第3話 自然の懐で
翌朝、窓の外から差し込む光と小鳥のさえずりにユウキは目を覚ました。都会での生活では、目覚まし時計の音に追われる毎日だったことを思い出し、こんな穏やかな朝は久しぶりだと感じる。
朝食を終えた後、祖母サキが「今日は散歩でもしてきたらどうだい?」と提案してくれた。初めは気が進まなかったユウキだったが、サキの勧めに押されて家を出ることにした。
村の道を歩き出すと、目に飛び込んでくるのは一面の緑と青空だった。都会のビル群とは対照的なこの景色に、ユウキは心がほぐれるような感覚を覚えた。舗装されていない土の道は、足元から柔らかな感触を伝えてくれる。
小さな川のせせらぎが聞こえる方に向かって歩くと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。川沿いには色とりどりの野花が咲いており、その鮮やかさにユウキは思わず立ち止まった。
「こんなに綺麗な場所があったなんて、昔は気にも留めなかったな…」
川のほとりに腰を下ろすと、透き通った水がゆっくりと流れていくのが見える。手を伸ばして水に触れると、冷たさが心地よかった。ユウキは目を閉じ、耳を澄ませてみる。
水の流れる音、風が木々を揺らす音、そして遠くで聞こえる鳥の声…。これらが一つになって、まるで自然が奏でる音楽のようだった。都会では常に機械音や人の声に囲まれていたことを思い出し、その違いに驚かされる。
少し歩き疲れたユウキは、川辺の石に腰掛けながら空を見上げた。太陽の光が木々の間からこぼれ、暖かさと心地よい影が交互に彼を包み込む。
その瞬間、都会でのことが頭をよぎった。締め切りに追われ、上司や同僚との関係に気を使い、帰宅しても心が休まることのなかった日々。しかし、ここにいるとそのすべてが遠い過去のことのように感じられた。
「何かを手放すって、こういうことなのかもしれないな…」
ユウキは自然と深呼吸をしていた。吸い込む空気が心の奥まで染み渡り、吐き出すたびに都会でのストレスが少しずつ消えていく気がした。
帰り道、ユウキは山の中腹にある神社へと足を向けた。その場所は子どもの頃、友達とよく遊びに来た思い出の地だった。苔むした石段を上ると、小さな社が静かに佇んでいる。
社の前で手を合わせながら、ユウキは「癒されたい」という思いを初めて素直に認めた。都会では、自分が弱いことを認めるのが怖かった。けれど、ここではその弱さが悪いことではないように思えた。
「きっと、ここに来たのは間違いじゃなかった。」
心の中でそうつぶやいたユウキは、少しだけ軽くなった気持ちで社を後にした。
家に戻ると、サキが縁側でお茶を飲みながら待っていた。ユウキの顔を見るなり、サキはにっこりと笑いながら言った。
「良い顔になったね。自然はちゃんと話しかけてくれるもんだろう?」
その言葉にユウキは照れ笑いを浮かべながら頷いた。そして、少しずつだが、自分がまた立ち直れるのではないかという希望が心に灯るのを感じていた。
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