第39話

「――なッ!!」


 目の前で起きた事象にイーディスは目を瞠る。

 それはきっと防御魔法、そして攻撃魔法の合わせ技だったのだろう。

 葵がわたしのすぐ隣で突き出した右手、その延長線上では薄い光の膜が展開され、イーディスの魔力を防ぎその悉くを霧散させることに成功していた。


「それは、アリスが強くなった証だ。諦めなかった証拠だよ」


 イーディスの魔力を防いだことなどなんでもないように、依然として葵は言葉を紡ぐ。


「アリスは強い。強くなった。だから大丈夫」


 ……ここまでおぜん立てされて、【終焉魔剣】も使えなかったわたしに、葵は一体、なにをいっているのだろうか。


「……わたし、は強く……なんて。わたしには、あおいみたいな、すごいちからも、なにも」

「――あるでしょ。アリスには、人を変える力が」

「――」

「人を惹きつける、人を変えることができる不思議な力がね」

「……そん、なの」

「少なくとも、私は変えられたよ。アリスに。私は今後の人生、本当のところはもう、どうなったって構わなかった。あの人を犠牲にしたあの日から、私は惰性で生きていたんだ。でも、そんなしょうもない人生にも一つ、大切な心残りが出来た」

「……」


「〝君〟だよ、アリス」


「……っ」

「多少強引だったことは否めないけれど、それでも。〝君〟が仮面を剥がしてくれた。自分を守るためにつけた、空虚で醜い私の仮面を。ほかでもない、〝君〟が剥がしてくれたんだ。あれからさ、私の世界は少しだけ、色づいて見えるようになったよ」

「……なにを」

「なんて、そんなこと。〝今の〟アリスに言ったってわからないだろうけれど。でも〝今の〟アリスからだって、私はたくさんの大切を貰った」

「……」

「あの日電車で、アリスが言ってくれた言葉。本当に、本当に、嬉しかった。初めて誰かに、私の努力を、認めてもらえた気がしたから。――初めて、報われた気がしたから」

「……」

「だからアリスは大丈夫。アリスが私のこと、凄い奴だって思っているのなら、そんな私を変えたアリスはもっとすごい。誇っていい」

「……なんだよ、それ、出鱈目。根拠に、なってないよ……」

「……根拠、ね」

「……?」


 そう言って微笑む葵の姿が、なぜだろう。

 いつかわたしが憧れた、勇者の姿と、重なって見えて、


「だって私、――――勇者だし」


「――――っっ」

「勇者の私が言うんだから、間違いない。でしょ?」

「――っ」

「さあ行って。アリスなら大丈夫。私がそれを保証する。アリスには、アリスにしかできないことがある。だから――」


 とん、と優しく同時、〝二人〟に背中を押された。

 片はわたしの大事な大事な友達。すっごくすっごく変態だけど、でも大切な初めての友達。わたしの大好きな人、葵だ。そして、もう一つは、


『頑張って、アリス』


 ――そんな、もう聞くこともできないと思っていた、泣きたくなるほどに、懐かしい声がして――


「……少しだけ驚かされましたが、しかし和泉葵。それは悪手でしょう」


 激情が、わたしを支配する。

 全能感が、全身に通う。


「〈鏡の国〉【――神纏い】」


 イーディスが葵を模倣する。瞬間、莫大で神々しい、まさしく神にも等しい魔力がもう一つ誕生する。


「模倣は済んだ。逃げ場はないですよ」


 わたしは流れそうな涙を踏ん張って、キッとイーディスに視線を向けた。

 スカートが揺れ、髪が靡く。


 その時、わたしを中心に、金色の眩い魔力が吹き荒れ始めた。


「……な!? なんですかその魔力は!?」


 刹那、頭の中に、あるフレーズがポンと浮かぶ。

 それはきっと、わたしの可能性を開ける鍵。

 わたしが夢の世界へ、一歩近づくための鍵。

 大切な人たちを、わたしの大切を、守るための鍵なのだ。


 やっぱりわたしは、まだ怖い。絶大な魔力を迸らせているイーディスに、気を抜けばまた足がすくんでしまいそう。


 けれど、わたしは勇者になりたい。勇者のように、強く在りたい。その気持ちだけは、紛れもなく、間違いようもなく、どうしようもなく、本物だから――


 わたしはその鍵を掴むと、魔訶不思議で夢の詰まった、わたしが憧れた世界へ、続くであろう扉を開け。そして、魂の奥底から叫ぶ――




「――――――【七大権能〈不思議の国〉】っっっっ!!!!!!」




 ――刹那、世界が塗り替えられた――

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