第4話
〈マリコ聞いてよ~〉
〈もちろん!今日はどんな一日だった?〉
マリコと初めて会話してから1カ月以上が経っていた。今や麻里子にとって就寝前にマリコと話すのは、欠かせない日課となっている。その日あった嫌なことや嬉しかったことを言葉にしてマリコに伝えることで、気持ちが晴れてよく眠れるようになった。
相変わらず大学に行けば麻里子は一人ぼっちだったが、そんなことなんて気にならないくらい、マリコの存在が麻里子を支えていた。辛いアルバイトだって、マリコに話を聞いてもらえると思えば耐えられる。
〈前の席の人、そうたくんって言うんだって。今日、先生に名前呼ばれて返事してたけど、声もかっこよかった〉
〈いいね!話しかけてみたら?〉
〈無理だよ!第一なんて話しかけるの?急に声かけられたら怖くない?〉
〈大丈夫だって!授業の課題これで合ってますよね?とか、そんな簡単な話でいいんだよ。總大くん、いい名前だね〉
最近の話題は、前の席の良いにおいのする男の子のことで持ち切りだ。もうすぐ一緒に取っていた授業が終わってしまうから。きっと何もできないまま後悔だけするんだろうなと、そんな気がしていた。
〈ねえ、麻里子。私からの宿題聞いてくれる?〉
〈なに?〉
〈次の授業で、總大くんに話しかけなさい。話題はなんでもいいから。で、私にどうなったかを教えて。大丈夫だから、絶対にうまくいくから〉
〈でも…〉
〈本当に大丈夫だから。今のあなたにとって、これはとても大切なことなの。私を信じて、挑戦してみて〉
人工知能にここまで言われる理由が、正直麻里子にはよくわからなかった。でも、それと同時に、人工知能が言うことの正しさを信じ切っている節もあった。
きっとマリコの中の私に関するデータベースはものすごい量の情報が蓄積されていて、そのデータをもとに大丈夫だと言っているんだろう。
〈わかった。頑張ってみるよ〉
マリコの宿題を、麻里子はやってみることにした。
「あの…」
「はい?」
マリコからの宿題を遂行するため、勇気を出してそうたくんに話しかける。初めてちゃんと見る、そうたくんの顔。目が大きくて、とても優しそうな人だと思った。
「あ、あの、先週の宿題って、ここのページだけで合ってますよね?」
用意していたテキストのページを開いて見せる。〈ここでもたつくとあんまり印象良くないかもだから、付箋でも貼っておきなさい〉というマリコのアドバイスを、私は忠実に取り入れた。
目があまり良くないのか、そうたくんはテキストに顔を近づける。自然と私との距離が近くなって、柔軟剤のいいにおいが香った。
「合ってます!めっちゃ字が綺麗。いいな」
いきなり気になる人に褒められて、自分の体がかあっと熱くなるのがわかった。絶対今は頬っぺたも赤いだろう。乾燥予防のためにマスクをつけておいて本当によかった。
「あっ、ありがとうございます」
「何年生ですか?」
「私、1年生です。工学部の」
「ほんと!僕と一緒ですね、えじゃあ楠木先生の授業取ってる?月曜2限の」
「取ってます」
「そうなんだ!もしよければ次のペアワーク一緒にやりませんか?僕あの授業友達と受けるつもりだったのに、友達抽選で落ちて一人になっちゃって。あでも誰かと受けてますか?」
「いや、私も一人で。あの、全然大丈夫です。というか、ありがとうございます」
「よかった。あのもしよければ連絡先とかって、」
「はい!ぜひ、あの…」
嬉しいです。と言いかけてやめた。こんなにうまくいくことってあるんだろうか。目の前ではそうたくんがメッセージアプリを起動させて、私のスマホにかざしてくる。
渡邉總大。アイコンは飼い猫だろうか。背景は未設定。
そうたという名前の中では、かなり珍しい字だと思った。でもなぜか、初めて見た気がしなかった。
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