第10話 登校
嫌になるぐらいの快晴。
停学明けの登校と考えると憂鬱になる俺の気分とは別に空はまるで祝福しているかのようだった。
「行ってらっしゃいませ」
「いい行ってらっしゃいませ!」
「・・・・・・あぁ」
見事な姿勢で見送りをするダルセン。
完璧な動作が逆に俺を煽っているようにさえ感じるのは俺が狭量だからだろうか。
この男は俺の身支度を整えるメイドをあろうことかナーラに命じた。
するとなにが起こるか?
不思議な事に、貴族であるはずの俺が結局は全ての支度を整えることになるのだ。
――あ、あわわ! 髪が大変なことに!
――服の順序を間違えてしまいました!
――あれ、鞄はどこだったっけ?
彼女はメイドである。
もう一度言おう。彼女は! メイドである!
敵を地獄に落とすような冥土ではない。
屋敷の掃除や家事を行うハウスメイドがこのナーラの職務である。
まさか自分で準備しながらメイドにメイドの仕事を教える羽目になるとは思わなかった。一度口頭で説明した所で難しそうだったため、生物のメモ用にとっていた用紙を半分渡し常にメモするようにも指示した。
まだ本人はやる気のようで逐一メモを取っていたのが唯一の救いだ。
おそらく彼女は同時に複数の物事を考えて行動するのが苦手なタイプだろう。
ただ、出来るようにさえなればこういう手合いは優秀なのだ。
不器用ながらも仕事は丁寧にこなしているのが見て取れるのがその証拠。
(まあ、それを俺が教えるのはおかしな話だが)
いずれこの飄々とした爺を焦らせてやると誓い馬車に向かう。
この邸宅から学園までは馬車で三十分程の時間を要した。
同乗しているのはシルと御者だ。
「少々お疲れの様子ですが大丈夫ですか?」
「問題ない」
労わりはいらないからあのドジっ子三つ編みをどうにかしてやれと言いたい。
このメイドも立場的に仕事量が多いだろうから口にはできないが。
学園の校門近くで下車し、シルから鞄を手渡される。
「行ってらっしゃいませ」
「ああ」
軽く言葉を返して学園に足を向ける。
王立学園について少し振り返る。
ここは中高一貫の学校で、ナファリア王国随一の人材育成機関だ。
国の官僚から騎士、名を残すような研究者の多くはこの学園の出が多い。
そんなエリート街道の切符を掴めるのならと思うのは当然で、クリスが入学した二年前の入学倍率は132.6倍だったとか。
学年定員が二百であることを考えれば、およそ二万六千人の受験生がいたことを意味する。
どうしてこのような数値になるのか。
それは貴族だけでなく平民も受験しているからだ。
現代日本と比べ、平民が学べる場所は少なく貴族と比較すると能力は大きく劣るが、絶対に通過できないかと言われればそうでもない。
学園が受験生を受け入れる項目には大きく分けて三項目存在する。
一つは当たり前の頭脳。
与えられた問題の正答率が重要になる。
次に運動能力。
魔物との戦闘や、戦争が考えられるこの世界では重要な要素だ。
そして最後に魔法。
魔法を研究するという意味で、希少な属性を持つ人物は優位に働く項目。
クリスが入学できた最大の要点は、希少属性である闇魔法に適性を持つためだ。
そして平民の中には稀に希少な魔法を持つ者、そして生活環境から優秀な身体能力を持つ者が出てくる。
可能性は限りなく低いが、もしかしたらを考えて多くの人間がワンチャンを掛けに来るわけだ。
まあ結局、入学できる平民の割合は1割の半分に満たない程度に収束してしまうのだが。
「・・・・・・」
いやなげぇ。
校舎に向かう道中が暇すぎて思考を整理したが、相変わらずこの学園は広すぎる。
魔法実験も行う為、住宅街から離れた位置に建てたという理由はあるのだが、ここまで長くしなくてもいいだろう。
先程から学園生の視線が無遠慮に突き刺さって居心地が悪い。
貴族としての階級がクリスより下の者は目を合わせないようにしながら遠巻きにひそひそと仲間内で語らい、同等以上の階級の者はあからさまな侮蔑の視線を向けてくる。
この視線の中を嗤って柳のように流すクリスはやはりどこか螺子が外れている。
そして俺がゲームの時のクリスのように、裏の連中と接触することを想定するならばそれを順守した姿を見せる必要がある。
完璧な模倣は無理だろう。
だから俺らしく、今までのクリスと自分は別物と考え、なんでもないように胸を張り続ける。
ただそれだけで悪者としての姿は十二分。
何故か。今までのクリスの行動を見た他者からは、全く反省していない不遜な輩として映るはずだからだ。
周囲の視線を浴び、まるでレッドカーペットだななどと思いながら校舎までの道中を肩で風を切って歩いた。
「失礼します」
最初に向かう先は教室ではなく教員のいる職員室。
停学明けの為、まずは担任に姿を見せる必要があった。
ドアをノックし、声を上げた俺に対して教員が振り返る。
(うわぁ・・・・・・)
いるわいるわ、面倒くさそうな連中が。
聖女の護衛、狂魔法学者、元騎士団団長に王家の関係者まで。
内部事情を知っている身としては思わず眉を顰めてしまうレパートリーだ。
早々にこの場から去りたいという思いが伝わったのか、俺が呼びかける前に担任が気付き席から立つ。
「おはようございますクリス君、まずは場所を移しましょうか」
「はい」
そう呼びかけ、前を歩く女性の名はニコル・ハーメス、錬金術師である。
長い茶髪を一本にまとめ前に流し、ゆったりとしたローブを羽織っている。
彼女に連れられたのは専用の工房、教員に与えられている研究室である。
無造作に置かれている二つの椅子を置いて、腰を下ろしたハーメス教員は対面に座るように促す。
「さて、クリス君。この停学期間でしっかりと過ちを反省できましたか?」
どう答えたものかと悩んでいると、矢継ぎ早にハーメス教員は言葉を続けた。
「弁明はいりません。私が求めるものは行動のみです。そしてここに呼んだのは忠告のためです」
「忠告?」
「次はない、ということです」
性格に合わない鋭い視線は揺らがず俺を見据える。
「これからの態度次第では、停学ではすまなくなるでしょう。ただ、同時に改まったのなら良い未来も開けるはずです。王立学園に入学出たのなら、それだけの能力があるということ。期待していますよ」
そう言って励ますような笑みを浮かべる担任に、俺は内心で言葉を吐かずにはいられなかった。
――あなたはクリスを殺すべきだったんだ、と。
家族を除き、唯一クリスを正道に戻そうとした人物。
優しさゆえに騙され、奪われ、殺された哀れな女。
「先生」
意味は分からないだろうが、これだけは言っておきたかった。
「その首飾りですが」
「えっ、ああこれですか。まだ実験中なので出力は安定していないのですが、一時的に対象の魔力を乱す性質を持っていて・・・・・・」
「俺が欲しいと言っても渡さないで下さいね」
「えっ?」
疑問符を上げている教員を置いてドアに移動する。
「ただそれだけです。忠告感謝致します」
挨拶を済ませ教室へ向かう道中。
またしても溜息を吐きたくなる人物と出会ってしまう。
クリスが停学する原因となった女生徒、とその隣にいる最も厄介な女生徒。
見ていないと知らぬ存ぜぬで素通りしようとする。
「ねえ」
が、横切ったタイミングで声を掛けられた。
無視しても良かったが、相手が俺の知る性格通りなのかを確かめたくてつい振り返ってしまう。
「無視するなんて酷いよね。貴族様は謝ることもできないのかな?」
落ち着いた声。
しかし明らかに挑発した発言に、近くにいた生徒がぎょっとする。
クリスのようなとんでも地雷にも食らいつく女生徒の名はカレン。
この世界、『楽園』の女主人公である。
誰かが操作しているような雰囲気はない。
眠たげな視線も、少し乱れた灰色のウルフカットも映像で見た彼女通り。
記憶では知っていたが、こうして傍から見ると平民ながらも堂々としている様は異質だな。
「謝罪?」
「女の子を襲っておいて分からないなんて言わないよね? 貴族はなによりも尊厳を気にする生き物でしょ」
その女生徒よりお前はもっと尊厳を破壊されているけどなと喉元まで出掛かる。
『楽園』では自分が操作する男キャラと女キャラであるカレンを選べるのだが、男キャラに比べてこの女のR18系画像は倍近く存在する。
なにせこの女、男も女も全員堕とすのだ。
傍で力強く支える存在、女子にとっても少しボーイッシュ味を感じさせる彼女はありなのか、そういうシーンでは男以上に燃え上がっているとユーザーの間で好評だった。
俺は男キャラを操作していた訳だが、何故かコミュニティにこの女のCGが上がりまくるせいで、裸体が容易に想像できてしまう。
「平民の尊厳が貴族が頭を下げる事と釣り合うと? 単純な力関係も理解できないのか」
自分で言っていて反吐がでそうだ。
しかし他者の目のある所では演じなければ、俺の望む展開に進まない。
「このっ・・・・・・!」
「カ、カレンちゃん。私は大丈夫だから」
「衆目の目に晒されて友人が可哀そうではないのか? はっ、とんだ友情もあったものだな」
「・・・・・・」
睨むでもなく、無感情に向けられた翡翠の瞳に背がぶるりと震えた。
背を向け別クラスに向かう二人から視線を外し、軽く緊張をほぐすように息を吐き出しながらクラスに入る。
自分の席に座り、周囲を軽く観察する。
やはり若干俺を遠巻きに噂する連中が散見されるが、それよりも書籍を開き勉学に励んでいる者が多い。
こんなに熱心なクラスメイトが多かったかと疑問に思ったが、クリスの記憶の中には彼等に割かれる意識はなかったのか全く思い出せない。
(男主人公もいるようだし、完全にストーリー性は俺の知るものと乖離しているな。使えるのは断片的な知識か、そこから展開を予測するしかなくなるが、どうしたものか)
ゲーム内で溜めた材料や武器が使えれば楽なのにと、ついないものねだりを考えてしまう。
「はい、皆さんおはようございます」
数分を置いて、担任であるハーメス教員が教室に入室してくる。
一瞬俺に視線を向けたものの、すぐに向き直りクラス内に声を掛ける。
「それでは中間テストを始めますので、書籍等は閉まって下さい」
(は?)
は?
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