第23話

 ガタンゴトン、と、心地よく車両が揺れている。今は熱海旅行の帰りの電車内。予定外のアホの参入により、急遽ニブチン大魔王の捜索に出なければならなくなったためだ。


 車内には私、アリス、ダイナ以外に乗客はおらず、貸し切り状態であった。といいつつも、私が人払いの術式を使っているだけなのだけど。人がいないため、電車の揺れる音がやけに大きく、良く響く。


『まもなく根府川、根府川です――』


 私たちの座る座席の背景には、車窓の真ん中まで目いっぱいに広がる水平線。遮蔽物も何もないその光景はまるで、電車が海上を走っているのかと錯覚してしまいそうなほど。夕焼けに照らされて、橙色に輝く海はトパーズのようで。首だけを動かして、半身で海を眺めていた私はおもわず目を細める。


 今朝アリスにはああいったけれど、神奈川の海も案外綺麗だ。まあ根府川が神奈川県だというのには、諸説あるけれど。


「……すう、すう」


 そんな絶景には目もくれずに、私の隣に座るアリスとそのまた隣に座るダイナは眠りこけている。ダイナは大口を開けて仰向け、アリスは頭を私の肩に預けて、心地よさそうに規則正しく寝息を立てていた。


 私はアリスの頭を撫でる。さらさらで一本一本が細く、絹のような髪だがしかし何度撫でても頭頂部のアホ毛だけがぴょーんと跳ねる。

 これ、どうなっているのだろう。触り心地はほかの髪と変わらないのに、アホ毛だけ異常に頑固だ。これはこういうものだと納得しておいた方がいいのだろうか。


「……むにゃ……んぅ」


 瞬間、アリスが両手をもぞもぞと動かし始めたかと思いきや、急に私に抱き着いてきた。


「――っ!」


 アリスのいちごミルクみたいな、甘く良い匂いが鼻腔に充満する。

 相変わらず頭を私の肩に乗せたままだが、小さな両手を私の身体に回して抱き着いてきたのだ。ぷにぷにのほっぺで私の肩に頬擦りしている。私を抱き枕かなんかだと勘違いしているのだろうか。いやだったらなろうじゃないか、なってやろうじゃないか。むしろなりたい、なってみたい。アリスの抱き枕に。


 こんな可愛い生き物の抱き枕になれるのなら、わざわざこの無情な世に生まれ落ちた甲斐があったというものである。


 私はそっとスマホを取り出して内カメに。スマホを掲げてピースする。ぱしゃ。

 よし、好きピとツーショ撮れた。まぢ無理死ぬ。……ってそうじゃない。

 私は緩み切った表情を引き締める。海から、アリスからも視線を外し私は正面、向かいの座席に目を移す。


「……」


 ガタンゴトン、と、心地よく車内が揺れる。

 車窓から、夕日の紅い光が差す。一瞬だけ、向かいの座席が照らされる。

 向かいの座席に座る、ある〝人物〟と目が合った。その人は無言でこちらに向け、にこりと微笑む。


 人好きのする、懐かしい笑顔だった。それを見て、少しだけ。私の鼓動が速くなったと思ったのは、多分気のせいではないのだろう。

 私は過去に自分を置いてきた。けれど私の心は未だあの日の琥珀に、囚われたままなのだ。


 どうしても彼女を見ると、そんな感傷に浸ってしまう。変なところはないかと、自分の服装を見つめ直してしまう。つい髪を整えようと、手が頭に伸びそうになる。


 ――昔の自分に、戻ってしまいそうになる。


 そんな自分が〝ほんの少しだけ〟嫌いで。だから私は、そんな自分を〝必死に〟抑えつけながら。


「……」


 ガタンゴトン、と、車内が揺れる。

 そうして私は、努めて何でもないように、ようやく自分の口を開く。



「久しぶりだね。――ロリーナ」

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