第11話 採点

 王立学園の学力定期試験は一日で全教科を行う。

 試験難易度は言わずもがな、浅く広くのテストとは違って専門性が高く他分野に精通していないと総合得点を上げるのは難しい。


 このテストを作っている人間も質が悪い。

 試験内容は授業から出た内容とは伝えているが、複雑に入り混じった応用問題は全くの別物だろうと思う。


 テストとテストの合間にも生徒同士で要注意点を言い合ったりなど、昔を思い出すような光景があった。


(・・・・・・懐かしいな)


 俺は教室の隅でその光景を眺めるだけだったが。

 前世は素行が悪いと敬遠されていた。


 自分からなにかをした覚えはないのだが、喧嘩を売って来る連中の相手をしていたらそうなっていた。正しいのはそう言う連中の相手をしない事だったのだろうと今ならそう思えるが、若い時の行動はどうにも感情に流されやすい。


 そして今世でもまた敬遠されている。

 理由は全くの別だが。


 関わってもいい事のない問題児、そして学年最下位の成績と。

 関りを持つだけバッドステータスのなるのだから彼等のがかんせずの態度は極めて正しい。


 俺も自分のことに集中できるため好都合でもある。

 今後の計画と、近郊の地形や生物に関しての不足知識を補うために持ってきた書物を読みながら空き時間を過ごせた。


 ・・・・・・


「疲れた~」

「ああ、くそ終わった。代替心臓の錬成に関する可能性なんてなんて書けばいいのか分かる訳ないだろ!」

「実技にかけるしか・・・・・・」


 試験が終了して、クラス内の緊張が一瞬にして弛緩する。

 難易度の高い問題に対して案の定の反応をするクラスメイトを横目に、俺はさっさと荷物をまとめて教室を出た。


 なにせテスト中に前で監視しているハーメス教員の視線が痛かった。


 他と違い、既に知識を持っているため、俺にとってテストは難しいものではなかった。

 そのため早々に終わる訳だが、そうすると時間が余るのは当然の帰結だろう。


 用紙は全て回収されるため余分なことを書き込むわけにもいかず、次第に船を漕ぎ出す俺に向けられる教員の視線。

 はっとして視線が合い、言葉を交わさずとも分かる『ちゃんとやらんかい』という意図が嫌でも伝わってきた。ただ、頬を膨らませて感情を伝えてこようとするのは、逆に幼く感じるため逆効果であると誰か本人に伝えて欲しい。




 ◇




「ようやく終わりましたね」

「はっはっは! 学生のあの悲壮な表情はいつ見ても堪らんですなあ!」

「は、はぁ? それはちょっとわかりませんが、私達の仕事はこれからですね。頑張りましょう!」

「ええ、せめて半分は点数が取れていたら優ですが、3回生がどれ程のものか楽しみですねえ」


 放課後、生徒達が帰宅した後に教員は即座に試験の採点を付け始める。

 ハーメスも自身の担当科目である錬金術の採点をするため席に着き、隣の席の魔法理論科担当であるオルニアスと激励し合った。


(う~ん、例年通りですかね)


 採点を始めて一時間、採点結果は予想したものの範囲内を出ていない。


 このままなら平均点も低くなるだろうと思いながら採点を進めると、ある生徒の採点で思わず感心したように頷いた。


 氏名欄に書かれている名はリュリア。

 王立学園では珍しい平民出の生徒である。

 希少な光属性の魔法に適性を持っていることから、教師陣の中でも話題になっていたなとハーメスは思い出す。


 入学当初は特に秀でた成績を持つ生徒ではなかったが、日数を重ねるにつれてリュリアの成長は著しく、飛躍や進化と称しても違和感がない程だ。

 充実した設備の整った環境が、才能があり、努力もし続けている彼女の礎石となっているようで思わず笑みを漏らす。


「くはは! やはり最後の問題は誰にも分からんようだなぁ?」

「はははっ・・・・・・」


 隣では違った笑みをオルニアスが浮かべていて、若干乾いた笑みを返す。

 オルニアスの作成する魔法理論は生徒の間では不評でよく阿鼻叫喚の様相を浮かべているのを目にする。


 その光景を見ながら高笑いするような教師が彼なのだから、教育者としてはどこか間違っているのかもしれない。


 とはいえ、いづれはこの程度の問題であれば余裕をもって理解ができる人材を王立学園は排出しなければならない。更に過酷となるであろう学園生活の警鐘という意味では、なんら間違ってはいない。


 そのため今回は、ハーメスも一段難易度を高くした問題を作成していた。


 そのテストでカレンが取った点数は百点満点中の八十八。

 記述に若干の苦手意識があるのが見えつつも、それ以外の知識問題では殆ど誤答していない。


(素晴らしい。今年は平民出の子達が優秀ですね)


 カレン以外にも、3回生ではもう一人男の平民生徒が話題となっている。

 学力は並であるが、実戦能力が突出しており、四属性の魔法に適性を持つ多重魔法適正者。


 四つの適正を持つ確率は、王国に一人か二人いるかというもの。

 その希少性は、特異な力を持つエリート達が集まるこの学園で見ても頭一つ抜けている。


 そして相対的に、貴族の能力が低いように見えてしまうのがこの3回生。

 あまり教育を受けてこなかったものならまだしも、それなりに地位にいる貴族が学年の最下位を取り、問題ばかり起こしているというのが大きかった。


(あら?)


 採点を続けていくと、ある答案用紙で正答が続く。

 順番で考えると、ハーメスが受け持つCクラスの生徒であるはずで、ここまでの成績を取れる人物がぱっと浮かび上がってこない自身を少し恥じた。


 結果、誤答なし。


 まぁ! と口を小さく開けて喜ぶ彼女は、今の今まで罪悪感で見れなかった氏名を横目で見た。


「えっ?!」


 予想だにしなかった名前に思わず声が出る。


 作業している教師陣の中で迷惑をかけてしまったと、すぐに隣のオルニアスに謝罪しようと顔を向けるが、オルニアスの様子がなにやらおかしい。


 両手の拳を机の上で強く握りしめ、表情を歪めている。

 彼がそのような悲痛な表情を浮かべる原因は、机の上にあった。


 ハーメスと同様に採点していた生徒の答案用紙。

 オルニアスが作成した問題には生徒に満点を取らせないよう、必ず一問難問が設定されている。


 テスト時間終了間際、焦りを感じる生徒に訪れる最大の壁。

 絶望を浮かべる生徒たちの表情を見るのが、この期間の彼の楽しみであった。


 机の上に置かれた答案用紙の最終点数、九十八点。

 最終問題の難問を容易く解いているにも関わらず、序盤の問題をケアレスミスしていることに対して、煽られているような錯覚さえ覚えオルニアスははげしりしていた。


「くっ、しかしなにか欠点がっ!」


 最終問題の回答に欠点がないかと目を見開き隅々まで確認する。

 しかし、仮定で書かれているような曖昧な箇所はなく、全て既出の論文から引用されている答案にはどう攻めても誤答とすることはできなかった。


「こんなマイナーな論文を何故読んでいるんだ?!」


 マイナーな論文とは去年オルニアスが出したものだ。

 革新的とまではいかないが、確実に前進した結果を多くの実験と多角的な比較をしている彼の論文は残念ながら埋もれているのが現状。


 世界は地道な進化よりも、簡易的に飛躍できるなにかを求めるからだ。


 悲痛の声を上げるオルニアスの隅から少し覗くと見える答案用紙の主。


 ――クリス・ローウェン


「ふむ」

「きゃっ!」


 背後から聞こえた声に気を抜いていたハーメスはびくりと肩を震わせた。

 そして振り返り見た人物に少し非難の混じった声音で訴える。


「もう、気配を殺して後ろに立たないで下さいといつも言っているではありませんか・・・・・・!」

「はははっ、すみません。つい癖で」


 老紳士、という言葉が似あう男性。

 全くの乱れなく衣服を身に纏い、歳に似合わない力強さを放っている。


 その衰えぬ肉体は前職の名残で日々の鍛えを怠っていないが故だろう。

 元第一騎士団団長、ダリ・ゼルぺダス。


「それにしても面白い事になりましたなあ。これが本当の実力であるなら歓迎すべきですが、一か月でどうにかなるような成績ではなかったはず。まさか学園のテストを事前に知り得るようなことはないはずですが」


 テストは漏洩しないよう厳重に保管される。

 多数の目を配置し、魔法に対する備えも万全であることから、手練れでも全く気付かれずに物を盗るのは不可能。


 例え内部のものでも思うようにいかないだろうとゼルぺダスは内部犯の可能性を限りなく低い位置に置く。


 かと言っても、学年最下位に居座っていた人物が急激に成績を伸ばしたことはあまりにも異質、なにかしらの確認を行う必要があった。


「明日、クリス・ローウェンには再度個人的なテストを行います。それで判断を行い、問題がなければ通常通り結果を配布しましょうか」


 クリスの感知せぬ場所で再テストが決まった。

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