第37話

 閃光魔剣とやらを使ったいきなりのわたしの登場に呆けている葵をよそに、わたしはイーディスと相対する。しかし、こうして向かい合うと本当に鏡映しのようだ。改めてイーディスは、わたしにとても良く似ている。もしくは、わたしがイーディスに良く似ているといった方がいいだろうか。


 わたしはパパから借りた漆黒の巨剣、【終焉魔剣〈死者之神〉】を構えなおす。とは言うが、【終焉魔剣】に刻まれている使用者への身体強化魔法をもってしても、この大剣はわたしには重すぎた。先ほどから切っ先が地面から離れないのである。


 ……いくら土壇場で超絶クールに登場したといっても、これじゃカッコつかないよなぁ。いやまあ、今はそんなことどうだっていいんだけどさ。


「……貴方、どこまでもわたしに楯突く気なのですね」


 そう憎々しげに言うイーディスは、いつの間にか〈核喰らい〉を解き外套姿に戻っていた。おそらく、模倣対象をわたしに切り替えたのだ。イーディスはここぞというタイミングで堂々と登場したわたしに、何かとっておきの策があると踏んでいるのだろう。そこでわたしを模倣するのだ。


 わたしがどんな一撃必殺技を持っていようと、イーディスがわたしを模倣し続ける限りはわたしはイーディスの下位互換であり続ける。だからこそ、一見どう考えてもわたしなんかより葵を模倣していればいいと思いがちなところを、万が一を考えイーディスはその模倣先をわたしに変えてきたわけだ。


 葵を圧倒する力を持っていながら、パパと葵をいっぺんに相手取らなかったりとこいつは結構用心深い。


「……あ、アリス、どうしてここに」


 後ろから声がする。呆けていた葵が帰ってきた。


「whooで追ってきたんだよ。ほら、この前入れさせただろ?」


 whooとはスマホの位置情報共有アプリのこと。熱海旅行から帰ってきた後、葵が少しの間行方をくらませた一件から、わたしは葵のスマホにwhooを入れさせていた。


「そうじゃなくて、どうしてここに来たの。はやく逃げて――」

「――逃げないよ。だってわたしは、葵を助けるためにここに来たんだから」

「……ッ。なん、で」

「……なんでって、そりゃあ。……葵が、いなくなると、わたしが……困るから、だよ」

「……」


 照れくさくなって、後半尻すぼみしてしまう。ええいなんだこの雰囲気は! わたしこういうの恥ずかしくてあんまり好きくないぞ!!


「ええっと、だからー!! 葵こそ、そこで休んでいて。無理させちゃってごめん。そして、わたしのために戦ってくれてありがとう。わたしはもう大丈夫」

「……」

「あとはぜんぶ、任せてくれ!!」

「――ッ」


 わたしがそう言うと、葵は目を丸くして再び固まってしまった。やがて彼女は小さくうなずき「無茶は、しないで」と声をかけてくる。納得してくれたみたいだ。


「うん、そうだな。やばくなったら助けてくれ」

「なにそれ。私を助けに来たんじゃないの?」


 葵にいつもの調子が戻ってきたことを確認したわたしは、おもわず笑みを浮かべる。


 そして、わたしはイーディスに向き直った。


「貴方では逆立ちしてもわたしには敵いませんよ。しかし、そう自信満々にここに来たからにはあるのでしょう? わたしをどうにかできるかもしれない策が」

「その通りだ。持ってきたぞ、とっておきをな!!」


 わたしは両手で【終焉魔剣】を固く握りなおす。

 刹那、わたしとイーディスとの間にピリッとした空気が立ち込め始めた。

 潮の満ち引きする音が、やけによく響く。


 これが、真剣勝負の空気。一歩下手に動けば、すぐ様に切り捨てられてしまう。そんな嫌な想像が容易に頭に思い浮かぶ。実際その通り、これは命のやり取り。わたしにとっては圧倒的に非日常。遊びでもゲームでもなんでもない。一秒後にどちらかの命が潰えていても、なんらおかしくないものなんだ。


 ……実を言うと、わたしは未だにちょっぴり怖い。いや、この際心の中でくらい見栄を張るのはやめにしよう。


 めっっっっっっっっちゃ怖い。今も脚が震えるのを必死に抑えつけているくらいに。いや普通に震えてんなこれ。


 しかし、そんなことは言っていられないのだ。もうあんな思いはしたくない。動けずに葵を助けられなくて、あんなに惨めな思いをするのは二度とごめんなのだ。怖いからって逃げ出して、葵を失ってしまうことの方が、わたしにはよっぽど怖いことだから。弱い自分になってしまうことの方が、わたしはなによりも怖いから。


「――はぁああぁああああああ!!!!」


 そんな恐れを振り切るように、わたしは【終焉魔剣】を引きずりながらイーディスに向かって走っていく。やがて、【終焉魔剣】によって施された身体強化魔法を全開にして、わたしはイーディスに向け、漆黒の大剣を思い切り振りかぶる――


『……よろよろよろよろ~~』


 どこかからそんなオノマトペが聞こえてきた気がした。

 イーディスに向けて放ったはずのわたしの渾身の一振りは、イーディスには届いておらず、あまつさえイーディスの足元の砂浜に浅く刺さったのみだったのだ。


「なっ!? わたしの一撃をこうも容易く! おまえいまどうやって回避したんだ!?」

「回避してませんけど!? 貴方が勝手にわたしの足元に剣を刺しただけなんですけど!! しかもなんですか今のは!? 剣軸もなにもあったもんじゃないブレブレの一振りでしたよ!? よくそれで堂々とここに来ることが出来ましたね!!!!」

「そ、そこまで言わなくてもいいだろ!! パパの言いつけで剣を振るのは18歳まで禁止ってことになってたんだっ!! 剣なんて振ったこともなかったんだよ!! でもそれにしては良い方なんじゃん!?」

「自分を肯定するので必死ではないですか!?」

「う、うっさいわい!!」

 わたしは地面から【終焉魔剣】を引っこ抜き、構えなおそうとする。

「……はぅわ!!」


 引っこ抜いた反動で後ろに転んでしまった。お尻が痛い……。


「……呆れました。貴方には心底。終わりにしましょう」


 イーディスがそう言い、紫黒の剣を片手に携えながらわたしに向かってきたのは、わたしが立ち上がりお尻の砂を払っている今まさにその瞬間だった。


「――死になさい」


 いつの間にか、イーディスがわたしに肉薄していて。

 ……ま、まずい!! 斬られ――!!


『……よろよろよろよろ~~』


 再びそんなオノマトペが聞こえてきた気がしたのは、気のせいなんかじゃないのかもしれない。


 わたしを狙っていたはずのイーディスの剣は、わたしの隣の地面に浅く突き刺さっていた。


「「……」」


 ……まあそれもそうだ。わたしがああなるのなら、そりゃあイーディスもこうなるだろう。なにせ今のイーディスは、〈鏡の国〉でわたしを模倣している。わたしのこの身体能力を模倣しているのだから。


「――なんなのですかこの身体能力はっ!? これでは歩くことすらままならない!!」

「歩くことくらいままなるよっ!! わたしはこれで16年間生きてきたんだぞ!? 由緒正しき身体能力なんだっ!! 撤回しろ!!」


 ……と思わず叫んでしまったが、お察しの通りこれこそがわたしのとっておきだ。


 イーディスの〈鏡の国〉はあくまで相手の能力を模倣するのみ。パパから借りたこの【終焉魔剣〈死者之神〉】は武器であるから、当然その権能の対象外。つまり今のイーディスはわたしの身体能力と魔力を模倣しただけの、……んまあ言ってしまえばただのパンピーだ。わたしの初級魔法ですら使えない魔力で、イーディス自身が持つ身体強化魔法を発動できるとも思えない。


 よって今【終焉魔剣】の身体強化魔法によりわたしだけが身体強化が出来、一方のイーディスは身体能力も魔力もすべてわたしの下位互換という、そんな状況を作り出すことにわたしは成功したわけなのだ。


「わっはっはー!! どうだ!? 立場がガラッと逆転した気持ちは!?」

「……先ほどの有様を見る限り、わたしと貴方で差があるようには感じませんでしたが」


 わたしは精一杯相手を煽り、虚勢を張る。

 ここまでは順調。しかし、ここから先は100パーセント賭け。お祈りタイムだ。しかし、そんなことを奴に感づかれるわけにはいかない。元々針の穴に糸を通すレベルの無理難題をしているのだ。精々ハッタリを効かせて、少しでも勝てる見込みを上げておこうじゃないか。


「わたしのパチモンが!! かかってこいっ!! けちょんけちょんにしてやるよ!!」

「……っ!」


 イーディスのこめかみに、青筋が浮かんだのが見えた。さあ、ラウンド2だ!!

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