第16話 レオナ・フィッツジェラルド

「クリス・ローウェン! 貴様に決闘を申し込む!」


 翌日の学校。

 校門から学舎までのくそ長い道を歩いていると、男子生徒が肩を怒らせながら歩みより、突如としてそんなことを言い放った。


 その男子生徒は一応クリスの記憶にも残っているようで、彼の情報が脳裏に浮かぶ。


 男子生徒の名前はヘレン・リーバー。

 クリスと同じ伯爵家の次男で学年もまた同じ3回生。


 髪は茶髪、そしてぱっと見の第一印象は“真面目そうな生徒”だ。

 姿勢、汚れの無い靴に整った服装、無駄に視線を動かさず目線を合わせに来ているというのが理由だ。


「おい! 聞いているのか!」

「聞いてはいるが・・・・・・」


 何故決闘を挑まれているのかが分からない。

 俺と彼との接点がないからだ。

 もし間接的に起こらせているのだとすればなんだろうか。決闘とまで言うのだからなにか譲れぬものに触れてしまったか。


 そこまで思考して、思い当たる節が一点。


「そうか、リーパー家の次男は平民と恋仲であった訳だな。そしてその相手は俺が停学の理由になったあの平民。成程成程理解した。ただ安心するといい。俺はあの平民に手を出す前に止められたからな」


 自信をもって導き出した解だったが、リーパーは顔を赤くして否定する。


「違う! 俺が怒りを覚えているのは貴様の不正についてだ!」

「不正?」


 疑問符を浮かべる俺に対して更に顔を憤怒に染めるリーパー。


 というより先程から野次馬が増えだしたな、決闘と言うだけでも格好の見世物のようなものだが、どうやら彼等彼女等の呟きを拾うとそれだけではないらしい。


 ――やっぱりあのテストって不正だったのでしょうか?

 ――まあ最下位だったと聞くし、不信には思う。

 ――学園側が何故対処しないんだ?

 ――ははっ! リーパーが相手ならローウェンの魔法でも対処できないだろう! これでやっと大人しくなる!


 最後の奴だけ顔を覚えながら内心で野次馬の理由に納得した。

 どうやら筆記試験の結果が作用しているようである。

 俺はまだ結果を確認していないが、こうして多数の関心を寄せる程度には目に付く順位であった訳だ。


「不正した証拠でもあるのか?」

「証拠がなくとも結果が全てを物語っている! 最下位であった人間がどうして一位になれる!」


 証拠がないならただの言いがかりだ。

 というか俺一位だったのか、現段階では解明されていない法則を用いた回答をしていないかが不安だったが杞憂であったらしい。


「話にならないな。証拠もなしに不正と断じることができるなら最早なんでもありだ。審問官の真似事なら適正はないからやめておいた方がいい」

「なっ?!」

「そもそも何故決闘? 戦闘で筆記試験の不正の如何が分かるような仕掛けでもあるのか?」

「そんなものはない。ただ、俺が勝てば貴様には再試験を受けて貰う! それで同様に高得点が取れたならその時は謝罪しよう!」


 どうやら彼は俺に再々試験を受けさせようとしているらしい。

 もうやったと言えば楽だが、ゼルぺダス教員から贈り物を貰ったからには学園の面子を潰す訳にもいかない。


 ならばいっそ無視した方がいいな。


「断る。俺に利点がない」


 目線を切って学舎に向かう。


「なっ! 貴様貴族の決闘を断るのか!」

「正式なものでもないのにわざわざ受けてやる通りはないな」

「これで正当性を証明しなければずっと不正を疑われることになるぞ!」

「言いたい奴は言えばいいさ」


 子供相手に決闘なんてできるはずがない。

 授業内の訓練でないと、どうしても大人としての呵責を感じてしまう。


 諦めてくれるよう少し早足に移動すると、背後からの声はもう掛けられなかった。



 後で聞いた話だが、この場面を見ていた学生が噂を流布して更にクリスの評判は下降することになったという。


 曰く、『決闘が怖くて逃げた臆病者』もしくは『卑怯な不正者』。

 クリスは一層、悪い意味で目立つこととなった。




 ◇




 朝から絡まれて時間を消費したが、不思議と気分を害してはいない。


 無鉄砲で決めつけ、現状ではとんでもない地雷の彼だが、しっかりと自分の意見を述べる点は先導者、いや貴族としては十二分の才能だ。成長に従い多角的視点と冷静な判断も付くだろう。


 まあそもそも成長するまで生き残っているかが一番の懸念ではあるが。


 ストーリー終盤に彼の名前はあっただろうかと記憶を掘り起こしながら教室に入り、ふとなんともいえない違和感を感じながら自席に近付く。


(誰だ・・・・・・?)


 すぐに違和感の正体には気付いた。


 なにせ、女生徒が俺の席に座っている。


 クラスを間違えたかと一度教室のプレートを確認。うんあってる。

 クラスメイトも先日見た顔ぶれで間違いない。


 どう言ったものかと思案しながら席に近付くにつれ、座っている女生徒の顔がはっきりする。

 そして女生徒が誰なのかを認識して頬をひくつかせた。


「おはようございます。フィッツジェラルド様」


 座っている女生徒。

 北部特有の雪のような白髪が、窓から射す光を僅かに反射しながら、日の暖かさに抱かれるように目を瞑る姿はどこか神聖ささへ覚える。


 レオナ・フィッツジェラルド。

 彼女は北部を統括する公爵家、フィッツジェラルド家の長女である。

 王国には四家の公爵が存在するが、フィッツジェラルドは北部を統括している。


 爵位としては最も高位であり、だ。発言力も並大抵ではない。

 王位はないながらもそんな権力者の元に生まれた彼女は一国の姫という認識で間違いではないだろう。


 伯爵家の三男などその気になればどうとでもできる圧倒的格上である。


「誰?」


 若葉を閉じ込めたかのような鮮やかな黄緑の瞳が俺を映して、開口一番に彼女はそう言い放った。


 余りのことに思考が停止する俺、周囲の人間も幾分か唖然としているように見える。


「私、クリス・ローウェンと申します。こうしてお話しさせていただくのは初めてでございます」


 返答はない。

 ただなにを考えているのか分からない表情で俺の全身を見ている。


「僭越ながら、クラスを間違えてしまったものと愚考します。ここはDクラスですので、3つ隣の・・・・・・」

「間違えてない。私は君に会いに来た」


 誰と問うたのに? と突っ込みたくなるがそんなことを言える相手ではない。

 子供は時折突拍子もないことを言う生き物で、それが途轍もない権力も内包しているというのだから普通に怖い。


「以前となんだか違うから分からなかった」

「失礼をお許しください。以前にお会いしたことがございましたでしょうか?」

「ない。けど、一度見たから」


 その台詞で、少し彼女のことを思い出した。

 一瞬で見たものを記憶する完全記憶能力、にを持っていることを。


 脳の容量限界があるのか、年月が経つと次第に記憶を欠落させて新しいものに置き換えるのだ。それでも数年であれば文字通り全てを覚えている。


「歩き方、姿勢、息遣い、何より目線が合ってる。以前の君は意図的に避けていたようだったけど、なにか心境の変化が?」


 無垢な瞳は内心を見透かしているようで、回答に詰まる。


「ああ、いやいやこんなことを聞きにきたんじゃなかった。君に聞きたかったのは勉強についてだった」

「勉強、ですか? フィッツジェラルド様は十二分に点数をとれているものと思いますが」

「でも、解けていない問題がある。私は記憶力で賄えるものなら間違えないけれど、応用に弱い。君はどうやって解いているの?」


 筆記試験の結果がここまで影響したのかと、彼女の訪問理由にようやく納得した。


 とはいえ、彼女の問いに関する回答に悩む。

 周囲から見れば俺は一か月で猛勉強したように映っているはずだが、実情は数年を費やして得た知識だ。


 故に回答は『努力』になるが、それで納得して貰えるとは思えない。

 短期間で達成可能な、それっぽいことを言う必要がある。


「・・・・・・経験したものは覚えやすく、また想像がし易いといいます」

「想像?」

「はい。書物での知識も大事ですが、それらを実際に経験することで思考の幅が増えるのではないでしょうか」

「幅が増える、か。君もそうして覚えたの?」

「はい」


 嘘ではない。

 ゲーム内でトライアンドエラーを繰り返し身に着いた知識は多い。ただ一か月でどうにかなる方法では決してない。


 公爵家であれば設備も十分用意できるだろう。

 時間は必要かもしれないが、今よりは柔軟な思考ができるようになる・・・・・・はずだ。


 これで変わらなかったら北部の連中に恨みを買ったりしないだろうか。と一抹の不安を抱きつつ視線はそらさない。


「そっか、分かった。じゃあ今度試してみよう」


 本当に用はそうれだけだったようで、彼女は椅子から立ち上がる。


「あっどうして座らないんだと思ってたら私が座ってたんだ。ごめんね」

「・・・・・・いえ」


 そこに気付けないのは大分天然かもしれない。


「それと君も手伝ってね。提案者の責務として」

「はい・・・・・・はい?」

「ふふっ、じゃあまた使いを送るから」


 今日初めての笑み、ただし少し悪戯心を秘めたそれを残し彼女は教室から出て行った。

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