第38話
「やあっ!!」
わたしの漆黒の大剣が大地を穿つ。
「……ふんッ!!」
イーディスの紫黒の剣が虚空を切り裂く。
「らぁああ!!」
わたしは漆黒の大剣を袈裟切りに振り、大地が裂ける。
「……はあッ!!」
イーディスの紫黒の剣は、虚空を横文字に切断する。
「よおっ!! ……あ、あれ、ふん、ふんっ!!」
わたしの漆黒の大剣は地面から抜けない。
「……はッ……!?」
イーディスの紫黒の剣は手からすっぽ抜けてあらぬ方向へ飛んでいく。
「……おらぁあああ!!」
仕方がないのでわたしはイーディスの足をひっかけ転ばせる。
「へぶぅ!?」
顔からずっこけたことを確認すると、わたしはイーディスの紫黒の剣を拾いに走り、それをより遠くへ放り投げる。
「……あっ」
放り投げた後にあれそのまま使えばよかったと頭によぎるがもう遅い。
「き、汚いです!! それでも天使ですか!?」
わたしは即座に思考を切り替えると、その隙に漆黒の大剣を抜くことに努める。
「……ふんっ、ふんぁ!!」
まずい、抜けない……。
「聞きなさい!?」
……くそ、こうなったら。かくなるうえは!!
「あ、あおい!! たのむ!! 剣抜くのてつだってくれない!?」
「貴方先ほどからプライドというものはないのですか!?」
「う、うるさいな!! そんなもんに固執してるとやがて身を滅ぼすんだぞ!!」
「急になんなのです!?」
「この前読んだマンガにそう書いてあったんだ!!」
「マンガ知識!?」
「――なにこの惨状は……」
見ると葵が心底呆れた顔をして、そんなことを呟いていた。
「幼稚園児の喧嘩でも君らよりかは幾らかマシだよ」
「誰が幼稚園児だ!!」「誰が幼稚園児ですか!?」
「幼稚園児以下だって言ってるの」
「ちがうわ!!」「違います!!」
「違くないよ。誰がどう見てもそう口にするよ」
「「……」」
……わたしは終始真面目で必死にやっているため葵のその言い分には賛同できないが、しかし膠着状態であることは確かである。なにか手を打たなければ。
そんなことを考えていると、紫黒の剣を捨てられて手ぶらのイーディスが突如として葵に目を向ける。
「……? ああ、私を模倣しようとしているの? アリスが思いのほか使い物にならなかったものだから」
「言い方考えろよ!?」
「……ッ。バレてしまいましたか。しかし、わたしの権能は使用に魔力を消費しない。もはや手遅れですよ」
「ん。別に構わない」
「……どういう意味です」
「私はアリスの思惑に早々に気づいたからね。君らが遊んでいる間もずっと、私は私の魔力出力をほとんどゼロにまで落としていた」
「……なっ」
「つまるところ、今の私を模倣したところで魔法も権能も使えないってこと。流石に身体能力まで落とすことは出来なかったけれど、魔力なしの私の身体能力なんて精々が女子高生レベル。でもまあそれも、君たち幼稚園児には出過ぎた力かな。ああ、幼稚園児ですらないんだっけ。ごめんゆるちてねー」
「わたしたちへの悪口止まんないな!?」
……とはいえ葵がそれに気づいてくれていたことに、わたしは内心ほくそ笑む。これで賭けの一つ目の要素はクリアだ。そして二つ目は、
「なあイーディス」
「……なんでしょう」
「おまえなんでずっと〈鏡の国〉を解かないんだ?」
「……ッ」
「わたしのこの身体能力をバカにするなら、模倣なんてやめて素の自分の実力で戦えばいいだろ?」
「……」
「それとももしかして、もう解いてるのか? 〈鏡の国〉をさ。だったらおまえの実力だって大したことないんだな。身体強化魔法をかけたわたしと同レベルだ」
「――ッ」
イーディスの表情がわずかに歪む。図星のようだ。
自分のことを棚に上げた発言に、我ながら思うことがあるけれど今はそうじゃない。
「……仮にわたしの身体能力と魔力が、強化魔法を施された貴方と同レベルだとしてなぜそう思ったのでしょう」
仮に、とか言っちゃってるしほぼ確定で黒である。
「なぜって、そりゃあ――強化魔法なしの素のわたしの身体能力で、そこまで動ける体力があるとは思えないからだよ!!!!」
「悲しい理由!?」
「客観視できてるって言えっ!! っとお……!」
「……くっ」
そうこうしているうちに、わたしは地面から【終焉魔剣】を引っこ抜くことに成功する。対するイーディスは剣をわたしに放り投げられ丸腰状態。わたしが一番危惧していた〈鏡の国〉関連も何とかなっていたことがたった今判明したところだ。要するに。
……攻めるなら、今しかない――!!
そう思った瞬間だった。
「――致し方ありませんか」
「――っ!!」
イーディスがおもむろに、右手を天に向けて掲げた。刹那、銀色の魔力が大渦を巻いて集約し始めたのだ。ザザザァ、と海が荒れ始める。辺りの砂浜から砂が舞い、わたしもイーディスのその凄まじい魔力によって引き寄せられてしまいそう。
わたしは駆けだそうとした足を止め、数歩距離を取る。すると、イーディスが口を開いた。
「このわたしが本当に、貴方ごときと同じレベルだとお思いでしたか?」
「……うん。ぶっちゃけ、しょうじき」
「……ッ。……た、たしかに身体能力はそうだと認めてあげなくもないですが。しかし、魔力の練度は貴方と比べるべくもない。先ほどまでは万が一を想定し、温存していましたがそれも最早ここまででしょう」
「……っ」
……マズイな。イーディスの魔力もわたしと同じで大したことないと思っていたのに。いや正確には大したことないといいな~と思っていたのだが。まさか今までの戦い、イーディスが魔力を温存していたからこそ成り立っていたものだったとは。くそ、いったいどうする。どうすればいい……。
「……ふふふっ。ようやく貴方を殺せます。ロリーナ姉さまの娘などと名乗る不届き者を。この手で!!」
イーディスは歓喜の表情を浮かべている。
「……江の島の時からずっとロリーナ姉さまロリーナ姉さまって。なんでおまえはわたしを狙うんだよ?」
とりあえず時間稼ぎをと思い咄嗟に出た言葉だったがしかし、出会った時からずっと疑問ではあった。イーディスのその容姿や発言から、彼女がママの妹だということはなんとなく理解していたが。けれどわたしとイーディスは初対面だったはずなのだ。しかもイーディスは最初から天使としてではなく、一個人としてわたしに恨みがあるような言動ばかりとっている。意味が分からなかった。
「なぜ、ですか」
「そうだよ。正直心当たりが全くと言っていいほどないからな!」
などと言いながら、わたしは周りをキョロキョロと忙しなく見渡している。打開策を見つけるためだ。
……なにか、なにかないか!? この最悪の状況を打破できるなにか!!
「――そんなもの、決まっています。貴方がロリーナ姉さまの娘だからです」
「……へっ? わたしが、ママの娘、だから?」
そうイーディスが言い、わたしはおもわず打開策を探すことをやめイーディスを見やる。それってどういう、
「わたしは幼いころ、ロリーナ姉さまと契りを交わしたのです」
「ち、ちぎり……?」
「かつてロリーナ姉さまは、わたしにこう言ってくれました。『大きくなったら、イーディスと結婚してあげるね?』、と」
「……けっこん?」
……な、なんだこの空気。なんだこの背筋をなぞられているかのような感覚は。
「そう、言ってくれたのです。あの日の姉さまの表情は忘れられません。女神のように美しく、それでいて慈母のように優しい笑顔で、そう言ってくれたのです。わたしは舞い上がりました。ええ、舞い上がりましたとも。今も忘れられないほどに。毎日夢に見るほどに。なにせ姉さまはこれまでもこれからも未来永劫ずっと、わたしの憧れだったのですから」
「……え、ええっと」
「――わたしはぁ!! ロリーナ姉さまを愛しているのですッッ!!!!」
「……」
イーディスの叫びが、藤沢中に轟いた。
「近親だとか同性だとか、そんなものは微塵も関係なく!!」
「……」
「わたしは! ロリーナ姉さまを! 一人の女性として! 愛しているのですッッ!!」
「……」
高らかにそう宣言するイーディスに、わたしは絶句してしまっていた。
……いやいまなんて? ママを、愛している? イーディスが?
「わたしはロリーナ姉さまを愛しています。頭のてっぺんからつま先まで、髪や爪までもすべて!! ロリーナ姉さまの匂い、一挙一動、容姿や性格など言うまでもなく!! わたしはロリーナ姉さまのすべてを愛していますッ!! 細胞単位でまでと言っても過言ではないくらいにッッ!! わたしは可憐で美しく優しい、聡明で淑女なロリーナ姉さまを、心の底から愛しているのですッッッッ!!!!」
マジかコイツ。
「それなのにロリーナ姉さまは、どこの馬の骨とも知らないケダモノに……。そんなのはきっと間違いです。ロリーナ姉さまに限ってありえない。ロリーナ姉さまは、魔王恭一に脅されており仕方なかった……。だからわたしは、何が何でも貴方を殺さねばならないのです……」
「いやなんでだよ!?」
「貴方を殺せば、ロリーナ姉さまに娘はいなくなる。つまり、姉さまの純潔は守られます」
「なにがつまり!? 意味が分かんないよ!!」
「そして貴方を殺した次は魔王恭一……。奴こそがすべての元凶。諸悪の根源。今日ここで、このわたしが負の連鎖を断ち切ります。見ていてください、ロリーナ姉さま」
「……」
……ああこいつ、たぶん壊滅的に頭がおかしいんだ。
……なぜこうも、わたしの周りには変態ばかり集まってくるのだろう。わたしはなにもわるくないのに。くやしい。
「さあ、いい加減終わりにしましょうッ!!」
などと考えている場合じゃない!
相手がいくら変態だとしても、絶大な魔力をその手に宿し今にも解き放たんばかりな事態であることは変わりない。対するわたしは初級魔法すら使えず頼みの綱はこの【終焉魔剣】一本のみ。はっきり言って絶望的なのだ。……どうする。どうするんだわたし!?
「――はあああぁッ!!」
やがて、イーディスはわたしに向け銀色の渦巻く魔力を解き放つ。
「――っ」
おもわずわたしは目を見開く。
――ゴオオオォオ、と轟音を響かせながらその銀色の魔力はわたしに迫る。
「……っ」
やはりわたしには【終焉魔剣】しか残されていない。かといってあの魔力をぶった切られるほど、わたしに剣の技量はない。……だったら。
この瀬戸際でわたしに選択肢などない。
……やるしかない。やるしかないんだ。やってやろうじゃないか!!
「――っ!!」
わたしは覚悟を決めると、【終焉魔剣】を逆手に持ち替え胸の前で構えた。そして、先ほど江の島で見たパパの姿を思い出す。
構えは……たぶんこれであっている。後は、この【終焉魔剣】に魔力を込めれば先刻パパがやっていたようにこの剣に内包されている闇が展開できるはず。
わたしはパパと、そしてママの娘なのだ。パパに出来て、わたしに出来ない道理なんてないっ!!
そう自分に言い聞かせながら、わたしは己のうちに眠るらしい莫大な魔力に集中する。
「莫大だか何だか知らないけど、ほんの少しでいいっ!! 今は魔法なんて使えなくていいっ!! この瞬間を切り抜けられるだけの魔力を、剣にっっ!!!!」
イメージ……イメージ……イメージだ。
とにかくイメージしろ。わたしの莫大な魔力を。剣に一気に注ぎ込むイメージを!!
そうしてわたしは、【終焉魔剣】に大量の魔力を注ぎ込むイメージで、魔剣の秘技を解き放つ――
「――【死者之国】っっ!!」
――しかし。
「――っ。……な、なんで!?」
何回力を籠めようと、何回魔力をイメージしようと、【終焉魔剣】はうんともすんとも言わなかった。
「……なんで、なんで!? た、たのむよ!! ……このままじゃ」
そんなわたしの叫びも虚しく、銀色の魔力の渦はすぐそこに迫っていた。
「――」
届く。届く。届く。届く。
一瞬の間が。まるで無限の時に引き伸ばされたかのように、それはとてもゆっくりと感じられた。
イーディスのその魔力は、あと一秒も待たずにわたしに届く。
わたしは何もできない。この土壇場で回避することもできず、【終焉魔剣】の力を引き出すことさえ叶わない。
銀色の魔力に、飲まれる。
すぐそこに迫る未来が、ありありと思い浮かぶ。
届く。届く。届く。届く。
届く。
――わたしじゃ、ダメなのか……?
――やっぱりわたしは、勇者には、なれないのか……?
――勇者にもなれず、わたしは、こんなところで。
――……ごめん、葵。
そんな言葉が、脳裏に浮かび――
「――――【神纏い】」
――瞬間、しゃん、と、鈴が鳴るように透き通った、美しい声がする。
シトラスミントが、香る。
「――今度は、目をつむらなかったね」
「――ぇ?」
わたしはふと、声がした自分のすぐ隣を見やる。
するとそこには、輝く白色の羽衣を纏う、しかしそれ以外はいつも通り、けれどやはりどこか神々しい、制服姿の葵が佇んでいて。
葵は一瞬、こちらに目を向け――
――刹那、薄い唇を開くのが見えた。
「――――【守護之神(ヘスティア】
――――【破壊之神(アレス)】」
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