第17話 掏り
帰宅後、もしかしたらフィッツジェラルド家に呼ばれる可能性があるということをやんわりと伝えると、目に見えて家の者達は狼狽した。
公爵との繋がりができるかもと浮足立っている、ようには見えない。
口には出さないが、なにかやらかさないかという不安の方が大きいように見える。
俺自身、貴族との付き合いなど皆無で現世の社会人としての礼儀が通用するかも怪しいと感じている。
(一応家に連絡だけは入れておくか)
確定ではないと添えながら、概要を説明した手紙を書く。
それらを簡単に要約すると、『もしなにかあったらよろしく』という内容だ。
到着にそれなりの時間がかかってしまうのは仕方のないこと。その間に呼び出されない事を俺は祈るしかない。
◇
一度成功すると、次ももしかしたらと思わせるのがギャンブルの依存に繋がるとどこかで聞いたことがある。
俺には一生縁のないものと思っていたが、二生目ではどっぷりと浸かってしまった。
そう、今日も露店巡りである。マルスとシルも同行させている。
前回とは顔ぶれが少し変わっていて、商品にも変化が見られる。
(あのインチキ剣売ってたおっさんは消えてるな)
客か対抗店からのタレコミでもあったか、露店でもあまりに悪質な場合は治安維持のため連行されることがあるがあのおっさんも連れて行かれたか、はたまた売り上げが取れず場所代が払えなくなったかのどちらかだろうなどと邪推する。
インチキ店の代わりに入ったのは魔道具を売っている店だった。
少し古くなっているが、見た限りでは使用するのに問題があるようには見えない。
「店主これは?」
「おぉ坊ちゃん、こいつは錬金窯だよ」
「にしては安いな」
「まぁ、ちょいと曰く付きでねえ」
「ほうどんな?」
曰くの種類によっては呪いに似た悲劇を産み出す事例も存在する。
俺が知っている物は剣や筆のような身近に使用するものが、使用者の感情を受けて変質したという事例。
ただ、意図的に作ろうとする連中もいて、それらが作り出すものは醜悪極まりない結果しかもたらさない。
「元は高名な錬金術師様が使ってたらしいんだが、ある日を境に異変が起きた。素材や調合方法は間違いないはずなのに、作りたいものとてんで別のものになってしまうようになった。研究にならねえってんで売り払ってこんな場所に流れてきたって訳だ」
「・・・・・・聞いた俺も悪いが、そんな話をしたら売れないのでは」
「はっはっは! こいつにはあんま期待してねえからいいんだ。後で文句言われるのも面倒だしな!」
錬金窯で正しく錬金できないというのは致命的だ。
ほとんど価値がないに等しい。簡単に手が入りそうな値で出されているのにも納得した。
ちなみに仕入れで失敗した商品であるらしく、なにかの間違いで売れないかと取り敢えず並べているらしい。
中には変わった商品を購入するコレクターもいる訳で、そういう層を対象にしているのだろう。
「その錬金術師のいた地域を聞いても?」
「ああっと、確かリアクスだったか。緑豊かな場所だよ」
あそこか。なら錬金窯が壊れていない可能性がでてきた。
あの地域には悪戯好きの精霊がいる。
人には滅多に姿を見せないから原因不明とされることが多いが、おかずが一品減っていたり道具の場所を変えたりと地味に嫌な悪戯をしてくる。
今回の場合は、錬金窯の中に違う素材をいれて調合の邪魔をしたのではないだろうか。仮説だがそれなりに現実味があると思う。
「購入しよう」
「え?! こっちとしてはありがたいが・・・・・・」
「なにが完成するか分からないというのも面白いだろう」
「はぁ、酔狂だねえ」
定価のおよそ10分の1での購入となった。
帰ってから試さないと真偽は不明だが、これが壊れていないものなら儲けものだ。
もし商会に流れていたら、専属の錬金術師が確かめて高値になっていたことだろう。
さて、そうこうしている内に前回収穫があった露店にまで行きつく。
(流石に【逆刻の懺悔】までとは言わないが、なんらかは欲しいな)
期待はしないといいつつ、内心ではなにかあるのではとどつぼに入った思考を繰り返す。
「おや、あの時の坊やじゃないか。くっくっく、今日もなにか買っていくかい?」
「商品の内容次第だな。商品に変更が内容なら買う予定はない」
「それなら安心するといいさ。金払いのいい坊やのために今回は倉庫からちょいと変わったものを持ってきたよ」
店主が視線を向けた先は、やはり要相談書かれた札の前。
「俺の気を引くものなど早々――」
早々ない。と言い切る前に二の句が継げなくなった。
俺の知識に存在する有用なアーティファクトが二つもそこにあったからだ。
(はっ?!)
呆気をとっていては店主の思う壺、すぐに意識を取り戻すが、時すでに遅し。
店主は口角を三日月のように上げて嫌な笑みを浮かべていた。
・・・・・・
「・・・・・・くそっ」
露店を背後に足を進める俺の口から漏れるのは負け犬の遠吠え。
店主との舌戦は終始あちらが有利、なにせ『じゃあ売らない』とでもされたら俺としては堪ったものではないため価格はほぼ店主の思うがままだ。
(あの店主、透視の魔道具かアーティファクトでも持ってるんじゃないだろうな)
そして見事に俺の手持ちの財布からは金貨が飛んでいき閑古鳥が鳴いている。
想定よりも金の消費が馬鹿にならない。早々に金策を進めた方がよさそうだ。
憂鬱な面持ちで歩いていると、前から歩いてきた猫背の男が姿勢を崩すようにしてぶつかる。
「おっと、すまんね」
「おいっ待て!」
早足に去ろうとする男にマルスが声を掛け飛び出そうとするのを腕を掴んで制止する。
「しかし!」
「問題ない。掏られたもんも取り返した」
「お、おおぅ。流石はクリス様です!」
マルスが一早く追おうとしたのはあの男がなにかを掏ったのを察したからだろう。
とはいえ男も、まさか相手が身体強化して掏り返されるとは思わなかったらしい。
「やはりここは治安が悪いですな。とはいえ私の警戒不足。申し訳ございません」
「次気を付ければいい。にしても明らかに庶民ではない俺から盗もうなどとんだ命知らずがいたものだな」
財布を仕舞おうとして、ふと手には財布の他にメモ帳を持っている事に気付く。
俺の生物観察記録のものとは別のものだ。
掏り返した際に、ポケットの物をそのまま手に持って引き出したから付いてきてしまったのだろう。
(じゃあこれは男のか。・・・・・・いや待て、メモ帳だと?)
紙は今の世間ではそう易々と買えるような代物ではない。
庶民がメモ帳として使用できる量が増産できていないのが現状。
であればこのメモ帳も誰かから盗んできたものである可能性がある。
マナー違反であることは承知だが、誰のものか分からなければどうすることもできない。内心で軽く謝意を示しながらそれを開いた。
「・・・・・・」
「クリス様、どうかなさいましたか?」
「シル、先程の男を追え」
「えっ?」
「今すぐにだ」
「っは!」
先行するシルの後を追って俺とマルスが疾走する。
メモ帳には俺の知る組織の紋章があった。
ゲーム内では、希少な生物から人間に至るまでを非人道的な行為を行い金に換えてきた連中。
俺の関わりたい裏とは別のただのゴミ。
見つけた場合のギルド員としての行動は簡潔だ。
死を望むだけの絶望を。
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