第9話 王都へ

 学園から言い渡された停学期間は本日でもって最終日。

 馬車に乗って移動していないけど大丈夫かと心配になるだろうが、そこは問題ない。


 その解決法として学園長から転移のスクロールを持たされているからだ。


 貴重な物だが、息子を反省させるため期間間際までローウェン領に留まらせるとアルバが頼みこみ購入したと聞く。

 学園長は無償で渡すつもりだっただろうが、停学者に譲歩するのもおかしな話だとアルバが金を出して押し切った形だ。


「クリス、言わずとも分かるだろうが、己の行動には責任を持つことを心懸けるのだぞ」

「はい」

「貴族は力を持つ者だ。その力に魅入られれば今回のような傲慢な行動をしてしまうこともある。しかし忘れてはならないのは、民がいてこその力だ、ということだ。故に、我等は率先して彼等を守るのだ。ノブレスオブリージュの精神を常に持つのだ」

「はい」


 死んだ目でアルバの話に相槌を打ち続ける。

 貴族たらんとする心を停学中に耳にたこが出来る程聞かされた。


 こんな熱心な教育をする人物なら少しはクリスも変わっていたんじゃないかと一瞬思い浮かべたが、記憶を取り戻す前ならそもそも話をまともに聞かなかっただろうなと想像し、同時に俺がこれだけ話しかけられるのは耳を傾けているからかと原因を把握する。


 あまり深く物事を捕らえない元のクリスを一瞬羨ましく思う程にかけられる圧に、そろそろ白目を剥きそうだ。


「父上、私もこの停学期間で様々な経験をしました。領民が私のことをどう思っているのかも知り、恥じ入るばかりです」

「ふむ、罵倒を浴びたと聞いたが」

「身から出た錆、己の非が招いた事実を叫ばれることを罵倒とは呼びません」


 罵倒は罵倒だがな。

 向けられた先が以前のクリスに向けての言葉だったためそこまで気にならない。


 ゲームではクリスの勝手で殺された領民のことを思えばもっと言ってやれと思うくらいだ。それを許す世界でないのが少し残念に思う。現代社会ならSNSで袋叩きにされることは間違いないのだが。


「殊勝な態度だな。まあ、あの場では騎士が止めるべきだった。お前の落ち度とは言え、貴族の前で貴族を軽んじる言葉を許せば軽んじられることとなる」


 領主への不満は治安の悪化に繋がる。


 故に、その原因となりうるアルバの最適解はクリスの勘当。

 使用人達も口には出さないがそう願っていたはず。


 能力の高い領主の唯一の欠点は家族に対する愛だったと、戦火に呑まれたローウェン領の悲劇を称した言葉がある。


「クリス、お前は私の息子だということを肝に銘じろ」


 視線を合わせ、手を頭に乗せる。


「胸を張って常に堂々と生きろ。もしも次に間違えたら、また私が叩きなおしてやる」

「・・・・・・暴力は反対です」

「内容次第だな」


 成程、確かに領主としては間違っている。

 ただ、この人の差し伸べる手があるからこそ周囲の人間も付いてくるのだろう。


 知略家のように見える一方で、人情味の深い人間だったというだけの話だ。


「そろそろ王都に移動します」


 あまり長居すると永遠に喋り続けそうだしな。


「それでは王都に参りますか!」


 はっはっは! と豪快に笑う男は副団長のマルス。

 その他には騎士ドリーにメイドのシルとナーラの姿があった。


 どうしてかアルバが俺に着いて行くように命じた四人である。


「えっと、忘れ物はないよね? あれも入れたし、大丈夫だよね? あっあ、でも王都の屋敷だと勝手が違うんじゃ。あわわわ」

「落ち着きなさいナーラ。分からないことがあっても私が補助しますから」

「うぅ、先輩~」


 ドジっ子三つ編みメイドは初めての王都が不安過ぎて顔を青くさせている。

 彼女の肩に乗るサラマンダーも心配そうに見ている。


 彼等が選ばれたのは前日の俺とアルバとの会話が原因だ。

 まず俺が会話の中で、精霊アイオーンと共に過ごすためのしばらくの援助を頼んだ。

 これに対しアルバが返答した言葉は短く、


「今後の行動方針を示せ」


 今の俺の行動は一貫性がなく、援助するにしてもリスキーであるということだ。


 俺の行動方針、それはもともと決まっているものだった。

 今後も精霊や幻獣のような生物に出会うために動きたいと返答する。


「いいだろう。ならばこれは援助ではなく投資にしよう。将来の可能性に賭ける事にする。俺が求めるのは月に一度、関わった生物に関しての論文をまとめ送ることのみとしよう」


 思った以上にあっけなく許可がでたことに驚いていると、その表情を見たアルバは端的に理由を答える。


「なに、本気の者とそうでない者の違いくらいは分かる。女にばかり現を抜かすぼんくらが自分の道を定めたのだ。また同じ轍を踏ませないようにするという意味でも私にとっては悪くない投資だ」


 そんなこんなで、俺は多くの生物たちと出会えるように多額の金額を持たされている。


 思いきりの良すぎる金額に、これを返せるだけのリターンを提示できるか怖くなる程だが、俺には解明されていない知識という唯一無二の武器がある。

 数年もすれば倍にして返してやるさ。


 そすいて話を戻すが、彼等が選ばれたのは俺の行動を補助するためだろう。

 カルナ森林での動きを知っている面々であるのはその証左だ。


 ナーラに関しては肩に乗っているサラマンダーが理由に違いない。

 アルバもなにかしら通常のものとの違いを感じ取っているようだが、まだ判別がつかないと言うのが実情。


 このサラマンダーの解明も俺に課せられているということだ。


「行こうか」

「キュっ」


 ケルンと名付けた子供のアイオーンが高い声で鳴く。

 名づけには母親と子供に響きを聞いて貰い、反応したものを選んだ。


 タイミングが良かっただけの可能性もあるが、しっかりと返事を返してくれることを考えるとしっかりと理解できていると見ていいかもしれない。


 転移の術式が刻まれたスクロールを開き魔力を流す。


「行ってまいります」

「ああ、次の帰りを楽しみにしている」


 厳格なアルバが少し表情を崩して笑うのを見ながら転移した。


 一瞬の暗転の後、俺達の姿は王都にある別邸の中にあった。

 ちなみにアイオーンの父親であろう姿が横目に僅かの間だが見えたが、転移した後はすぐさま消えてしまった。


 代わりに出てきたのは王都宅で勤めている執事長のダルセンだ。

 王都別邸の管理を任されている老齢の男は恭しく頭を下げる。


「クリス様。お戻りになられるのを心よりお待ちしておりました」


 心にも思っていないことをさも本心のように言えるのは流石の処世術だ。伊達に歳をとっていない。


「後ろの四名も俺についてくるようにと父上から命を受けている。詳細は本人たちから聞け。采配に関しては任せる」

「承知いたしました。僭越ながら、質問してもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「肩に乗っている動物に関してなのですが」


 俺の肩で飛び跳ねっているケルンと、シルの肩でマフラーのように首を覆っている母アイオーンへと交互に視線が向けられる。


「しばらく共に過ごす事になるだろう精霊だ。接し方については今から教える。早急に屋敷全体で共有して馬鹿な行動をしないよう注視しろ」

「承知いたしました。速やかに対応いたします」


 この男の仕事は精密だ。

 髪は白髪でそれなりに歳も重ねているが、背筋がしっかりと伸びた佇まいからは不思議と衰えを感じさせない。


 そもそも能力のない男がここまで這い上がれるような温い環境はローウェン領にはない。

 唯一の例外が俺が転生してしまったこの男だ。


(面倒だが、明日から学園だな)


 あそこは癖の強い連中ばかりで気が滅入りそうだと、できるだけ不要な連中との接触は避けようと誓いその日は床に就いた。

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