第15話 予定
「お帰りなさいませ」
屋敷に戻りダルセンが礼をとる。
「本日ゼルぺダス家の方が荷物を届けに来られました。贈り物と伺っておりますが、中身の確認はまだ致しておりません」
もう持ってきたのか、行動が早くて助かる。
「危険な物ではないから大丈夫だ。荷物は?」
「クリス様のお部屋に運んでおります」
後で開封して軽く手に馴染ませておくか。
にしても早々、四属性に耐性のあるグローブに加え有用なアーティファクトを手に入れられたのは僥倖だ。
この調子でレアな生物との出会いも達成したい。
王都近辺は多種多様な生態があるからより取り見取りだ。
「突然のことで驚きましたが、ゼルぺダス家の方と親交がおありなのですか? 確か王立学園にはかの英雄、ダリ・ゼルぺダス様が教鞭をふるっておられることは周知の事実ですが」
少々興奮気味に発言するダルセン。
感情が分かる程表に出ているのはこの男がゼルぺダス教員を英雄視しているからだろう。ようはファンなのだ。
二人の年代が近い事もあって、ゼルぺダス教員の英雄譚をより身近に感じているのかもしれない。自分と同世代というだけでテレビのアイドルの名前も覚えたり、妙な親近感を覚えたこともあったため俺も分からなくもない。
「少し話す機会があってな、停学明けの記念か知らないが贈り物をすると言っていた」
流石に本当のことを言うのは憚られる。
十二分な賄賂も貰っている事だし、ここはあちらを立てて煙に巻いておく。
興奮冷めやらぬダルセンを置いて自室に戻る。
扉を開けると、すぐに甲高い鳴き声が聞こえる。
出迎えの言葉でも言ってくれているのだろうかと都合のいいように考えながら部屋に足を踏み入れれば、口元を汚したケルンが走り寄ってくる。
「おお元気だな、ご飯一杯食べたか?」
「キュゥっ!」
「おおお帰りなさいませ!」
どもりながら声を上げるのはメイドのナーラだ。
視線を向けると、膝を母アイオーンに独占されているナーラの姿があった。
座っているナーラの膝の上で体を丸め目を瞑っている。
素晴らしい懐き具合だ。俺に対してはあそこまで気を許してはくれない。
やはり彼女の自然な優しさを生物は敏感に感じ取っているのだろうか。
立ち上がるため一旦母アイオーンを移動させようとするナーラの動きを慌てて制止する。
「おいっ、その美しい寝顔をまさか起こそうとしてる訳じゃないだろうな?」
「しっ、しかしこの姿勢はクリス様に不敬で」
「優先順位を考えるんだナーラ」
「は、はい・・・・・・えっ、優先順位は・・・・・・」
おいおい、仕事の優先順位もまだ把握していなかったのか。
俺は努めて起こさないよう小声で常識を教える。
「癒し生物>その他だ」
「クリス様は・・・・・・」
「勿論その他だ。よしっ、簡単な問題を出そう。崖で身を投げ出されそうになっている俺とアイオーンがいる場合どちらを助ける?」
「それはここっこの身をもってクリス様をお助けします!」
首を振って不正解の回答を遮る。
「この場合の最適解は、脇目もふらず一目散にアイオーンを助けるだ。なに、後々困らないよう俺が遺書にでも書いておけばいらん責任問題も回避できるはずだ。だから不要な非難は想像しなくていい。ただただ愛しい生物を守れ」
誠心誠意の指導をどう捉えたのか、ナーラは顔を青褪めさせて歯を鳴らす。
脅していると勘違いされたか、ケルンの小さな手で頬をてちてちと叩かれた。
ナーラの反応はまるで異常者を前にしているかのようだが、そんなはずはない。
俺が所属していたゲーム内ギルドは誰もかれもがこんな思想を持っていたから、いたって一般的な考えであるはずだ。つまりは統計的にも証明されている。
「じゃあ単純に適材適所って奴だ。メイドの仕事は他の者でも代替できるが、精霊との触れ合いに関してはナーラでなければそうはならない」
「な、なるほど・・・・・・?」
「人目の付かない場所であれば、基本的に俺を優先する必要はない。それだけ覚えていればいい」
まだ言葉を咀嚼できていないようではあるが、いずれ理解できるだろう。
ギルドの新人を見ているようで少し懐かしい。
昔を思い出しつつ、机に移動し置かれているものを物色する。
ゼルぺダス教員からのものと思われる箱が一つ。
そして今朝ナーラに頼んでおいた書籍とB5程度の紙が一枚。
とりあえず箱の包装を解いて中身を確認する。
蓋を上げると、まずは手紙が目に入りその下に黒色のグローブが見えた。
紙にはゼルぺダス教員からの要件をまとめた一筆がしたためられているのみで、すぐにグローブに意識を移す。
黒いグローブ。指貫きのため指の保護はないが、拳を握って戦闘する分には関係ない。
「少し大きいか?」
自分の手と比べて幾分か大きいように見えるグローブ。
試しに手に嵌めてみる。
「お?」
やはり少しグローブに隙間ができて残念に思ったのも束の間、グローブが自動で手の大きさに合わせて大きさを調整した。
「アジャスト機能までついてるのかよ、有難い」
古代の遺跡から発掘されるアーティファクトだとしても稀の部類に入るだろう。
その上四属性に適性があるというのだから、破格も破格、国宝として保管されていてもなんら不思議ではない。
(まあ、この国には拳での接近戦をする奴なんて殆どいないからなあ)
魔法による遠距離戦か剣や槍等での近接戦が主体の人族では宝の持ち腐れでしかない。
これがもし鬼人族などの体術に特化した種族に渡っていたなら、間違っても倉庫行きという事はなかったはずだ。
気分が高揚したまま、次は書籍に移る。
内容は王国周辺に生息する生物、環境についてのものだ。
そろそろ次に会う生物を決める時だろう。ゲームとの齟齬がないかを確認するため書籍に目を通す。
(分布に少し違いがあるか)
ほんの少し、けれど対象生物によっては致命的になる。
(山はまだやめておいた方がいいな)
ロザリエ王国は外敵から身を守る為、周囲を過酷な自然が取り囲んでいる。
大雑把に括って大森林、山脈、沼地の三点。レジャーをするには事欠かない場所だ。
当然生態系も多種多様で、魔獣――人に害をもたらす魔力を備えた生物の総称――と呼ばれるものも多く冒険者の仕事は五万と存在する。
難易度としては山脈が最難関、次点で沼地、最も容易なのが大森林だろう。
とはいえ大森林も奥に行き過ぎれば命はないと思った方がいい。
本に目を通す限り、大森林の奥地は未だ未開の地であるらしい。
大森林が広大過ぎるあまり、反対側の国からも半分の地点まで辿り着いていないようだ。
もしかしたら誰かは到達したのかもしれないが、情報として出ていないのは国が規制しているか当人が死んでいるかだろう。そして確率で言えば後者の方が高い。
それでも他の二カ所よりは安全なのだから、三星程度までしか対応できない今の俺には選択肢はない。
森を移動する為の装備を買いに行く計画を立てながら、紙を広げる。
「・・・・・・このペンも使い勝手がな」
インクをちょびちょび付けながら書く事の効率の悪さよ。
前世のペンが恋しくなるとは思ってもいなかった。
「ん? いつものスケッチとは違うようですが・・・・・・何を書かれていらっしゃるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
起きた母アイオーンが場所を移動した隙に立ち上がったナーラが近づて質問を口にする。
「地図だ」
「ああ地図!・・・・・・地図っ?!」
慌てて口を塞ぐナーラ。
国の重要機密としての側面が強いための自然な反応だろう。
勿論言い訳も考えている。
「落ち着けナーラ、地図と言っても簡易なものだ。冒険者ギルドも冒険者に売っているし問題はない」
「そ、そうですよ! 申し訳ありません。過剰に驚いてしまって・・・・・・あれ、では冒険者ギルドで購入すればよいのでは?」
何故か? 勿論冒険者ギルドの出すような簡易なもので終わらせるつもりはないからだ。
正確な地図がないと流石に足を踏み入れるのを躊躇してしまう。それは内部の生態系を知ってしまっているからというのもあるだろう。
流石に完璧な精度は出せないが、何万回と見てきた地図のおおまかな部分は再現できるはずだ。
時間があればそれぞれの縮尺で用意しておくつもりだ。
「何事にも挑戦する気分なだけだ」
「わぁ・・・・・・何事にも興味を示されて憧れてしまいます!」
うん、屋敷の専属がナーラで良かったかもしれない。
ここまで人を疑わないのは少し心配だが。
ナーラの肩にいるサラマンダーが心配そうに舌で頬をつついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます