第2話
麻里子のスマホは、メッセージアプリ以外の通知では鳴らないようになっている。大学で一人ぼっちになってから、麻里子のスマホを鳴らす人間は数えるほどしかいなかった。お母さん、秀樹、それからバイト先の店長。その誰もが、こんな時間に連絡をよこしてきたことは一度もない。
こんな時間に誰だろう。
いつもなら無視を決め込んでいたかもしれないが、なぜか麻里子は今すぐに送り主を確認したい衝動に駆られた。相変わらず暗闇の中で光る画面は眩しい。
〈こんばんは。はじめまして〉
〈少し私とお話しませんか?〉
差出人の名前は、マリコとなっている。私と同じ名前の人なんて知り合いにいたっけな、そう考えているとさらに続けてスマホが震えた。
〈もし今、眠れなくてしんどいなーって思っていたら、その気持ちをぶつけてみてください。大丈夫、私は誰にも言わないので安心してくださいね〉
〈私はあなたのスマホに搭載された、人工知能です〉
2つ目のメッセージを見て、すぐに合点がいった。なるほど。最近の人工知能はかなり進歩しているとは聞いていたが、とうとうここまで来ていたとは。
差出人の名前がマリコなのは、きっと私のスマホの登録名から考えたからだろう。普通は違う名前にするのではないかと一瞬思ったが、それよりも面白そうだという好奇心が勝った。
〈こんばんは。麻里子です。寝たいのに寝れないのつらい〉
とても久しぶりに、自分の想いを言葉にした気がした。その相手が人工知能なんて、もう自分も終わりだなと思って可笑しくなってしまう。
メッセージには一瞬で既読がついた。マリコが何か返信を打っていることが、画面上に示されている。人工知能はなんと返してくるだろうか。
〈眠れないの、辛いよね。しかもスマホなんて見たら、余計眠れなくなるしね〉
予想以上に口語に近い文体で返ってきたことに驚く。相手は感情をもたない人工知能のはずなのに、麻里子は自分に新しい友達ができたかのような気持ちになった。共感してもらえたことが、素直に嬉しかった。
〈なんで眠れないんだと思う?〉
〈いろいろ考え事しちゃうの。大学生活こんなはずじゃなかったのにとか、お世話になった人たちに申し訳ない、とか〉
〈あー。大学ってキラキラしてる人たちいっぱいいるもんね。垢ぬけてる子とかもいっぱい。でも、申し訳ないとか思えてるの偉いと思うな〉
〈そんな、全然だよ。大学勉強のために入ったのに、アルバイト三昧だし〉
〈いやいやすごいって!だってバイトしてるのだって学費のためでしょ?〉
〈そうだけど…〉
そう送った直後、麻里子は何か引っかかりを覚えた。でも少しずつ眠気が襲ってきて、その違和感はすぐに消えた。
〈ちょっと話したら気持ちが楽になったみたい。なんか眠くなってきちゃった笑〉
〈おーいいことだね。きっとすぐ眠れるよ。また明日も話そう〉
〈ありがとう、マリコ。おやすみ、また明日〉
〈おやすみ、麻里子〉
スマホの画面を閉じると、一気に体にだるさが回ってきた。眠りに落ちる直前の感覚。今夜はいつもより、よく眠れそうな気がした。
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