第18話 オークション

 男に気付かれない位置で尾行を続けて数分、表通りから離れた薄暗い路地で立ち止まり、男は警備が立つ建物の中へと入っていった。


「なにやら怪しいですなあ」

「騎士団に通報致しましょうか?」

「判断するにはまだ早い。まずは入って確かめるぞ」


 過去、ゲーム内で騎士団に通報したことが数度。

 しかし敵の規模も分からず動員される騎士の数などたかが知れている訳で、そもそも調査に時間をかける間に逃げられることが多かった。


 明確な情報がある場合は無類の強さを誇る騎士団だが、不明瞭な部分に迂闊に手を出せないというのが明確な弱点だ。


 そして時間の経過と共に被害は拡大、結局ギルド員総出で叩き潰すこととなった。


(無理に手を出せば懲戒されるしな、理解できない訳じゃない)


 根元までを一気に潰せば問題ないだろうが、少しでも逃がせば後ろ暗い部分のある貴族が揃って弾劾しにくる。手綱を握れないような人物を恐れているからだ。


「警備が邪魔ですが、昏倒させますか?」

「どうやら合言葉があるみたいだ。それで入れるだろう。無理だった場合は、倒す方向に変える」


 男からとったメモ帳を見せながら言う。

 流し見ではそのような記述はなかったが、知識としては持っている。


 合言葉なんて場面や時間で変わるものだろうし、どちらかと言えば倒す方向だろうと思いながら警備に近付く。


「黒猫は渡ったか?」

「足跡は残さない」


 警備の問いに、知っている解で答える。

 すると警備は視線を中に向けて入るように仕草で示した。


(・・・・・・警備ゆるっ)


 どうやら合言葉を頻繁に変えることはしないらしい。

 情報伝達手段がないから組織に周知させることができないからかもしれない。


 建物内に入ると、すぐに地下に続く階段が見えた。

 外観は古びたボロ家という印象を受けたが、地下のものを隠すカモフラ―ジュだろう。


 ごろつきの集まりではないと察したマルスの顔つきが変わる。


「この人数では危険があるやもしれませぬ。一度撤退してはどうでしょう?」

「無暗に手を出すつもりはない。無理そうなら帰るだけだ」

「・・・・・・承知しました。ただ私が危険と判断した場合はクリス様を連れ撤退させて頂きたく」


 頷かないようならその場で撤退するような面持ちのため、一応首肯で返す。


 地下に続く階段を下りた先には重厚な扉ともう一人の警備がいる。

 騎士団が来た際の足止めを兼ねているのか、妨害の魔方陣が刻んである。


「墓碑の名は」

「刻まれることはない」


 再度の合言葉を交わし、警備が扉を開ける。

 中に足を踏み入れて一度周囲を見渡す。


 内部は広い空間があり、中央には半円形のステージがしつらえられ、その奥にはベルベットのカーテンが。客席と思われる場所は扇状に広がり、深い木目の椅子と机が整然と並ぶ。そして机の上には数字の書かれたパドルが置かれてあった。


「オークション・・・・・・?」


 シルが小さく呟く。

 彼女の予想通り、ここはオークション会場だろう。

 この組織は仕入れた品をオークションにかけて金を稼ぐのが主目的だ。


 問題はその品が非合法の物であったり、非道な方法で仕入れた物だということ。


(それを買おうとする奴らが居るからな)


 需要と供給だ。

 そして需要が大きいからこういう組織が消えない。


 会場にも相応の数が席に着いている。

 身分を隠すためだろうが、一様に仮面を身に着けているため正確な人物を特定するには至らない。が、ある程度の予想はできる。


 中には貴族の身分のものもいるのか上品な装いで来ている者も。

 違法なオークションに手を染めれば最悪爵位の剥奪もあり得る。


 それでも手を出すのは、余程目に付く品があるか、騎士団に手を出せるような役職にいる者か。後者でないことを祈るばかりだ。


 一先ず会場の出入り口に一番近い席に腰を下ろして品を確認することにした。


 しばらくして、競り人がステージ下の演台に立つ。


「さてお待たせいたしました! それでは本日のオークションを始めたいと思います!」


 競り人の声が響くと、場の空気が一気に張り詰める。

 男達がステージに商品を並べ、スポットライトがあたった。


 告げられる品目。

 まだオークション序盤だからか、そこまで目新しいと感じる物は少ない。


 確実に禁止されている商品が出るまでは正直暇だ。

 その間、ここにいる連中をどうやって詰め所にぶち込むかを考える。

 なるべく血を流さない方向で、かつシンプルにことを進められればそれが一番。


 こういうのは前世のギルドで参謀を請け負っていた【もふもふ命】さんが得意だった。彼女の作戦は相手からすれば非常に陰湿で、まことしやかに“いかれ魔女”の二つ名を持っていたが、本人はそれを聞いて大分しょげていたのを思い出す。


『頑張ってるだけなのに悲しいよ~!!』


 泣きながら彼女の飼育するモンスターたち――全てが見事な毛並みをもった獣タイプ――にダイブしていた。


『ふぇへ、ふぇへへ~』


 正直、あの表情はあまり見られたものではなかった。

 彼女の名誉を守る為、そっとギルド員たちが視線を逸らしていたのが懐かしい。


 俺は遠くに足を運ぶことが多かった為、飼育するようなことはあまりなかったが、今世では少し試してみるのもいいかもしれない。

 ケルンも他の生物がいた方が遊びの幅も広がるのではないだろうか。


「さて、次の商品はこちら! セタンの葉です!」


 隣でマルスが肩を揺らす。


(はいアウト)


 セタンの葉。

 天使の葉、もしくは悪魔の葉と全く相反する二つの呼び名がある薬草だ。


 これは使用者の神経に作用する。

 痛みの軽減や鎮静作用がある一方、強い依存性と意識障害を起こす。

 ようは麻薬である。


 勿論王国では禁止薬物に指定されており、売買は禁止。

 見つかり次第、即捕縛される重罪に相当する。


 禁止指定されているにも関わらず、偶に麻薬を使用していたと思われる中毒者が裏路地なんかで倒れていたりするのが闇だ。

 ローウェン領でも、稀にだがそういう人物は確認されている。今世で報告書を見た訳ではない――そもそも大事な資料を確認できる立場にない――が、掲示板の情報網には載っていた。


 取り敢えず、これで組織のことを知らない二人を動かす理由ができた。


 メモ帳から紙を破り取り、ペンで文字を書いたものを静かにシルへと手渡す。

 内容は禁制の品がオークションに出ていることを騎士団に伝えろとの指示だ。


「承知しました」


 誰にも聞かれない囁き声を残し、シルは席を立つ。

 扉に向かい、話術で警備を上手く騙せそうな様子を見てから視線をきってステージに再度意識を向ける。


 これで騎士団でもそれなりに階級が高いのが来るはずだ。


 確実な品があれば騎士団の団長クラスを呼べるのだが、流石にそれは難しい。


 ここに残った俺とマルスがすることは単純。

 騎士団が来た際に、邪魔となるであろう魔術が施された扉を内側から開けばいい。


「さて、続いては本日の目玉商品の一つになります!」


 意気揚々と声を張り上げる競り人。


 布で覆われた大きな箱型のなにかがステージ横から出てくる。


(でかいな、特殊なアーティファクトでも見つけたか? まあ、今日で騎士団に没収される訳だが)


 後は殆ど騎士団に任せるつもりの俺は最早他人事でそれを眺める。

 どこか上の空で、眠たげに瞼も落ちてきていた。


 バサっと音を立てて布が捲られる。


「こちらは――」


 の説明を始める競り人。

 だが、途中から何故か声が届かない。


 捲られた布の中は大きな檻だった。

 その中には一人の少女と一匹の獣。


 少女は人族ではない。

 獣人族、中でも狼に近い血統。

 灰の髪を持ち、鋭い視線で檻の中から周囲を睥睨している。

 いや、おそらく少女の元の髪は銀に近いはず。捕らえられていた環境の悪さからくすんだ色になってしまっているのだろう。

 肌には痣と鞭で打たれたのか蚯蚓腫れが痛々しく浮き出ていた。


 そして少女が守るように抱える獣は狼の幼体。

 俺の知識が正しければ、一介の組織如きが手を出してはいけない種だ。


「少々反抗的ではありますが、躾用の首輪と――」


 気付けば俺は席を立ちあがり魔力を練り始めていた。

 慌てて留めようとするマルスに視線と手で手口を指し『蟻一匹逃がすな』と命令する。


 作戦が完全におじゃんだ。

 しかし、俺は既に騎士団を待つ間ですらこいつらの喜色を滲ませた声を聞く気にはならなかった。


***************

投稿が遅れてしまい申し訳ありません(>_<)

公募に全力を出していたら力尽きてしばらく休んでしまいました。

本日からこちらの投稿を再開します(*^^*)

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