第40話
イーディスの頬には冷や汗が伝う。目を丸くして、まるでありえないものでも見たかのように表情を愕然とさせていた。わたしもまた自身の変化に驚きながらも、身体から絶えず溢れ出ている金色の魔力を確認する。
……なんなんだこれ。一体何が起こっているんだろう。
「……〈不思議の国〉。何故か天使と魔族のハーフ、忌子にしか発現しない【七大権能】。忌子を忌子たらしめる最たる所以。使用者のイメージを具現化する、まさに最強の権能。世界の理を書き換えかねない、神々が最も恐れた忌むべき権能……。まさか天界からの任の通り、本当に貴方に発現するとは……。つくづく皮肉なものですね……」
「……」
なるほど、全部言ってくれた。わたしのこの不思議な金色の魔力の正体、どうやらイメージを具現化する【七大権能】らしい。わたしに【七大権能】、ましてやその中でも特別凄い権能があるとは正直半信半疑ではあるが、とりあえずやってみよう。【七大権能】かどうかは知らないけど今のわたし、万能感っていうのだろうか。なんでもできる気がするんだよね。
「……っうぁわ!!」
瞬間、わたしの身体はふわりと浮遊した。イメージが具現化すると聞いて最初に思い浮かんだのが空を飛ぶことだったためだ。
「……す、すご」
地に足のつかないような浮遊感がある。じゃなくて文字通り飛んでいる。しかし、浮遊しているにも関わらず自由に移動が出来そうな感覚。なんだかとっても不思議だ。
「おわぁあっ!?」
刹那、葵を模倣し神々しい魔力を纏っている、いつの間に剣を回収したらしいイーディスが四の五の言わずに斬りかかってきた。しかも何故か彼女も空を飛んでいる。それをわたしはすんでのところで回避するが。
「……あまり調子に乗らないことです。いくら最強の権能といえど、使用者はただの素人。貴方が〈不思議の国〉に慣れる前に殺します」
「……っ」
……そうだ集中しろ。いくら凄い力を得たからと言ってわたしは戦闘経験など皆無。一瞬の隙が命取りなのだ。出来得ることはすべてやるつもりで挑め……!!
イーディスが返す刀でわたしに斬撃の雨を降らしてくる。わたしは【終焉魔剣】を固く握り、イメージするはダイナの剣技。あのパワフルでめちゃくちゃだが、すべてを破壊し尽くす暴力的な剣を頭に思い描く。
「……らぁあああっ!!」
横なぎに一閃。【終焉魔剣】はイーディスの剣とかち合い、やがてイーディス自身を大きく後方へ吹っ飛ばす。
「……急に力が!? くっ!!」
距離が空き、未だ後方に吹っ飛びながらもイーディスは右手に銀色の魔力を溜めるとわたし目掛けて射出した。
それに呼応するようにわたしは剣を逆手に持ち替え胸の前で構える。続いてイメージするはパパの秘技。先ほど江の島で見た、わたしを救ってくれたパパの姿だ。脳裏にはパパの大きな背中が鮮明に焼き付いている。
――今度はできる。
そんな不思議な確信があった。
「――【死者之国】っ!!」
刹那、わたしを中心におどろおどろしい闇が展開されると、闇とイーディスが放った銀色の魔力とが派手にぶつかり、爆音を轟かせて打ち消しあう。
「……なッ!? 【守護之神(ヘスティア】ッ!!」
イーディスにまで到達した闇を、彼女は防御魔法で防ぐ。ようやく宙に静止したイーディスは憎々し気な表情を浮かべていた。と次の瞬間、
「……【七大権能〈鏡の国〉】ッ!!」
このままでは分が悪いと考えたのだろう。わたしに対し、イーディスは再び〈鏡の国〉を行使する。しかし。
「……はッ? なぜ、なぜなのですか!?」
わたしを模倣したはずのイーディスは、葵の〈核喰らい〉の姿のままであり、何一つ変化が見られなかった。
「やってくると思ったよ。おまえの〈鏡の国〉はわたしを模倣できない。そうわたしがイメージしたからな!!」
「……!?」
まさか本当にうまくいくとは思わなかったが、けれど結果オーライというやつである。しかしこういうこともできるのか。だったら――!!
「――ッ!?」
わたしは開いてしまったイーディスとの空間をぐにゃりと〝歪める〟と、イーディスを剣の間合いへ引き入れる。はたから見れば、わたしが瞬間移動したように見えただろうか。すぐさまにわたしは【終焉魔剣】を〝二倍の大きさ〟に。両手で握りこみ、ぶんと振りかぶる。
「……はッ!? くッ!!」
彼女は身を翻し、わたしの剣は回避される。続けてイーディスは、大きく剣を振りかぶった後の無防備なわたしに斬撃を打ち込もうとするが。
「……なッ!?」
今度はわたし自身のサイズを二分の一に小さくし、剣を避ける。瞬間的に小さくなったわたしのすぐ隣で剣が振られたのを確認して、わたしは元のサイズに戻るとそのままの勢いでイーディスへ回し蹴りをした。
「――かはッ!?」
ぶっ飛び、しかしすぐに体制を立て直すイーディス。
「……なんなんですかそれは。……なんでもありではないですか。……ふざけるな。…………ふざけるな。――ふざけるなぁああああぁぁぁあああッッ!!!!」
叫び、イーディスは脇構えに光速でわたしに肉薄する。後ろから一気に斬撃を放つ。
「――っ!!」
わたしはそれを剣で受けると、剣戟の火花がバチバチと散った。そして。
イメージするのは、葵の姿。
葵のあの蝶が舞うように美しく軽い、しかし的確に急所を撃つ彼女のしなやかさを。
神速で何度も何度も撃ってくるイーディスの斬撃に、わたしは葵の剣技を思い描きながら的確にいなし続ける。
辺りには金属音だけが鳴り響き、剣風が吹き荒れ、余波で地面が幾重にも裂ける。夕暮れの空にあった雲は消え去り、内臓にまで達するほどに大気が震動した。
今、わたしたちの剣は紛れもなく、世界を揺らしている。
「――くうううぅうぅううッッ!!」
無限にも思えるほどに絶えず斬撃を降らせていたイーディスだがしかし、わずかに剣が鈍り始め。その一瞬を逃さない。
――ここだっ!!
「らぁああああっ!!」
わたしはこれまでよりも一層、剣に膂力を込めると下段から斬り上げイーディスの剣を弾き返す。
「――ッ」
目を見開くイーディスに、わたしはそれだけでは終わらせない。
最後にイメージするのは、わたしがかつて憧れた、夢にまで見た、勇者の姿で。
わたしは剣を大上段に掲げると、剣に魔法を込めていく。
やることは簡単だった。なにせ、今までわたしがずっと夢想し続けた勇者の姿をイメージするだけでよかったのだから。わたしの頭の中にはいつだって、あの日あの時小さなわたしが憧れた勇者がいるからだ。
やがて魔法をありったけ込めて、星空を思わせるほどに黒く輝き始めた【終焉魔剣】を手に、わたしは目の前のイーディス目掛けて、全身全力で振りかぶる――
「――【秘天剣 星砕き】っっっっ!!!!」
だが。
――違和感。
それはすぐに確信へと変わる。
「――――【破壊之神」(アレス)】」
小さくイーディスがそう呟き――
「――――」
決定的な何かをされたという、漠然な感覚だけがあった。
剣が軽い。
全身全霊で振るったはずの【終焉魔剣】は、手ごたえもなにもなくイーディスの身体を通り過ぎる。
残身。
やがて視界に入ったのは。
見るも無残に粉々に。
その悉く、刀身を破壊し尽くされた漆黒の大剣の姿。
イーディスは口元を歪ませていて、
「――あははははぁッ!! よもやここまでです!! 終わりですよォッッッッ!!!!」
そうして高らかに笑うイーディスは。
今まさに、わたしへ紫黒の凶刃を振ろうとしていて――
……まだだ。
「――――まだだぁああああああああああっっっっ!!!!!!」
――わたしはもう、あきらめたりなんか、しない!!
そう決めたんだ。勇者みたいに、強くなるために――――――!!!!
「――――アリスぅッッ!!!!」
そんな掛け声とともに、一振りの直剣がくるくると回転しながら飛んでくる。それは澄んだ空を思わせる青色。宝石のように美しい――葵の剣。
わたしはそれを掴み、そして――わたしが振るう青色の剣と、イーディスの剣とがぶつかり合う。
衝撃波がわたしの全身に。
ジリジリと身体が、剣が軋んでいる。
しかし、そんなことはもはや、気にもならなかった。
「――――わたしはもう、諦めないっっ!! もう絶対に、諦めたり、するもんかぁああぁああああっっっっ!!!!!!」
「――――おとなしく殺されてくださいッッ!! ポッと出の小娘の分際で、わたしのロリーナ姉さまをッッ!!!!」
「――――ポッと出だか何だか知らないけど!! わたしにだって譲れないものがあるっ!! わたしは勇者になりたいんだっっ!!!! どうしようもなく、わたしは勇者になりたいんだよっっっっ!!!! だからぁぁあああ!!!!」
「――――ッ!?」
――バキィン!!
圧力に耐えきれず、剣が折れた。
真っ二つに。
折れた〝紫黒〟の刀身が、宙を舞う。
「――――」
「――――」
一瞬。
イーディスの大きな碧眼に、まるで鏡のように、わたしの姿が映っているのが見えた。
わたしのその姿。
いつ間にやら、何故か竜を模したようなドレスを身に纏っており。
それはさながら。
葵の【竜纏い】の姿のようであり。
そして。
わたしが魂の奥底から憧れた、勇者の姿の、ようであって――――――
「――――――こんなところじゃ終われないっっ!! わたしはぁ!! 勇者にぃ!! なるんだぁぁあああああぁぁぁあああああっっっっっっ!!!!!!!!」
天を穿つほどに、壮絶な戦いの果て。
――やがて、決着が着いた。
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