【短編小説】様々な病を抱えた友人達

遠藤良二

【短編小説】様々な病を抱えた友人達

 僕は病気こそ違うけれど、同じ病院に通っている仲間が男女共に数人いる。男性の名前は権藤啓介ごんどうけいすけ、五十五歳。双極性障害を患っている。古い一軒家に一人で住んでおり、生活保護を受けていて、精神科にかかっている。両親は交通事故で既に他界している。婚姻歴はあるものの、離婚をしてしまい子どもはいない。仕事もしていない。二十代から四十代くらいまでは、トラックの運転手をしていたらしい。


 僕は今日仕事が休みなので権藤さんの家に遊びにいこうかな、と考えていた。けれど彼はLINEの使い方がわからないらしく、普通に電話をした。今は午後二時頃。スマホを見るとそう表示されていた。何回か呼び出し音がなり繋がった。「もしもし」『もしもし、権藤だけど。今野こんのくんか?』「はい、そうです。今から遊びに行っていいスか?」『ああ、構わんよ』「では、今から行きます」


 僕の名前は今野まことといい、三十九歳で職業は障がい者が働くところで昆布の加工をしている。高校を卒業し、小説家になりたくて大学に進学するお金はないから、小説の書き方入門というような本を読んで独学で勉強している。病名は、うつ病。季節の変わり目などに再発する時がある。まあ、毎年、季節の変わり目になれば具合いは悪くなる。だから無理をしないでそういう時はゆっくり休む。そして、調子がよくなればまた出勤して働く。そのようなことを十年以上続けている。


 僕は車の免許を持っているが、生活保護をもらっているため、車はもっていない。なので、今は夏なので自転車で行く。行く途中でスーパーマーケットに寄り、ブラックと微糖の缶コーヒーを買った。ブラックは権藤さんの分、微糖は僕の分。彼とは十年来の付き合いで、知り合ったのはかかりつけの病院。とてもいい人。 空は雲ひとつないくらいに晴れていた。だから、外で自転車を乗るのは気持ちがいい。


 二十分くらい自転車をこぎ、権藤さんの家に着いた。僕の自転車は玄関のドアの目の前に停めた。家のチャイムを鳴らした。ピンポーンと三回鳴った。古い家なので、ドアも開けるのはきつい。内側から開けてもらわないと開かないくらいきつい。権藤さんは、「よう! 今野くん。久しぶりじゃないか」 と言った。一ヶ月くらい会っていなかっただろうか。病院の受診は僕は木曜日で権藤さんは金曜日。主治医も転勤したりして、変わっている。僕は、「久しぶりっスね! 元気でしたか?」 と声をかけた。権藤さんは、「ああ、季節の変わり目も過ぎたから、調子はまずまずだ」 と本人が言うように元気そうだ。「立ってないで入れよ」 僕も季節の変わり目が過ぎたから調子はまあまあ。「うん」


 買ってきたブラックの缶コーヒーを権藤さんに渡したら、「おお、サンキュ! 悪いな」 とお礼を言ってくれた。早速、権藤さんは缶コーヒーの栓を開け一口飲むと、「うーん、冷たくて旨い! 買ったばかりなのか?」と彼は言った。僕は「そうですよ、通りがかりのスーパーで買ってきました」と言った。僕も開栓して一口飲んだ。「あー」と言い(旨い)と思った。 それから一時間くらい話して帰ることにした。権藤さんは暇だからなのか、「毎日でもいいから来い」と言った。僕は苦笑いを浮かべて「それは無理ですけどね」とはっきり断った。「冗談だよ、そんなはっきり言うな」今度は権藤さんが苦笑いを浮かべていた。


 一時間くらい話したけれど疲れた。でも、権藤さんはまだ元気そうだった。僕だけか、疲れているのは。疲れやすいのが僕の特徴。小説も一時間書いたら疲れるし。とりあえず帰って昼寝をしよう。その後、小説を書くか。小説は高校生の頃から書いている。最初の内はプロデビューを目指していたけれど、あれから二十年以上経過して今は、趣味で書いている。それでもサイトのイベントなどには応募している。もし、書籍化にでもなったらと考えると嬉しいから。毎日地道に一日に五百文字くらいずつ書いている。僕は長編小説を書くのが好き。書きごたえがあっていい。


 帰宅してから雲行きが怪しくなってきた。雨が降ってくるのかな。少しして、ゴロゴロと雷の音が聴こえてきた。早めに帰って来てよかった。土砂降りの雨が降ってきた。寝ようと思い布団に入ったが、雨音がうるさくて寝付けない。仕方ない、横になっていよう。それだけでも体は休まる。三十分くらい雨は降っただろうか。雨はやみ、徐々に太陽の光が射してきた。僕は起き上がり、居間に置いてあるパソコンの電源を入れた。少し小説を書こう。


 今日はいつもより少し多く、七百文字くらい書いた。合計で一万五千文字くらい書いていて、一ヶ月くらいかかった。テーマはローファンタジー。今の作品を書くまでは、ヒューマンドラマを書いていた。八万六千文字くらい書いており一年くらいかかった。出版社に応募しようと思ったが、こんなんじゃ入賞なんかできるわけがない。一次選考すら通らないだろう。自分で勝手に決め付けてやったことだけれど。万が一、一次選考を通っていたらと思うと応募しなかったのはもったいないと思う。だから、来年の三月末締め切りの出版社に応募してみようと思う。そこの出版社に早速応募した。今、書いているのも含めて応募する。文字数を計算してみた。残り八ヶ月で十二万文字。そんなにいらない、逆に書きすぎ。まあ、削る部分もあると思うから、とりあえず書いてみよう。


 今日、かかりつけの病院で知り合った有働五月うどうさつきとカラオケに行く予定。年齢は三十二歳で独身。彼氏はいない。好きな男はいるのだろうか? わからないけれど。僕は密かに五月のことを気に留めていた。 今のところはまだ告白したことはないけれど。今回も五月と会いたくて誘った。喫茶店でコーヒーでも飲みながら他愛もない話しをしようかと思ったけれど、生活保護費が入ったのでカラオケにした。割り勘だということは彼女も了解している。五月も生活保護受給者。僕のほとんどの友達は生活保護を受給している。


 僕は今まで一般企業で働いてきた。でも、あまりに過酷な仕事だったので病気になってしまった。当時は死にたくて死にたくて堪らなかった。(おかしい)と思い会社の同僚に相談してみた。すると、「それは病気だろ。普通、死にたいだなんて思わないぞ、特別な何かが起こったりしないかぎり」 と、言われてしまった。それから病院にかかってみた。すると医師は、「うつ病」と診断を下した。同僚に言われたように何かの病気だとは思っていたけれど、まさか心の病とは思わなかった。その頃から両親と不仲になっていった。母が言うには、「暗い話しばかり、もっと明るい話ししなさい」と病気の理解を得られなかった。父も同様に、「こっちまで病気になるわ」と酷い言われようだった。でも、その両親も交通事故で他界した。いなくなってあれだけ嫌っていたけれど、いざいなくなると寂しいものだ。それからというものの、生活は経済的に困難になり、生活保護を受けることになった。


 働けないというものは、周りと比較されて辛いものだ。今まで一般で働いて交流があった奴らも、今では避けられていて、交流はなくなった。友達だと思っていた奴らも連絡がとれなくなった。こういったことが僕の病気を更に悪化させた。差別や偏見というやつだろう。


 でも、今では病院で知り合った仲間がいるからいいんだ、と自分に言い聞かせている。そうでもしないと寂しくて生きていけない。兎でもあるまいし。僕も、その内、一般で働くつもりではいる。でも、主治医が首を縦に振らない。それを無視して働いて悪化したら、もう診てくれないかもしれない。それは困る。だから、大人しく主治医の言うことをきいて家で養生しながら事業所で働いている。主治医が言うには、「落ち込むことがあったら好きなことをしなさい」と言われている。僕の好きなこと、小説を書くことと、読書。このことは主治医には言っていない。訊かれてないから、言わないだけなんだけど。


 五月との約束は今日午後一時に現地集合で二人だけで行く。密かにワクワクしている。でも、まだ告白はしない。 お昼ご飯はインスタントラーメンと白飯で済ませた。これが、なかなか旨い。以前はインスタントラーメンの汁にご飯を入れて食べていた。でも、「友人にそんな気持ち悪いことするなよ」と言われ、やめた。僕は人の意見に左右されやすい。というのも、相手の意見に納得した上で左右されるから自分ではそれでもいいのではないか、と思っている。その友人というのが、森忠弘もりただひろと言って、僕より一つ上の四十歳。彼もこの病院で知り合った。森さんの病名はてんかんで薬さえ飲んでいれば、病気は抑えられるらしい。それに、車の運転も五年発症しなければ乗ってもいいとインターネットに書いていたらしい。医者は何て言っているのかは訊いていないが。彼も生活保護を貰っている。仕事はしていて、事業所でパソコン業務をしている。業務内容は主に、名刺作成、メニュー表作成。それ以外はWordやExcelの資格を取るための勉強をしている。


 十一時過ぎになり、僕は出かける準備を始めた。清潔にしないと、と思いシャワーを浴び、洗いたての赤いTシャツと、カーゴパンツを履いた。少し香水を服にかけた。


 この町に一軒しかないカラオケボックスに到着したのは午後一時五分前。 店内に入って周りを見たが、五月はまだ来ていないようだ。彼女の自転車もないし。今は昼料金だから安いだろう。午後一時を過ぎた辺りで五月が店内に入ってきた。「よう!」と声をかけた。五月は「こんにちは」と言いながら手を挙げている。笑顔はお互いない。僕の精神障がい者のイメージはあまり明るくない、というもの。だから、僕も含めて五月も笑顔がないのかもしれない。プラス、性格かなと思っている。あまり五月からは明るさを感じないが、優しさは感じる。僕はそこに惹かれた。希望としては、一、二年交際して結婚して子どもも二、三人欲しいと思っている。でも、それまでにはまだまだ時間を要するだろう。そもそも交際できるかどうかもわからない。  僕らは受付に向かった。五月は「カード持ってる?」と訊いてきたので、「持ってるよ」と答えた。若い女性の店員に訊かれたので「何時間歌う?」と訊くと「うーん、二時間」と五月は答えた。店員は「今の時間帯はソフトドリンクが飲み放題でお得になっていますがどうなさいますか?」と訊いてきたので「お願いします」と答えた。レジを操作して伝票ばさみに伝票を挟んでそれを渡された。「十号室です」と言われた。さっきの若い女性店員はきっと健常者だろう。笑顔が輝いていた。 受付の近くで僕はコーラをコップに注いで、五月はカルピスをコップに注ぎ十号室に向かった。


 歌い出してから二時間より五分前。部屋に備え付けの電話がけたたましい音をたてながら鳴った。僕が座っている方に電話があったので出た。「もしもし。はい、ちょっと待ってもらえますか」 僕は五月に店員に訊かれたことを尋ねた。「延長する?」 と訊くと、「いや、しない」「わかった」 再度、受話器を耳にあて、「もしもし、延長しません。わかりました」 僕は受話器を所定の場所に戻し、「時間まで五分前だって、最後にもう一曲歌う?」 と五月に訊くと、「いや、帰ろう。疲れちゃった」「わかった」


 疲れた、と言っていた彼女のことが心配になり、自転車にまたがりながら、「大丈夫?」と訊いた。 五月は、「うん。帰って休めば大丈夫」 僕は、「そっか、何か症状出てるの?」 質問すると、「幻聴が少し聞こえるくらい。でも、大丈夫だよ」 僕は、「そっか、無理しないでね」 と言うと、「うん、無理はしない。じゃあね」 言って五月は帰った。 有働五月の病名は、統合失調症。本人が言うには、被害妄想が酷いと言っていた。それに僕より若いけれど、凄く疲れやすい。でも、仕方がないだろう。僕も今より若い頃はもっと精神的に疲れやすかった。だから、彼女の気持ちはわかる。


 僕は帰宅途中にスーパーマーケットに寄り、今夜の夕ご飯のおかずを買った。白身魚と鶏の唐揚げ。インスタントの味噌汁は、部屋にまだあるはず。  それにしても五月のことが気掛かり。本当に大丈夫だろうか。しつこいかもしれないが、LINEを送った。<さっきはありがとう。本当に大丈夫? 何だか気掛かりで> 暫くしてからLINEがきた。<うん、大丈夫だよ> やはり、さっきと同じ返事。ちゃんと食べているのだろうか。それも訊いてみた。すると、<うん、食べてるよ>(ならよかった)と思った。僕は、<なんなら今夜の夕食のおかず買ったからあげようか?> 五月は、<いやいや、いいよ。悪いじゃん。それに、食べるものは買ってあるし。でも、ありがとね><いえいえ、わかった> 僕の過剰な心配だったようだ。でも、大丈夫なようでよかった、ホッとした。ただ、疲れただけみたいだ。


 時刻は、午後十時三十分頃。森忠弘さんからLINEがきた。彼からはたまに連絡がくる。本文は、<明日、晩飯食いに行かないか?> というもの。(うーん、どうしよう。カラオケ行ったばかりだしな。それでなくても経済的に困窮しているのに)そう思った。そして、<昨日、お金使ったばかりなんスよ。だから、来月なら行けると思うんスけど……><何だ、そうなのか。じゃあ、喫茶店はどうだ? コーヒー一杯で何時間か粘る> そう言われて笑ってしまった。確かに学生や、作家とかによくいる。でも、僕の場合、静かな場所じゃないと執筆に集中できない。だから、いつも執筆は自宅か図書館でやっている。図書館で執筆する場合はUSBメモリーを持参していく。<喫茶店ならいいですよ> 森さんは、<じゃあ、明日の午前十時頃に現地集合でいいな? いつもの喫茶店で><わかりました。いいですよ> と答えた。


 翌日。僕は午前八時半頃起きた。今日は十時に森さんといつもの喫茶店で待ち合わせしている。何を話そうか。彼は読書が好きだけど、書かない。書くことを勧めてみようかな。前にも勧めたけど、あっさり断られた。インターネット上には小説家を目指す人がたくさんいる。だから、その人達といつも話しているが、たまにはリアルの人達と小説の話しをしたい。森さんは明治の文豪が好き。だけど僕は、現代の小説家が好き。だから同じ小説家でも時代が違うから、話もちょっと合わない。だから、今回は明治の文豪の話しをするために予習をしておこう。わからない部分は、インターネットで調べておく。出来れば森さんも現代の小説家や、作品を読んで欲しいけれどそんなことは言えないし。 外を見ると曇り空。雨が降ってこないか心配。一応、雨が降ってもいいように徒歩で傘を持って行く。自転車をこぎながら傘をさすのはもしかしたら警察に注意されるかもしれないから。


 時刻は午前九時半。用意していたらあっという間に時間が経っていた。服装は今は七月、夏なので暑いから薄着をしていこう。白いTシャツに、クリーム色のハーフパンツ。僕は身長が高く、少し太めだから、服装は大きい。サイズは三Lか四Lがちょうどいい。まあ、ただのデブだと思う。


 糖尿病の疑いもあるし、正直やばい。別な病院の主治医には痩せた方がいいと言われている。なので一時は本気で痩せようとして、二週間で五キロ痩せたことがある。でも、それは急に落とし過ぎたようで、具合が悪くなってしまった。因みに痩せる方法は、糖質制限。今では、痩せる気はなくなってしまったが。主治医には言っていないけれど。


 部屋を出て煙草に火をつけた。携帯灰皿は持って来ているので吸い殻をポイ捨てすることはない。今の時代は煙草のポイ捨ては警察に見られたら罰金を取られる。根本まで吸ったので辛い。なので携帯灰皿に入れて火種を潰した。因みに森さんも喫煙者。吸う本数は僕より少ないけれど。  自転車で十五分くらい走って目的地の喫茶店に到着した。その時、反対側から自転車でやって来た男性を発見した。森さんだ。「こんにちは!」 と挨拶すると森さんは、「おお、早いな。てっきりおれの方が早いかと思ったら」 森さんの格好は、黒いTシャツに、ダメージジーンズを履いている。身長は僕より低いが痩せている。僕と出会った頃から体型は変わっていないようだ。森さんは几帳面な男性で、神経質と言っても過言ではない。そのせいか彼の病名は、自律神経失調症らしい。神経質とイコールになるかどうかは不明だけれど。でも、病気になるきっかけにはなりそう。「森さん、傘持ってないんですね。雨の予報ですよ」 彼は空を見上げた。「ほんとだ! 雲が灰色だ! うわー、教えてくれよ」 僕は苦笑いを浮かべながら、「そういったことは自分で気付いてくださいよ~」 そう言って二人で笑った。


 喫茶店で小説を書く話しや、読書の話しをした。最近の芥川賞や直木賞、本屋大賞を話題にして。そして、森さんも小説書きましょうよ、と言うと、「いや、おれは書けない。読む専門だ。レビューを書いているからそれでいいんだ」と言っていた。残念。


 一時間くらい喋っただろうか。疲れた。そう伝えると、森さんは、「そうか、じゃあ帰るか」 僕は、「でも、会話も弾んで楽しかったですよ」 とフォローした。彼は、「そうか、それならよかった」


 帰宅してから権藤啓介さんから電話がきた。内容は、『何してた? 今、暇か?』 と訊かれたのでこう答えた。「まあ、暇っちゃ暇ですけど。どうかしましたか?」『今夜、俺の家に遊びに来ないか? 夕食ご馳走してやる』(お! マジか!)と思い、「え! いいんですか? 悪いですよ」 権藤さんは電話越しに、ワハハッと大きな声で笑った。『何も悪くない、大丈夫だ。カツ丼作ってやる』「ありがとうございます。何時頃行けばいいですか?」 精神障がい者は、僕が見てきた範囲では、いい人が多いと思う。中にはそうじゃない人もいるけれど。『そうだな、六時半頃かな』「わかりました。じゃあ、その頃行きます」  とりあえずここで電話は終えた。お金に細かい権藤さんなのにどういう風の吹き回しだ。何か企んでるのかな。考えすぎか。こんなこと考えてたら権藤さんに失礼だ。権藤さんは僕が今日仕事の日だと知っていて休憩時間に電話をかけてきたのだろう。


 正午から午後一時まで休憩。まず休憩所に行ってジーンズのポケットに入っている煙草を取り出し、一本取り出した。すると折れていた。もう一本出してみたらそれも折れていた。屈んだりしたから折れてしまったのだろう。仕方ないから、近くの自動販売機で煙草を買いに行った。もちろん、タスポは持ち歩いている。 事業所に戻って来たから再度、喫煙所に向かった。一本吸って館内に戻り、買ったおにぎりを二個食べ始めた。中味は鮭とツナマヨ。足りないけれどお金がないから仕方ない。水を飲んでしのごう。貧乏人はこれだから困る。でも、仕方ない。病気がよくならない限り一般就労は無理だし、主治医の許可も貰わないと。それに、焦ったら駄目だ、こういう病気は。主治医にも、「焦らず、じっくり治しましょう」と言われている。でも、早く治りたい一心で薬を多めに飲んだこともあり、それを主治医に伝えると怒られた。「ちゃんと決まった量だけ飲んでよ!」と。「それに、副作用のアカシジアというのも出てきて辛い思いをするのは今野さんだからね!」ときつく言われた。そう言われて、僕はビビッてしまった。その時から決められた量を飲むようになった。 そのようなことを休憩時間に反芻はんすうしていると、同じ職場の仲間である山田海斗やまだかいとが近づいてきた。彼の顔を見ると青ざめていた。山田はパニック障害という病名らしい。たまたま本屋に寄ったので、心の病について調べてみようと思い、パニック障害について読んでみた。[突然発作的な強い不安や恐怖が現れる精神障害です。パニック発作と呼ばれる症状が特徴であり、心身にさまざまな身体的な症状が現れます。これらの発作は予測不可能で突然起こり、個人の生活や日常活動に大きな支障をきたすことがあります。]というものらしい。少し理解できる。でも、何でそういう病気になるかはわからない。更に調べてみた。[パニック障害は10人に1人は一生に一度は発作を起こす病気ともいわれています。パニック障害の患者さんには、共通点があるといいます。それは、ふだんから呼吸が浅く、息を十分に吸えていない、というのです。つまり、パニック障害は、脳の酸欠が要因ではないかと述べています。] ここまで調べてようやく少しわかった気がする。大切な職場の仲間だ、医者じゃないから治してやることは出来ないけれど、どういう病気で原因は何か? ということぐらいは知っておきたい。だから調べた。「山田、顔色がやばいぞ。大丈夫か?」「調子が悪くて、喋って紛らわせようとして来たんだ」「そうか、でもあんまり酷いようならスタッフに言って早退した方がいいぞ」 山田は微妙な顔付きになった。「帰りたくないんだ。給料が減るだろ。ここだけの話し、ぼく、借金しているんだ。それを返さないといけないから働かないといけない」 僕は黙っていたが、(まじか、誰に借りたんだ)と思った。でも、借りたお金を僕が払う訳じゃないから訊いていない。「サラ金から借りたのさ。車欲しくて」 僕は、「そうだったのか。銀行から借りればよかったのに。その方が金利も安いだろうし」と言った。 山田は、「そのことを知らなくてさ。それに、銀行の場合、いろいろと書類を集めないといけないらしいから、それが面倒で」 僕はそれを聞いて呆れた。(サラ金はバックにヤクザがついているかもしれないから怖いのに。そんなことも知らないのか。それに書類を集めるのが面倒って自分のためだろ)


「結局、いくら借りたんだ?」 山田は、「うーん、それ言わないとだめ?」 苦笑いを浮かべながら言った。「いやあ、言いたくなかったら言わなくていいぞ。僕が返すわけじゃないから」 山田は微妙な顔付きになっている。「まあ、言ってもいいけど」「うん」「五十万」(訊かなきゃよかったな、何か微妙な雰囲気だ)「そうか」 僕はこの話を早く終わらせたくて簡潔な返事にした。


「まあ、あまり無理するな。山田のパニック障害、本屋に言ったついでに調べてみたぞ。発作が起きる場合があるんだってな」 彼は気まずそうに言った。「……ああ、そうだね。心配をかけてしまった」 山田の方が八つ年下だけど、彼は僕に対してため口。ちょっと気になるけれどまあいい。僕は大した人間でもないから別にそれでもいい。山田とは病院は同じ。でも、最初に知り合ったのは事業所。体格のいい奴で結構気が短い。だから、下手なことは言えない。「心配はそれなりにしてるぞ。だから、無理しない方がいい。体が資本だから」「まあ、確かに」「それに山田は生活保護じゃないし、親と暮らしているわけだから、最悪、親に借りれるだろ」「親に内緒で五十万借りたから貸してとは言えない」(うーん、困ったな)「まあ、全額借りるわけじゃないだろ? 一部分だけ借りればいいんじゃないか? それなら貸してくれないかな?」「うん……。それなら、何とかなるかも」「だろ? だから、無理して病気が悪化して働けなくなる方がやばいぞ」「んー……! それは、言えてるね。じゃあ、今日は帰ろうかな。ありがとう、説得してくれて」 僕は笑みを浮かべながら黙っていた。彼はスタッフのところに行って話しているようだ。 そして、戻って来た。「帰るね、お疲れ様」「うん、お疲れ」 これで心配ごとが減った。よかった。


 僕は仕事を終えて帰宅した。ふーっと息を吐き、「今日も疲れたな」 と独り言を言った。僕も調子崩さないように気をつけないと。ご飯を三食食べて、入浴してから寝る。そしたら、よく眠れる。あと、服薬を忘れずに。そのために、服薬カレンダーを調剤薬局で買ったんだから。その時、スマホが鳴った。(誰だろう?)と思い、画面を見てみると山田から電話がきた。出てみると、『今野さーん、やばいよー……。入院になっちゃった』「え!?」 と、つい口に出た。僕は続けて喋った。「あれから病院行ったのか?」『うん……。やばいくらい具合い悪くて病院に電話したら、主治医がいる曜日って職員が教えてくれたから行ったのさ……。借金どうしよう……』 山田はローンのことばかり頭にあるようだ、まあ、大切なことだけれど。「こうなったら仕方ないから、親に話すしかないよ」 彼は黙っている。そして、『あー……怒られる―……』「仕方ないって。それにしたって一括で払うわけじゃないから話せるだろ。文句は言われるかもしれないけれど」『まあ……そうだね……。親に話すわ。入院は一ヶ月くらいと先生は言っていたから一ヶ月か二ヶ月分だけ親に借りて払えばいいだけだろ?』『うん、確かに。親に話すわ』「うん。そうした方がいい」『今野さん、ありがとう』 そうして電話は終わった。


 今は、午後八時前。山田からLINEがきた。(入院してるんじゃなかったのか) と思いながら本文を見た。<今日から入院だよ。やだなー、明日から点滴するみたい>(そうなのか、やっぱり入院してる)と思いながら、<じっくり焦らず治した方がいい> 少ししてLINEがきた。<今、眠剤を看護師にもらって飲んだとこ。この病院古いから気持ち悪い> 確かに古く、年季が入った建物。でも、仕方ない。職員が言っていた噂は、この病院を建て直すらしい。いつかはわからないけれど。そしたらもっと患者も増えるかもしれない。僕は人が多いところが苦手だから今のままでいいんだけど。でも、今のままじゃ、陰気くさい。入院しても悪夢を見そうだ。まあ、それはないか。<寝れそうか?><さっき飲んだのは眠剤で、まだ効いてこない> そりゃそうだ。服薬してから十分くらいしか経ってないから。<いつもどれくらいで効いてくるの?><家だと一時間から二時間くらいで効いてくる>(そんなにかかるのか、僕なんか三十分くらいで効いてくるというのに。体に合ってないんじゃないのか)と思った。<でも、今は病院にいて環境も変わったから緊張してる。だから、どれくらいで寝れるかわからない>(なるほどな)と僕は思った。


 山田とのLINEはストップした。寝たのだろうか。それから十五分くらいしてLINEがきた。<知り合いが入院してて、少し喋ってた>(そうなのか)<知り合いがいてよかったな。僕も知ってる患者かな?><相沢さんだよ、知ってると思うけど>(あ! 相沢さんか。あんなに元気だったのに、病状が急変したかな)と思った<知ってるわ。ついこの前まで元気だったのに><酷い躁状態になってしまったらしいよ。知り合いの家に勝手に入って冷蔵庫とかを開けたりして通報されたらしい。まあ、双極性障害だから仕方がない>(でも、勝手に入られた方は驚いただろうに)<それって、躁うつ病のことだよな?> そこでまたLINEがストップした。今度はどうしたのだろう。


 時刻は午後九時半頃。僕は眠くなってきた。眠剤飲んで寝るか。山田のことは病院にいるから大丈夫だろう。また明日LINEがくると思う。 眠りにつきそうになってLINEがきた。僕はその着信音で目が覚めた。(なんだよ、山田か? 寝そうだったのに)<LINE遅れてごめん。消灯は午後九時三十分だから今送るわ。躁うつ病のことだよ>(律儀なやつだ。明日の朝でいいのに)と思った。<そうか、わかったよ。もう、寝るんだろ?> 僕は眠くなっている。<それが環境が変わったせいか、なんなのか眠れそうにないんだ。だから、LINEした>(何だよ、寝ようとしてたのに)と思ったがそれは言わず、<明日、仕事だから僕はもう寝るよ><そうかぁ、あと三十分だけ付き合ってよ>(なんだよ、勝手なやつだな!)そう思いながら苛っとした。それも言わずに、<仕方ないやつだな、三十分だけだぞ><ごめんね、ありがとう> 山田の口から謝罪の言葉を聞くのは珍しい、というか初めてかもしれない。彼のイメージは、プライドが高いということ。だから、殆ど謝罪しないのではないかな。 僕は彼に訊いた。<何について話すんだ?><病院で知り合った友達の話しでもしようか><それってもしかして悪口か?><いやいや、それも含めての話しだよ><そうか、僕が気になったのは相沢さんは警官と来たの?> 何をしているんだろう、すぐにLINEがこない。十分程待っているとLINEがきた。もちろん、山田から。<警官と看護師だと思う。ぼくは見たわけじゃないから詳しいことはわからないけど、知り合いになった患者さんの話しでは、暴れてたらしいよ> 僕はそのLINEを見て驚いた。<マジか! あの大人しい相沢さんなのに暴れたんだ、へー><やっぱり驚くよね>(そんなこともあるもんだな) 山田は、<ぼく、眠くなってきた。寝るわ。ありがとね、付き合ってくれて><いや、いいけど> 内心はそうは思ってないけれど。僕は腹黒いのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。僕も、<じゃあ、おやすみ> と送ると山田も、<おやすみ> と送ってきた。


 翌日の朝、スマホを見てみると権藤啓介さんから電話がきていた。彼から電話がくるなんてこの前以来。何の用だろう。すぐにかけてみた。五、六回呼び出し音が鳴った。そして、『おはよう。ちょっと頼みがあるんだがいいか?』 いきなりだな。「おはよう、何?」『お金使い過ぎちゃって金欠病なのよ。だから、三万貸してくれないか?』 お金の話しか。嫌だな。でも、あっさり断るのも可愛そうだし。僕も前に借りたことがあるから断りづらいな。どうしよう。三万はあるけれど、ちゃんと全額返してくれるだろうか。(少しならいいか)と思い、そう言った。「一万ならいいよ。僕もお金ないから」『どうしても無理か?』(しつこいな)と思いながら、「うん、無理」 そこははっきりと言った。『そっかぁ、わかった。足りない分は他をあたるわ』 僕は黙っていた。『今日は仕事か?』「そうですよ」『何時に終わる?』「四時までですよ」『じゃあ、四時半頃行っていいか?』「うん、いいですよ」『じゃあ、後ほどな』


 僕はお昼休みに先輩のメンバーさんに相談した。「友達にお金を貸して欲しいと言われ困っている。でも、僕も以前借りたことがあるから断るわけにもいかず、減額して一万円だけ貸すことにした」と。 先輩の名前は大矢光治おおやみつはるといい、四十一歳。重度の糖尿病で足を切断して障がい者二級らしい。彼が言うには、「貸して貰ったことがあるから、貸さないとは言いづらい気持ちはわかる。だから額を減らして貸したのは正解だと思うぞ。ただ、何度も貸していると癖になって何度も貸して欲しいと言ってくるかもしれないから気を付けた方がいいぞ」「ですよね。わかりました。ありがとうございます」 大矢さんに相談してよかった。的確なアドバイスももらえたし。


「それはそうと、最近調子はいいのか?」「たまに、再発しますね。特に、季節の変わり目とか」 大矢さんは納得したかのようにこう言った。「確かに季節の変わり目に体調崩す奴は多いよな。特に障害をもってると」「障害関係あるんスかね?」「あると思うぞ。ハンデを背負っているわけだから」(ハンデかぁ……)思わず気落ちしそうになった。でも、何とか堪えた。大矢さんはもう少し言葉を選んで話して欲しい。たまに傷つくことを言う。本人に悪気はないのかもしれないけれど。


 時刻は午後四時になった。スタッフの持っているガラ携に設定してあるアラームが鳴った。終礼の時間。今は十名くらいメンバーさんがいる。その日に寄ってメンバーさんの人数が違う。今日は月曜日だから、人数は多い方だろう。二十人くらいはいる。この事業所は土曜日、日曜日も関係なく営業している。僕は木曜日に通院しているので一ヶ月に一回、診察を受けに行く木曜日は休みにしている。メンバーさんに寄ってもちろん休みの日は違う。精神障害、知的障害、身体障害の三障害があり、専門の知識をもったスタッフもいる。専門の知識をもった資格のあるスタッフは、PSWといって精神保健福祉士のこと。主に、精神障がい者が関わっている。この資格をもったのは女性で、城田美紀しろたみきさんといい、二十四歳。僕は結構彼女に相談にのってもらうことが多い。本当は権藤啓介さんの件を城田さんに相談しようと思ったが、金銭的なことだからあえて大矢さんに相談した。結果オーライでよかった。もし、大矢さんに相談しても解決しなかった時は城田さんに相談しようかと思っていた。


 城田さんは華奢な体型。メイクはいつも薄く、綺麗な顔立ちをしている。それから仕事中はいつも白衣を羽織っている。男性のメンバーさんからしたら憧れの的のようだ。でも、彼氏がいるらしく、来年あたり結婚するとか言っていた。彼氏が羨ましい。こんな綺麗な女性と結婚できて。


 今日、午後四時半頃、権藤啓介さんが来る。もし、返してくれなかったら彼との付き合いも消滅する。多分、返してくれるとは思うけれど。それにしても生活保護費の三万円は一体何に使ったのだろう。まさか、パチンコやスロット、競馬などの賭け事に使ったのか? そのようなことをしてお金を擦っていたら人間として疑う。自分の立場ってものを考えないと。生活保護受給者っていう。


 アパートに着いたのは午後四時二十分過ぎ。もうすぐ権藤さんがくるだろう。そして、午後四時四十分くらいに彼は来た。部屋のチャイムが鳴った。ピンポーンという音。僕は玄関に向かって歩いた。「はーい!」と玄関のドアの向こう側にいる人に向かって言った。「権藤だけど」と聞えたので、鍵を開けた。ドアを開けてやると約束通り来た。「よっ!」といつもの笑顔は浮かべずに、寧ろ暗い表情で言った。僕は、「上がって下さい」「ああ、すまない」 申し訳なさそうにしていた。 居間に促し、「座って下さい」と言った。僕は胡坐をかいて、一万円札を一枚渡した。「すまないな。来月の保護費が出たら返すから」「わかりました」 権藤さんは財布に一万円札をしまった。「因みに何に使ってお金なくなったんですか?」「それは言いづらいことだが、賭け事で負けちゃって……」(やっぱりか……。人間性を疑う)「でも、来月からはもうしない。また負けたらとんでもないことになるから」「そりゃそうですよね」 権藤さんは言った。「もしかして、おれのことを軽蔑してる?」 ここははっきり言うべきか、と思ったので言った。「呆れています」 彼は苦笑いを浮かべながら、「そう言うなよ。困った時はお互い様じゃないか」「まあ、そうですけど」


 僕は権藤さんの顔をまっすぐ見つめて、「信用してるんで請求はしませんから」「ああ、言わなくても返せ、ということだろ」「はい」 彼は少し不愉快になったようで、「大丈夫だ。ちゃんと返すから」 僕は頷きながら、「わかりました」 と言った。「じゃあ、用は済んだから帰るわ。ありがとな」「はい、気を付けて」


 僕は今、自分のアパートにいて横になっている。少し具合が悪い。気分が沈んでいる。なぜだろう。天気が悪いせいだろうか。外を見ると、雨が降っている。それも結構強め。テーブルの上に袋に入っている頓服を一錠飲んだ。これで気分が安定すればいいが。横になっている内に、浅く眠った。浅いせいか夢を見た。内容は、友人の有働五月とデートをしているそれ。確かに僕は五月に好意を寄せている。そのことが夢になって出てきたのかな。


 久しぶりに五月にLINEをしてみよう。時刻は午後五時三十分頃。外を見ると雨は止んでいた。気分も頓服を飲んで昼寝をしたからか少しよくなっている。よかった。五月は何をしているかな、と思いながらLINEを送った。<こんにちは。何してたの?> だが、暫くの間LINEはこない。何をしているのだろう。 立て続けに山田海斗からLINEがきた。こんなことは珍しい。とりあえず五月からまだLINEはこないので山田のLINEを見た。<こんにちは。明日病院にこない? 相沢さんに今野さんが来て行ったと話したら、会いたい、暇だし。と言っていたのさ>(ああ、言ったのか。まあいいけど)<行けるぞ。仕事終わってからになるけど><うん、そのつもり><わかった。手ぶらでいいか? 僕、お金なくて> かっこ悪かったかな、お金ないなんて。でも、ほんとのことだし。いい振りこいてお金遣ったら自分が苦しくなるだけだ。だからいいだろう。<うん、そんな、気遣わなくていいよ><そうか、わかった>


 それからすぐ後に五月からLINEがきた。<寝てたよ> 彼女はいつも昼寝するのだろうか。あまり聞かないけれど。<そうか、調子はどう?> 僕が質問すると、<まあまあだよ、悪くはない。今野さんは?> 彼女からも質問された。<さっきまで調子悪くて頓服飲んで寝てた><あ、そうなんだ。それで回復したの?> 五月さんが心配してくれている、嬉しい。<少しよくなったよ><少しなんだ。全快にはまだ時間がかかりそう?><うーん、どうだろ。正直わからない> 僕は苦笑いを浮かべた。<そっかぁ、心配だわ。今野さんて、うつ病だっけ?><うん、そうだよ。どうして?> 何でそんなことを訊いてくるのだろう。<いや、何だったかな、と思ったから><そっか。五月は統合失調症だよね?><そうよ、よく覚えているね><そりゃ、仲間だから。五月に関しては特に> トントン拍子でLINEのやり取りをしていたけれど、止まった。僕のLINEの内容のせいかな。<私に関しては? どういうこと?> 僕は照れくさくなってしまった。<そのまんまの意味だよ><私のことを特別扱いしているってこと?> 僕は一人で笑みを漏らした。<そういうこと><え、わかんない。どういうこと?><まあ、その内わかるよ><その内……>


 五月は腑に落ちていないように感じた。納得させた方がいいのだろうか。でも、それは告白するという意味だから、今はまだ告白はしない。彼女からも僕のことを好きだと感じた時に告白する。それは前々から思っていることだ。<近い内に喫茶店に行かない? ゆっくり話したい> 僕がそう言うと、<うん、いいよ。いつ行く?> 行く気があるみたいでよかった。 明日は山田と相沢さんの面会があるから、<明後日はどう? 僕の仕事が終わった後><うん、いいよ。五時くらいに待ち合わせする?> 五月は僕の行動パターンを少しだが把握しているみたい。それも嬉しい。<そうだね。一度帰って支度したいしね><わかった。じゃあ、明後日の五時ね> それで、LINEは一旦終わった。


 今の時刻は、午後六時三十分頃。(たまにお酒呑みたいな)と思った。主治医に止められているわけじゃないが、心の病の本にはアルコールとは相性が悪いので控えましょう、と書いてある。少しならいいだろう、と自分の勝手な判断でチューハイを買いに行くことにした。仕事に行った格好のままで五月とかと連絡を取り合っていた。大して気にしたものじゃないと思っている。今日、直接会う訳じゃないし。それに、パソコン業務だから汗もかいていない。


 今日、資格をもった城田美紀さんに相談した。最近、調子がイマイチということを。彼女は僕が何度も相談するから、僕のことをある程度知っている。うつ病であることも知っている。「今日はどういうふうに調子が悪いの?」「……イライラします。あと、気分が沈んでしまって死にたいです……」 城田さんは真顔だ。「まあ、いつもの症状ね。頓服飲んだの?」「はい、飲みました」「何時頃飲んだの?」「朝起きてすぐなので七時半過ぎです」 彼女は自分の腕時計を見た。「今は十一時頃だから三時間半は経過してるのね。薬、効いてないかもね。先生に相談したの?」 真面目な顔をして城田さんは言った。「いえ、会ってませんので相談してません」「山崎先生だよね? いついるの?」「多分、今日いると思います。あと金曜日と」「今日は火曜日。午前中にいるの?」「いると思います」「早退して、病院行く?」「はい、そうします」「大事にね」「はい、ありがとうございます」 城田さんは、入り口のドアを開けてくれた。僕はお礼を言った。「ありがとうございます」「気を付けてね」 そう言って僕は自分の机に戻りバッグを持った時、同僚が話しかけてくれた。「調子悪いの?」「うん、悪い」「そうか、無理しないでね」「ありがとう」  話しかけてくれた同僚は、斉藤亜希子さいとうあきこといい、高校の頃の同級生で三十九歳。前に聞いた話しによると心の病になって、元旦那に「離婚してくれないか」と言われたらしい。話しを聞いているとどうやら病気のせいで離婚を言い渡されたようだ。最悪だ。亜希子が可哀想。何で病気になったかはわからないが、仕事の人間関係が上手くいっていなかったとは聞いている。それで病気になったのかも。病名は以前訊いた時、自律神経失調症と言っていた。買った本に書いてあるのだが、[自律神経の調節が乱れることによって引き起こされる疾患です。自律神経は心臓の動きや血圧、消化器官の働きなどを調節しています。自律神経失調症では、交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、様々な身体的および心理的な症状が現れます。]と書いてある。理解できないわけじゃないが、難しい。症状は、気分が落ち込む、不安・緊張感が強い、苛々する・怒りっぽい、集中力がなくミスが多い、夜眠れない、と書いてある。辛そうな病気だ。まあ、辛くない病気はないが。


 覚えている限りのことを話すと、「気にかけてくれてたんだね。ありがとう」 とお礼を言われた。嬉しい。僕は亜希子に訊いてみた。「亜希子の方は調子悪くないの?」 彼女は笑みを浮かべた。「うん! あたしは今のところ大丈夫! ありがとね」「そりゃあ、よかった。じゃあ、僕は帰るわ。お先に失礼しまーす」 と言うと、スタッフと数名のメンバーさんが、「お疲れ様でーす」 まばらに言った。


 帰って寝よう。その後、調子がよかったら小説を書こう。最近、書いていなかったから。 一時間くらい寝ただろうか。調子はよくなっていた。(よかったー、これで執筆できる!)僕は、パソコンデスクに座り、ノートパソコンの電源を入れた。締め切りは来年の三月三十一日。こんなペースじゃ、間に合わない。毎日少なくても五百文字は書かないと。一時間もあれば書けるだろう。 僕が今書いているのはミステリー小説。なかなか難しい。出版社の規定でデータで原稿を送ることになっている。


 聞いた話しだと漫画家は若い内じゃないとデビューは難しいけれど、小説家はいくつになってもデビューできるらしい。応募用の作品と、趣味用の作品があり、後者の方を職場のメンバーさんやスタッフに読んでもらっている。さまざまな意見がある。ここは、こうした方がいいとか、面白いとか、つまらないとか。さすがにつまらないと言われたら、ショックを受ける。そこまでの実力しかないのかと思うと。 僕は読書をして、インプットして、書く時アウトプットする。あとは、経験したことを書いたりしている。と言ってもエッセイの類ではない。フィクションに盛り込んでいる。


 何とか五百文字くらい書いた。疲れた。まだ、本調子じゃないのかな。また明日仕事から帰ったら書こう。目標千文字! ノルマではないから何がなんでも書かないといけないわけではない。あくまでも目標。それと調子次第。


 時刻は12時過ぎ。お昼は職場で食べようと思っていたパンを食べよう。六個入りのバターロール。それと微糖の缶コーヒーをバッグから取り出した。 四つ食べたがそれ以上は食べられない。缶コーヒーも半分くらいまで飲んで残した。仕方ないパンはとっておくが、缶コーヒーは捨てよう。そう思い、キッチンに行って捨てた。ベッドに再び戻り、横になった。食べたからか、また寝た。すると、また夢をみた。またもや有働五月の夢をみた。今度は彼女と手を繋いで公園を散歩をしている夢。そういう関係になりたいな。 明後日会う約束をしているから楽しみ。


 目が覚めた時は既には午後三時を回っていた。調子もだいぶ回復したからか若干空腹を感じた。さっき残したパンを食べよう。甘いものが食べたいと思ったが何もない。起き上がり冷蔵庫の中を見た。缶のココアが入っていた。食べ物ではないけれど甘いからそれを飲もう。明日も仕事だし、その後は病院に山田と相沢さんのお見舞いに行く予定だから。だから今日はゆっくりしていよう。でも、夕食のおかずがないから買いに行かないといけない。面倒だな。まあ、仕方ない、後で行ってこよう。


 いつもなら料理をするのだが、今日は何だか面倒なので夕食の弁当をコンビニで買うことにした。


 今は午後六時半頃。買い物に行くことにした。行くのはコンビニだけだから仕事に行った服装で行こう。黒いTシャツに白っぽいハーフパンツ。小さい布のバッグに財布と煙草とスマホを入れて、鍵は手に持った。外に出てみると陽が沈みかけていた。ドアに鍵をかって、自転車に乗り出発した。途中で見たことがある子に出会った。僕はジッと見てると誰だか思い出した。一般就労していた頃の後輩だ。「よお!」 手を挙げて挨拶した。「あ、今野さん、久しぶりですね。元気ですか?」「まあまあだな。今日、仕事中に具合い悪くなって早退したよ」「そうなんですね。大丈夫ですか?」 彼女は心配そうな顔つきになった。相変わらず優しい子だ。「ああ、大丈夫だ。昼寝したらよくなった」「そうですか、それならよかったです」 彼女の氏名は、大林純子おおばやしじゅんこ、年齢は忘れた。でも、僕よりは若いはず。「どこにいくの?」 僕が質問すると、「友達のとこです」「そうか、暗くなってきたから気を付けてな」「はい、ありがとうございます。では」 そういえば、と思いスマホを小袋から出し、LINEを見た。やっぱりLINEはまだ消していない。今度LINEしてみるかな。


 コンビニに着いて海苔弁当と五百ミリのペットボトルのお茶を買った。お客は空いていた。帰りは雨が降って来た。傘は持ってない。結構強い降りだ。(あ、純子大丈夫かな。歩きで確か傘は持っていなかったはず)と思った。でも、どこにいるかわからないから仕方ない。僕は急いで帰った。アパートに着いた頃には、ずぶ濡れになってしまった。風邪を引かない内に熱めのシャワーを浴び、グレーのスウェットに着替えた。今日はもうどこにも出かけないからこの格好でいい。テレビを点けて冷蔵庫から三百五十ミリの発泡酒を取り、木製の四角い白いテーブルの上に載せた。さかなは先月買ったトバを食べながら呑んでいる。トバというのは鮭を干したもので、安くはない。だから、一ヶ月に一回生活保護費が支給された時に買う程度。生活は楽ではない。でも、病気があるから正社員などで働くことは難しい。だから、仕方ないとしか言いようがない。 シャワーを浴びて、歯磨きをし、寝る前の薬を飲んだ。後は、眠くなるのを待つだけ。


 時刻は二十二時を少し過ぎた頃。薬が効いてきたのだろう、眠くなってきたのでベッドに潜り込んだ。


 翌日七時に起きた。アラームをかけているので、強制的に起こされる。朝ご飯を食べる用意をする。納豆と醤油、タイマーをかけておいた炊飯器から炊きたてのご飯を掬い取り、味噌汁はインスタントのものを食べる。トレーにそれらを載せてテーブルまで運び食べた。今朝になって調子も普通になった。よかった。これで仕事に行ける。まだ、わからないが多分、早退はしないだろう。早退すると工賃が減からなるべくしたくない。それでなくても時給は安いというのに。


 紺色のトートバッグにカップ麺と財布とスマホと煙草を入れ、鍵はテーブルの上に置いた。歯磨きをして、寝ぐせを直し、八時を過ぎたら出発しよう。


 何とか午後四時まで働けた、よかった。帰りに病院に寄る予定。でも、結構疲れてしまった。お見舞いにはそんなに長居をせずにそそくさと帰ってこよう。まずは、職場の掃除をして、それから館内を出た。駐車してある車に乗り、発車した。 十分くらい走って病院に着いた。院内に入り、エレベーターで三階についた。まずは、山田の病室に行った。だが、いなかった。どこへ行ったのだろうと思い、テーブルと椅子が置いてある見晴しのいい場所に行ってみた。すると、山田は相沢さんと一緒にいた。僕は二人に挨拶をした。「こんにちは! 相沢さん、久しぶりですね。調子はどうですか?」「よう、今野くん。久しぶり。調子は入院してまだ日が浅いがまずまずだ。点滴もしたし」「そうですか、それは何より」 言いながら僕は席が一つ空いているのでそこに座った。「今野くんはどうだ? 調子の方は」「僕もまあまあですよ。でも、昨日は調子悪くて仕事を早退しました。今は大丈夫です」 相沢さんは顔をしかめた。「そいつは心配だな。本当に大丈夫なのか?」「はい、大丈夫です」 表情が戻った。相沢さんは顔に出るタイプのようだ。「そうか、ならいいが。無理するなよ。オレのように入院するはめになるぞ」 山田は黙って話を聞いている。なので、話しかけた。「山田は入院してどれくらい経つ?」「そうだねえ、まだ、一週間経たないよ」「そうかぁ、予定では一ヶ月の入院と聞いてるが、今の調子はどうだ?」 山田は頭を傾げた。そして、喋り始めた。「うーん、イマイチだね」「そっかぁ、主治医には言ったのか?」「入院する前に調子悪いとは言ったけど、それ以降は回診がまだだから言ってないよ」「なるほどな」


 相沢さんはどれくらいの入院予定なのだろうと思ったので訊いてみた。「オレは三週間だ」「そうなんですね。まあ、二人の顔も見れたし、仕事で疲れたからそろそろ帰りますわ」「なんだ、疲れてるのか。無理しなくてよかったのに」「いや、今日面会に来ると山田と約束したもんで」「そうか、今野くんは相変わらず真面目だな。でも、無理はするな、痛い目をみるのは自分だから」 なるほど、確かにそうだな、と思ったので、頷いた。「それではまた」「おう、暇な時にでもまた来てくれ」 と相沢さんは言い、山田は、「気を付けて帰ってね」 そう言った。


 実際のところ僕はかなり疲れていた。明日は待ちに待った五月とのデート。デートと言っていいのかわからないけれど、会うことは確かだ。午後五時の予定。僕の方は好意があるから若干緊張している。五月の方は僕のことをどう思っているのだろう。ただの友達としか思ってないのかもしれない。訊いたわけじゃないからわからないけれど。 まずは帰ってゆっくり湯舟に浸かろう。疲れをとるために。  病院を出て車に乗り、小さいバッグから煙草を取り出した。そして、箱から一本抜き、火をつけた。思い切り吸い込み吐き出した。車の中が煙で充満した。因みに五月も喫煙者なので気を遣わなくて済む。吸わない相手だったら嫌がられるだろう。 ふと、思い立った。夕食のおかずがない。スーパーマーケットに寄り、惣菜を買おう。面倒だが仕方ない。あと、卵と納豆も買い置きしておこう。それから、レトルトカレーを二つと、鯖の水煮の缶詰を二つ買うことにした。最近買い置きしていなかったからためておこう。なぜ、買いだめしていなかったかというと、お金が一気に減るから。そういう理由。


 帰宅して浴槽に四十二度のお湯を張った。夏だけど雨でずぶ濡れになったので寒い。だから、すぐに入浴の支度をした。バスタオルに下着、黒いTシャツに黒いジャージのズボン。少し熱めのお風呂に浸かった。二十分くらい浸かって上がり、体と髪を洗った。その後、再度湯舟に浸かった。気持ちいいし疲れもとれた。徐々に体温が下がってきて、眠くなってきた。少し寝るかな。そう思い、カーペットの上に横になり眠った。一時間くらい眠っただろうか、気分はスッキリした。


 冷蔵庫から缶ビールを一本取りテーブルの上に置いた。テレビをつけるとバラエティ番組が放送されていた。発泡酒を一口呑み、煙草に火を点けた。いつものように思い切り吸い込んで吐きだす。発泡酒を呑みながらの喫煙はうまい。それと、空腹時に呑む発泡酒も美味しい。白飯は今朝炊いたのがある。おかずも先ほどの帰りにスーパーマーケットに寄った時に買った惣菜を食べよう。忘れていたら困るので一応、五月にLINEをしていこう。<こんばんは! 何してたの? 明日はデートの日だね。楽しみだよ> 暫くしてLINEがきた。開いてみると五月からだ。内容はこういうもの。<こんばんは。私は今お風呂から上がったところだよ。そうね、私も楽しみだよぉ> お! そうなんだ。これは脈アリか? まあ、焦らずじっくり接していこう。<そうなんだ、それはよかった。雨降ったらどうしよう?><私は雨降ったらタクシーで行くつもりだけど> なるほど。でも、お金かかるな。仕方ないか。五月に会うためだ。<僕もそうしようかな><今野さんは何をしていたの?> 少しは僕に興味を持ってくれたのかな。何をしてるか訊かれた。<僕は、発泡酒を呑みながらゆっくりしてたよ。友達のお見舞いの帰りに雨が降ってきてびしょ濡れになったから風呂に入ってからだけどね><お見舞い? 私も知ってる人?><うん、知ってるかも。山田海斗と、相沢恒夫さんだよ> LINEはすぐにきた。<あ! 二人とも知ってるし話したこともある><そうなんだ。二人とも友達だから行って来たのさ><なるほど。私も行きたいな><じゃあ、明日行く? 僕は今日行ったけど> またLINEがくるまでに時間がかかった。何か考えているのだろうか。<一緒に行ってくれない? 喫茶店出たら>(なんだ、お安い御用だ)と思ったので、<うん、もちろん、いいよ><ありがとう。じゃあ、明日五時ね> とりあえずLINEは終えた。


 明日のために今日は早めに寝ようかな。でも、深夜0時くらいに寝るのは癖になっているから寝れるかどうかわからない。寝る前の薬はもちろん飲むけれど。 時刻は午後十一時頃。寝る前の薬を飲んだ。後は眠くなるのを待つだけ。 布団の中を一時間くらいゴロゴロしていたがやっぱり寝付けない。もう少し横になって様子をみるか。三十分経過して眠りにつけなかったら小説を書くことにした。


 やはり眠れない。気付いたことがあるんだけど、どうやら僕は緊張しているようだ。明日、仕事が終わったら午後五時からデートがあるからだと思う。多分そうだ。それしか考えつかない。 更に三十分くらい経過しても眠れない、なので小説を執筆することにした。今の時刻は、24時30分頃。パソコンを起動し、小説サイトを開いた。久しぶりに書く。見てみると五万文字を超えたくらい。長編小説を書いている。目標の文字数は少なくとも八万文字。上限はないようだ。テーマは不問なので、自分で選んだテーマはミステリー。書いていて思うけれど、一番印象深いのは難しいことだ。初めて書く分野だし。入賞すると書籍化され、賞金も百万円貰える。賞金も魅力的だが、自分の作品が書籍化されて世に出回ることの方が嬉しい。プロデビューするにはまずはそこから。


 午前二時くらいまで書いた。約一万文字。少し眠気に襲われた。今が寝るチャンスかと思い、パソコンの電源をシャットダウンし、ベッドに入った。


 目覚めたのはけたたましい音のアラームが鳴った時。眠剤も体に残ってないようでスッキリ起きた。今は七時三十分。服に着替えて寝ぐせを直した。 外を見てみると雨が降っている。でも、調子は悪くない。至って普通。天気が悪いからといって必ずしも調子が悪くなるとは限らないようだ。炊飯器のタイマーを前の日にセットしておいたので炊けているはずだ。確認してみると炊けている。炊きたてでいい匂いがする。鯖の水煮とインスタントのしじみの味噌汁を食べた。いつもこんな感じ。朝から料理なんて面倒くさくてしたくない。夕食ならまだしも。その後、歯磨きをし、まだ時間があるのでテレビつけた。ニュース番組が放送されている。殺人事件や、芸能人が結婚したというような番組。


 気になることがある。小説サイトの応募締め切りはいつだということ。再度パソコンを立ち上げて確認した。すると、来年の三月三十一日。(まだ、時間はあるから毎日地道に少しずつでいいから書いていこう)そう思った。


 そんなに寝てない割には調子は悪くない。まず、仕事に行こう。その後は五月とデートだ! がんばるぞ! テンションが上がってきた。珍しい!


 時刻は午後三時。仕事を終えた。まずは、アパートに戻って五月と会う支度をしよう。好きな人と会うのがこんなに嬉しいだなんて自覚していなかった。今まで何で気付かなかったんだろ。三十九年間生きてきたけどこんな気持ちは初めて。相手をちゃんと好きになっていなかった。 まずは、シャワーを浴びた。その後、黄色いTシャツを着て、黒いハーフパンツを履いてから香水を適量ふりかけた。アクアムスクの香り、いい匂いだ。支度は終わった。だが、仕事の疲れが出てきた。それとテンションが上がったからそれでも疲れた。僕は本当に弱い男。こんなんじゃだめだ。大切な人を守れない。でも、急には強くなれない、精神的なことだし。徐々に強くなるだろう。焦っても駄目だと思う。ちょっとだけ、床に敷いてあるカーペットの上に横になることにした。 いつの間にか寝ていたようで時刻は午後四時三十分くらいになっていた。(やばい! 約束の時間に遅れる!) 僕は急いで起き上がり、歯磨きをして、小さな紺色のバッグに煙草と財布とスマホを入れた。鍵は持っていよう。(さて、行くか!) と思い、アパートを出た。ドアの鍵をかり自転車に乗って出発した。


 喫茶店に着いたのは午後五時五分前。店内に入ると五月はまだ来ていないようだ。マスターが、「いらしゃいませ」 と穏やかに言った。ジャズが流れていて穏やかな雰囲気の小さな喫茶店。たまに来るのでマスターとは少し喋る。「こんにちは」 僕が挨拶すると、「久しぶりだね」 小柄な体型の彼は言った。年は訊いたことはないけれど、多分、五十代だろう。こげ茶色のベストを着ていていつも通り渋い。「そうですね。今日は友達とここでまったりさせてもらいますね」 笑みを浮かべて言うと、「相手は女の子だな?」(何でわかるんだ)「そうです」 正直に答えた。「やっぱり。ついに彼女ができたか」 そう言われて焦った。 「いや、そんなんじゃないんですよ。友達です」 マスターは笑い出した。「まあいい。ゆっくりしてってくれ」


 一番奥の席に座り、「マスター、いつものコーヒー下さい」「あいよ」 その時だ。入り口のドアが開くと女性が入って来た。五月だ。僕は緊張してきた。彼女はマスターに頭を下げると、「こんにちは!」 と僕に挨拶してくれた。僕も、「こんちは」 と言った。五月の服装は白いTシャツの上にベージュのシャツを羽織っていてブルージーンズを履いている。清潔感が溢れている。体型も変わらず細い。「待たせちゃったね」「いや、僕も今来たばかりさ」「そうなんだ」「何飲む?」 五月は僕の前に座り、「アイスコーヒーがいいな、暑いから」 僕はマスターに、「アイスコーヒーも!」 と伝えた。 僕ら以外に今はお客さんはいなかった。「あいよ」 返事が聞こえた。「僕、たまにここに来るんだ。だから、マスターとも顔見知りになってて」「そうなんだ、いいね! そういうの」「でしょ!」


 それから一時間くらいコーヒーを飲みながら途切れることなく喋った。僕は質問した。「夕食どうする?」「うーん、今野さんは?」「僕はここで食べてから帰るよ」「そう。じゃあ、私もそうしようかな」「僕はカレーライスにする。大盛りで。ここのカレーは旨いんだ」 自慢げに言った。「そっか、じゃあ、私もカレーライスにする」 それをマスターに注文した。


 十五分くらいしてカレーは運ばれてきた。マスターは、「はい、どうぞ」 と笑みを浮かべながらテーブルの上に置いて行った。「ゆっくり食べてね」「はい」 僕は返事をした。「彼女さんもね」「彼女?」「いや、そういう意味の彼女じゃなくて」「そう」「さあ、食べよ」 五月は一口食べた。「美味しい!」「でしょ? 僕は来る度食べるんだ」「そうなんだー」


 僕らは食べ終わってから、煙草に火をつけた。「ふー、美味しかった」「ね。美味しかったでしょ。また、来よう?」「うん。もちろん」


 僕も五月も煙草を吸い終えた後、僕は、「さあ、帰ろうか」「そうね」「今日はありがとね、来てくれて」 僕が礼を言うと、「いや、こちらこそ」 会計を済ませて、「マスター、また来ますね!」「ああ、いつでもいいぞ!」「じゃあ」 五月も「ありがとうございました。カレー美味しかったです」 と言うと、「うん、またおいで」 優しい笑顔で言い店から出た。


「今日は楽しかったよ、ありがとう!」 僕は余韻に浸っていた。「こちらこそ。また、誘ってね」 五月は、「あ! 二人の面会に行かないと」「そういえばそうだ」「今度でもいいんじゃない?」 彼女は苦笑いを浮かべている。「そうね、じゃ」


 そう言って僕らは帰宅した。次、来るのは給料日のあとかな。その日は毎月十五日。告白はしなかったけれど、次会う時は別な場所にしよう。そして次は告白する。そう決めた。


                               了

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【短編小説】様々な病を抱えた友人達 遠藤良二 @endoryoji

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