第2話 静寂の呼び声

 電車を降り立つと、空気がまるで別物のように感じられた。澄み切った空気が肺に染み渡り、心なしか体が軽くなるようだった。故郷の駅は昔と変わらず、木造の小さな駅舎が出迎えてくれる。ユウキはリュックを肩に掛け直し、駅を出ると懐かしい風景に目を細めた。


 舗装されていない細い道を歩くと、両側に広がる田んぼが風に揺れている。空はどこまでも青く、山々が優しく見守っているようだった。遠くで鳥の鳴き声が聞こえ、ユウキは立ち止まって目を閉じた。


 「これが静寂か…」

 都会では聞こえなかった自然の音に耳を傾けながら、ユウキは深く息を吸い込んだ。その瞬間、自分の中に張り詰めていたものが少しだけ解ける感覚がした。




 祖母の家は、駅から歩いて15分ほどの場所にある。瓦屋根の古民家で、庭には四季折々の花が咲いている。ユウキが子どもの頃に遊んだ記憶が鮮明によみがえる。


 玄関に近づくと、戸が少しだけ開いており、柔らかな声が聞こえてきた。


 「ユウキかい?」


 戸を開けると、そこには変わらぬ祖母サキの姿があった。背は少し縮んだようだが、穏やかな笑顔は昔と変わらない。ユウキは思わず胸が詰まり、言葉を失った。


 「おかえり、ユウキ。よく帰ってきたね。」

 そう言ってサキは、手を広げてユウキを迎えた。


 「ただいま…ばあちゃん。」

 ユウキはその言葉を絞り出すと、サキの手に触れた。少し冷たいその手は、しかし安心感を与えてくれる。




 家の中に入ると、懐かしい木の香りが漂っていた。柱や床板のひとつひとつに、昔の記憶が刻まれている。ユウキはサキが淹れてくれたお茶を飲みながら、久しぶりに心から落ち着く時間を過ごしていた。


 「ユウキ、大変だったろうね。」

 サキは彼の顔をじっと見つめながら言った。その視線には、すべてを見通しているような優しさと強さがあった。


 「ばあちゃん、俺…もう何が正しいのかわからないんだ。頑張っても空回りして、疲れてばっかりで。」

 ユウキは堰を切ったように都会での苦しみを語り始めた。サキはうなずきながら、それを最後まで聞いてくれた。


 「そうかい、ユウキ。あんた、よくここまで頑張ったね。でもね、人は時々、立ち止まることも大事なんだよ。」

 そう言ってサキは湯呑みをそっと置いた。


 「ここでは、あんたの心が求めるだけ静かにしていればいい。自然が教えてくれることもあるし、自分自身と向き合う時間だって作れるさ。」


 ユウキはその言葉に、心が軽くなるのを感じた。都会ではいつも何かをしなければならないというプレッシャーに押しつぶされていたが、ここではその必要がないように思えた。




 夕方、サキは庭の手入れをしながらユウキに言った。

「この村には、何もないようでいて、たくさんのものがあるんだよ。風の音、木々の囁き、鳥の歌声…それらはみんな、あんたに何かを伝えたがっている。」


 ユウキは庭に咲く花々を見つめながら、その言葉の意味を考えた。確かに都会では気づかなかったものが、ここでは鮮明に感じられる。それは、静寂がもたらす不思議な感覚だった。


 その夜、ユウキは久しぶりにぐっすりと眠ることができた。祖母の家の布団は少し硬く、田舎の夜は都会よりも冷え込むが、それでも彼は心からの安らぎを感じていた。

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