第27話 事情聴取

 学園から屋敷へと戻ると、俺は控えめな息を吐いた。

 放課後の予定は――騎士団による事情聴取。


 場所は屋敷内。こちらに足を運んでくるらしい。

 来訪者は団員とはいえ、新人のような下級騎士ではないはずだ。


 何せ、ローウェン家は一応とはいえ伯爵家。

 その格式を考えれば、応対に来るのはある程度経験を積んだベテランか、十騎長や百騎長のような役職持ちと見るのが自然だ。


(となると、現場で指示していた男の可能性が高いか・・・・・・?)


 ある程度事情も分かっているため、スムーズに終わるだろう。


 ――そう思っていた。


 だというのに。

 俺は溜息を呑み込んで、対面する騎士に目を向ける。


 場所は屋敷の応接室。

 メンバーは八人。

 あの場にいた俺、シル、マルスの三人。

 それに執事長のダルセンに、いい経験だからと引っ張って来たナーラ。

 加えて第四騎士団から来た騎士が三人。


 騎士団から来た面々にナーラが顔を青くしているのが横目に見える。

 肝の小さい彼女らしい反応だ。まあ、今回ばかりは俺も申し訳ないと思ってしまう。


「本日はお時間をいただき、感謝する。もっとも、君たちが盗賊団と無関係であることはすでに確認済みだ。簡単な事情聴取だけで済むから、安心してくれ」


 柔らかな口調でそう言った男の胸元には、これ見よがしに勲章が並んでいる。

 格式張った飾りではない。一つひとつが現場での実績を物語っている本物の証だ。


 誰が想像できるだろう。

 単なる事情聴取にが来るなどと。


 第四騎士団騎士団長――ルメオ・デルトリア。

 国内の治安維持に従事する、対犯罪捜査のスペシャリスト。治安の守護者と言っても過言ではない国の柱の一つだ。その名は、貴族社会だけでなく、市井の民にも広く知れ渡っている。


 柔らかな茶髪に、見上げるほどの長身。

 服のどこにも無駄な皺がないことからも、並外れた鍛錬の積み重ねが垣間見える。


「その前に。まずは彼女の件ですよ」


 前のめりになったデルトリア団長を、隣に座る女性が静かに制した。


 その声には柔らかさがあるものの、決して否定できない強い芯が通っている。

 思わず、俺も目を向ける。


 百騎長――レオナ・ハーベー。

 陽光を閉じ込めたようなプラチナブロンドの長髪を、一本の三つ編みにまとめ、左肩から前に垂らしている。

 凛とした佇まいと相まって、どこか神殿の巫女のような厳かさすら感じさせる。


 彼女の姿には、見覚えがあった。


 ゲーム内でも何度も登場していた重要キャラ。

 第四騎士団との共闘ルートで、頻繁に会議を仕切り、作戦立案を担当していた――いわば“軍略の頭脳”。


 彼女の出自、ハーベー家は文官の家系として知られている。

 現当主は王宮勤めの超エリート。レオナ自身もまた、高い執務能力を誇り、その情報処理能力は騎士団随一。

 先の先まで読み切る才覚は、もはや人間離れしているレベルだ。


 なのに、なぜ文官にならなかったのか。

 戦闘能力はせいぜい冒険者ランクで言えば中堅のC。突出した力があるわけでもない。


 ゲーム中でもプレイヤーたちの間では、しばしば議論の的になっていた。

 執務能力を活かすなら、王宮の役人になったほうが遥かに高い地位に就けただろう、と。


 だが、ストーリーを進めればその謎は自然と明かされる。


 彼女はデルトリア団長に矢印を向けているのだ。

 本来の道筋からそれてでも、彼の傍にいたいと思う程にはぞっこんなのである。


(紅茶がいつもより甘く感じるな)


 過去に彼女は命を助けられたとかなんとかのサイドストーリーがあったような気もするが、その時は丁度新種の生物が見つかって他の記憶は曖昧だ。


 まあ、そんなことは置いておいて。


 ハーベー百騎長に促され、三人目の騎士が勢いよく立ち上がる。


「こここっこの度は本当に申し訳ありませんでしたぁっ!」


 そしてぶわんと音が鳴る程に下げられる頭。

 最後の一人は、制圧した会場内で俺をぶっ飛ばした女性騎士だ。


 ・・・・・・視線を下げれば、ふくらはぎのラインがやけにはっきり見える。いや、そういう意味ではない。

 彼女の脚を見ただけで、体のあちこちが疼く気がするのだ。物理的な記憶ってやつは本当に厄介だ。


「謝罪は必要ありません。代わりにオークション品を貰いますので。それとも騎士団は功績だけでは物足りないと?」

「いや、君の要望通りにオークション品は一部を除いて全て譲渡するよ。ミミリーを連れてきたのは、謝罪の形式を通すためだ。我々も一応“正義”を謳う側の人間だからね。間違いをそのまま放置しておくわけにはいかないだろう?」

「なるほど。では謝意は受け取りましょう」


 座るよう促すと、ミリーと呼ばれた団員は恐縮な面持ちのままソファに腰を下ろす。

 そんなことよりも気になる疑問が他にある。


「それよりも、わざわざ騎士団の長が来られるとは思いませんでした。一言頂ければ上等な酒でも用意できたのですが」

「はっはっは、大変魅力的だけれど賄賂になってしまうから受け取れないな。今日俺が来た理由は丁度仕事が手薄でね。それならばとかって出ただけの話だよ」


 あからさまな嘘だ。

 騎士団長の職務ははっきり言って激務だ。

 第四騎士という国内の犯罪を一手に担う場所のトップ。彼にしかできない仕事は多い。


 パソコンなどの現代機器もない世界で、アナログの仕事を捌くのにかかる時間は甚大のはず。ブラック企業も顔を青くする書類の量といつも戦っているのは、ストーリー上で嘆いていたどこかの団長が漏らしていた。


(今頃、副団長が顔を青くして、彼の分の仕事を血反吐吐きながら片付けてるだろうな・・・・・・)


 思わずそんな想像をしてしまうくらいには、この男がここにいる意味は“偶然”では済まされない。


「前置きはこのくらいにして、本題に移ろうか」


 カップを持ち上げ、紅茶を一口。香り高い液体を喉に流し込みながら、デルトリア団長が静かに切り出した。


「騎士団が会場に突入した後の状況については、すでにハリシュから報告を受けている。だから、まずはその前――君があの場にいた理由を聞かせてほしい」

「露店で買い物をしていたところ、私の懐から物を盗んだ輩がおりまして。そいつの後を追っていった結果、あの会場に辿り着いたという流れです」

「・・・・・・それは災難だったね。ちなみに、その露店の場所は?」


 指定された通りの通り名と区画番号を告げると、隣にいたハーベー百騎長がすぐさま筆記用具を取り出し、手元の記録紙に淡々と書き込んだ。


 無駄のない所作。相変わらず完璧すぎる執務姿勢である。


「なるほど。ただ・・・・・・会場にはどうやって入った? 外には二名の監視がいたはずだ。招待状がなければ中には入れないと思うが」


「これが理由です。追跡中、その男が偶然落としていったものでして」


 俺は懐から、小さな手帳を取り出す。盗人のポケットから掏り返したものだ。

 それをデルトリア団長へ差し出すと、彼は一瞥してから受け取り、ページを順に捲っていく。


 しばしの沈黙ののち、あるページに目を留めたその瞬間、隣から小さく息を呑む音が聞こえた。


 見ると、斜めから覗き込んでいたハーベー百騎長が眉をわずかにひそめている。


「合言葉ね」


 彼女が呟く通り。

 そのページには、本来書かれていなかった情報――俺が書き加えた“合言葉”が記されていた。

 筆跡の違いも心配ない。不正・偽造は闇魔法の専売特許だ。

 それに持ち主はフェンリルに殺されているのを確認している。真実を知るのは俺しかいない。


 デルトリア団長はそのままハーベー百騎長にも確認するように手帳を渡し、一つ頷く。


「・・・・・・とんだ間抜けもいたものだ。重要な合言葉を手帳に記すだけでも愚行だが、それを落とすとはな」

「貴族相手に掏りをする程度の人物です。危機意識なんて持ち合わせていなかったのでしょう」

「確かに、その通りだ。とはいえ、できればこの手帳、もっと早く提出してほしかった代物ではあるな。工作を疑われても仕方がない代物だし」

「初めての経験でしたので・・・・・・多少、混乱していたのかもしれません」


 笑顔の裏に鋭い視線。

 デルトリア団長の表情は穏やかだが、目の奥にはわずかな警戒の色が見え隠れしていた。


 都合がよすぎる話だ。そう思っているのは、きっとこの場にいる全員だ。


「まだ学生だから慣れていないのは仕方ないか。その割には、かなり実戦には慣れていそうだけれど」

「なにを見てそう思われたのかは知りませんが、買い被り過ぎですよ。私がなんと噂されているか知っていますか?」


 俺の自嘲気味な笑いに対し、ハーベー百騎長が即座に返す。


「『スライムに負けた貴族』『決闘から逃げた臆病者』『卑怯な不正者』他にも噂が飛び交っていましたが、どれも似たようなものですね」


 さらりと、抑揚のない声で読み上げるのはハーベー百騎長。


 やはり調べてきているか。

 この完璧データマンがいるなら最近の動向から過去まで全て把握されていると考えるべきだな。


 とはいえ調べられて困るようなことは(まだ)してないから大丈夫だ。

 裏の連中とのコネクションができたら少し考える必要はでてきそうだが。


(面倒な連中の目に留まってしまった・・・・・・)


 まあ、この流れを知っているからといって過去に戻った時行動を変えるかと言われれば答えは否だ。あんな連中は早急に駆逐された方がいい。


「そういうことです。敵を倒せたのは運が良かっただけ。闇魔法については知られていないことが多いですから」

「ふむ、まあそういうことにしておこうか」


 含みを持たせた笑みに俺も笑みを返す。

 それなりに慣れているなどと言っても墓穴を掘るだけだ。ここは嘘でも誤魔化す。それは相手の方も百も承知だろう。


 賊の体を見れば、内臓を狙った俺の打撃痕は明らかだったはずだ。

 そもそもメイドのシルが場所を離れ、マルスも俺の傍にいなかったことが騎士団の連中の目に入っているのだ。


 最低でも、単独行動をしても死にはしないと思われていることになる。

 ここに、そこそこ名の知れたマルスの判断という一文が添えられる訳だ。


 ・・・・・・ごまかしは通じない。だが、突きつけられてもいない。

 今のところは、“そういうことにしておく”――それだけのことだ。


「いや悪いね。職業柄どんなことにも疑いを持ってしまっていけない。円滑に話を進めようか」


 しばらくお互いに無言の圧をぶつけていたが、先にデルトリアが一歩引いて張り詰めた空気を霧散させる。


 その後は特に面倒な疑問をぶつけられることなく話は進んだ。

 フェンリルに関しては、全員が頭を下げてきて感謝の言葉を貰った。

 言葉は必要ないから金を欲しいという要望は軽く流されてしまったが、頭を下げる程の価値を提示できたと思えばいいだろう。


「今日は有意義な時間だった。それに・・・・・・君とはまた会いそうな気がする」


 去り際、デルトリア団長が冗談とも本気ともつかない表情でおかしなことを言っていた。

 俺も笑みだけを返し、内心で『んな訳あるか』と否定する。


 後で塩をまいておこう。

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