかく、バカみたいに。


 仮に、伯爵家の名を使い、父に事業として認可を受けたとしても、即断で投資できる額ではない。

 下手をすれば、いや間違いなく家計を圧迫する。

 その影響が、巡り巡って領民の負担になると考えれば、軽々しく決断できる話でもなかった。


 絶対に勝てる勝負だ。

 だが、その勝利のために、今を犠牲にするほどの価値があるかと問われれば、それはまた別の話になる。


 金を得るには、まず金がいる。

 いつだって、皮肉の効いた話だと思う。


 結局、俺はセレファリアから視線を外し、ひとまず思考を保留した。

 今はまだその時ではない。

 気を取り直して、目の前の品々、他の商品の整理へと手を戻すことにした。




 ◇




「おはようございます。フィッツジェラルド様」


 学園の教室へと足を踏み入れて早々、白髪が目に入り、その少女に挨拶をする。

 数日ぶりに見る彼女、レオナ・フィッツジェラルドは、やはり俺の席に座っていて自前の本を読んでいた。


 本来の主以上に椅子と机を使いこなしている姿になんとも言えない感情を抱くが、ここまで堂々としていると、もはや文句の一つも出てこない。これが北部の統治者として育った貴族の風格なのか、そんな風にも思えてしまう。


 俺の声かけに、彼女は読んでいた本をぱたりと閉じ、静かに顔を上げた。

 相変わらず、若葉を思わせる黄緑色の瞳が、真っ直ぐ俺を映し出す。


「今日はいい天気だね」

「ええ、そうですね。雲も殆どない快晴です」

「元気だった?」

「幸い、特に病気にも罹りませんでした」

「昨日はなにしたの?」

「少し、屋敷の整理を行いました」


 ・・・・・・なんだ、これは?

 矢継ぎ早に投げかけられる質問に、俺は条件反射のように答えていく。

 だが、やりとりが妙に噛み合わない。質問の意図が読み取れず、会話というより質問表の読み合わせのように感じられる。


 しかも、本人はどこか悩ましげな表情で俺を見つめてくるものだから、なおさら混乱する。


「・・・・・・私はすぐ本題に移って相手を驚かせるから、世間話を試してみた。だけどなんだか難しい」


 俺の困惑を察してか、ぽつりと理由が語られる。


「あぁ、なるほど。確かに急に話の確信を突かれると、構える方もいらっしゃいますからね」


 アドバイスをしてもいい立場だろうかと少し考える。

 目下が言うには進言の許可が必要だが、今の彼女は家を継いでる訳でもなく、あくまで一学生。流石に『うるさい、斬首』などと切り捨てられることはあるまい。


 少しだけ言葉を選びながら、俺は口を開いた。


「世間話というのは、いわば心をほぐす前口上のようなものです。相手との距離を少しずつ縮めるための、穏やかな橋渡しと言いましょうか」


 なんとか相手が不快にならない言葉を捻りだす。


「無理に巧く話そうとしなくて構いません。大切なのは、ほんの少しでも相手に関心を寄せるお気持ちです。それさえあれば、言葉はあとからついてきますよ」


 しばしの沈黙の後、彼女は小さく頷いた。


「・・・・・・そっか。少し分かった気がする」


 不快とは思っていなさそうな表情に安堵する。


(ただ、間違っても停学者が語っていい事ではないな)


 ふと周囲を見回すと、案の定クラスメイトたちの視線が突き刺さっていた。

『何様のつもりだ? あ゛ぁ?』とでも言いたげな、一言で言えば奇人に向けるようなものに近いそれを感じる。


「次に活かすとして、本題に移る」


 話題を変えた彼女に、俺は気を取り直して応じる。


「はい」

「四日後に予定はある?」


 言葉足らずな質問だが、彼女の言わんとすることはなんとはなしに察せられた。


 前回の顔合わせで、発言者の責任として手伝うように言われたことは流石に忘れていない。


(ん? しかしあの時は誰か使いを寄越すと・・・・・・)


 彼女の発言を思い出していると、教室の扉から、やや強い足音で誰かが入室してきた。

 その人物は教室内をぐるりと一瞥し、すぐにフィッツジェラルドの姿を見つけたようだった。

 一瞬で視線を定めると、そのまままっすぐ、こちらへと足早に向かってくる。


「レオナ様! 私に任せると仰っていたではありませんか! どうしてここにいらっしゃるのですか!」

「おはようパメラ。今日も声が綺麗ね。髪も艶やかだし、なにか秘訣でもあるの?」

「えっえへへ、そうですか? 実は髪の手入れはいつも入念に・・・・・・ではなくっ?!」


 早速、世間話をアドバイス通りに進化させたフィッツジェラルドと対峙する女生徒。

 小麦色の髪を、耳下の低い位置でツインテールにした少女の名はパメラ・モルドニカ。


 クリスの脳内でも記憶されているのは同格の伯爵家の御令嬢だからだ。

 モルドニカもフィッツジェラルド同様に北部の貴族であり、それ以上に両家は臣従関係を結んでいて繋がりが深い。


 同格の貴族と言えど、下手にモルドニカに手を出せば、後ろ盾のフィッツジェラルドに潰されるのが落ちだ。


 もっとも、学生時代にそんな貴族間の細かい力関係を気にするのも野暮な話ではある。

 簡単にまとめてしまえば、モルドニカはフィッツジェラルドの取り巻きのようなものである。


 しばらく少女たちの言い争い(殆どモルドニカの忠言めいた小言)を聞いていたが、一段落ついたのか、モルドニカが振り返り俺を見据える。


 視線が鋭い。

 そこには明らかに侮蔑の色があるが言葉には出してこない。表情で丸分かりだが。

 整った容姿をしているのに、何故か極妻のような威圧を出しながら俺と視線を交える。傍か見ればガンを飛ばしているとも言える。


「四日後午前九時、空いてるわよね?」


 なんだろう、体育館の裏にでも連れて行かれるのだろうか。

 彼女の雰囲気に前世の不良連中を思い出しながら返答する。


「ああ、問題ない」


 俺があっさりと了承すると、即座にパメラの眉間が寄る。

 胸倉を掴まれるのかという勢いで距離を詰められると、右耳に近付かれて囁かれる。


「ちッ、そこは断りなさいよ。空気読めないわねえ」


 今度は友人に教わったASMRを思い出す。

 耳かき音声なるものを聞かされたが、なんだか耳がかゆくなって俺は受け付けなかった。


「いや、あんた風情が断るのも烏滸がましいわね。謹んで引き受けなさい。ただし、おかしな真似をすれば、ね?」


 今度は左耳か。

 随分とドスのきいた囁きが上手い。

 左右からの囁き攻撃に、今のご時世はこうやって牽制するのかと一つ学びを得る。


 やがてモルドニカは一歩下がり、不服そうな表情のまま言葉を続ける。


「当日は私もいるから」

「参加すると?」


 彼女の態度からは考えられず質問を返すと、微笑を浮かべて首を振る。

 そっと右手を頬に当てて、わずかに首を傾げた。それはまさに貴族の淑女の所作。


「だって見ていないとじゃない」


 今日一番の笑顔で発せられる狂気な一言。

 完璧に作り込まれた貴族然とした外面と、その内に潜むナイフのような言葉のギャップ。ここまでパンチの効いた性格をしていてゲームの進行で殆ど見なかったのはどういう訳だよとつっこみたくなる。


「三日の間に、その粗末なものにお別れを告げることを勧めるわ」


 まるで別れの挨拶のように優雅に、それでいて意味深すぎる一言を残し、パメラ・モルドニカはフィッツジェラルドと共に教室を去っていった。


 残された俺はというと、顔は平静、内心は大荒れである。

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