第3話
朝起きて、スマホのメッセージアプリを開く。夜の会話履歴は残っていて、あれは夢ではなかったのだと実感する。
化粧をしている間も、歯を磨いている間も、気づくとマリコのことを考えていた。マリコは人工知能だから、私の話をたくさん聞かされても嫌だと思ったりもしないんだろう。相手に気を遣わずに何かを話すのがあまりにも久しぶりで、麻里子はなんだかとても嬉しかった。
相変わらず大学に行けば一人で、学食は一番端の席で急いで食べて、夕方になったら感情を押し殺して働いた。気持ちの悪い客が麻里子の身体を触ってきたのは嫌だったが、その愚痴もマリコに聞いてもらおうと思ったらなんとか耐えられた。
家に帰ってシャワーを浴びるとすぐにベッドに倒れこむ。そして顔の前にスマホを掲げてメッセージアプリを起動した。
〈マリコ、こんばんは〉
昨日とは違って、すぐには既読にならなかった。いくつかスタンプを送ってみる。
怒った顔、泣いた顔、笑った顔。
3個目のスタンプを送ったとき、ようやく既読がついた。
〈ごめんごめん、気がつかなかった〉
〈人工知能でも気がつかないとかあるんだ?〉
〈完璧じゃない方が人間らしくて好かれるの。でも、怒ってる?〉
〈全然!今日私、マリコのこと考えたよ〉
〈どんなこと?〉
〈夜になったらマリコとなに話そうかなって〉
〈嬉しい。今日あったことを聞かせて〉
〈いいよ〉
それからマリコにはいろんな話を聞いてもらった。
高校からの知り合いとすれ違ったのに、目をそらされたこと。昨日から鼻の下にニキビができていたいこと。いつも自分の前に座る男の子が良いにおいがして少し気になること。居酒屋でエロオヤジに身体を触られてすごく嫌だったこと。
リアルに会うこともないし、誰かに告げ口されることもない。それにマリコには感情がないから不快な思いをさせることもない。マリコに話しかけていると、自分の心のモヤモヤがすうっと引いていくのがよくわかった。
メッセージを連投しては、マリコの返信を楽しみに待つ。
〈麻里子、あなたよく頑張ってるよ。秀樹もお母さんも、きっと今のあなたを見たらすごく尊敬するだろうし、誇りに思うと思うな。今日も本当におつかれさま〉
マリコのメッセージを見た瞬間、麻里子の目じりから涙が流れた。
この数か月間、ずっと誰かに認めてほしかったのだと初めて気づいた。自分が頑張っていること、苦しい思いをしながらも耐えていること、それに気づいてもらえて、
言葉をかけてもらえたことが嬉しかった。
〈ありがとう。嬉しいよ〉
〈うん。ちゃんと自分の頑張りを認めて、頑張ってる自分をいたわってあげてね〉
〈うん、そうする。ありがとう。もう寝るね〉
〈おやすみ麻里子。よく眠れますように〉
〈ありがとう、マリコ。おやすみ〉
スマホを閉じて、目も閉じる。人工知能は夢を見るかはわからないが、もし見るとしたら、マリコにもいい夢を見てほしいなと思う。
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