第22話

 脱衣所に場所を移し、わたしと葵は服を着る。一方ダイナは鎖でぐるぐる巻きにされた後、治癒魔法をかけられていた。今は身を動かして、ガシャンガシャンと元気に鎖を鳴らしている真っ最中。


「やかましいよ! 暴れんな!!」

「アリス様、目を覚ましてください!! あなたは今そこの卑劣な賊に洗脳魔法をかけられているのです!! ダイナにはわかるのですよ! 今のアリス様の眼(まなこ)は確実に腐っています!!」

「腐ってねえよぶっとばすぞ!! 洗脳魔法なんてかけられてないよ!!」

「……おお、なるほど」

「葵も葵でその手があったかみたいな顔してんじゃねえぞ!?」


 ツッコミが追い付かない。日本は変態+アホ、もしくは変態×2を同じ空間に居させてはならないって法律を至急作るべきだ。変態×2+アホは言うまでもない。なんなんだこの世界一馬鹿らしい方程式は……。


「強情ですね!! あくまで洗脳されていないと仰られるのであれば、私とアリス様しか知らない思い出の一つや二つ、言ってみたらどうです!!」

「んえ?」


 ダイナがそんなことを言う。こいつは鎖にぐるぐる巻きの状況でなぜこんなにも強気なのだろう。でもま、そんなんで納得するのなら安いものだ。わたしはダイナとの思い出を振り返る。わたしとダイナしか知らない思い出……なにかあっただろうか。


 ……おっ、あれなんかいいんじゃないか?


「……ええっと、昔パパの誕生日にわたしがケーキをプレゼントしたいって言いだして。わたしとダイナの二人でケーキを作ったんだけど二人とも不器用だったからどうしても上手く作れなくて。仕方がないからダイナがケーキ屋さんのケーキを買ってきて、それを手作りだって嘘を言ってパパにプレゼントしたことがある、とか?」


 懐かしいな。

 パパ、比喩でもなんでもなく泣いて喜んでいたっけ。ケーキ屋さんのケーキくらい美味いっていいながら。それ、ケーキ屋さんのケーキだよとは口が裂けても言えなかったけど。


「これでどうだ?」


 納得してくれただろうか。わたしはダイナの表情をうかがうと、


「よわいっ!!」

「よわいってなんだよ!? バラエティ番組かっ!」

「……うーん、35点。私ならアリスが作ったケーキかそうじゃないかくらい、瞬時に見抜けるけどね」

「勝手に点数付けんな! ややこしくなるからおまえは黙ってろっ!」


 一体どうしたらダイナは納得するんだ!?


「とはいえ恭一様に市販のケーキを贈った話は、私とアリス様しか知らない話に他ならない。よく見てみれば術式を使われた形跡もありませんし。どうやらアリス様が洗脳されていないというのは事実らしいですね」

「納得するんかいっ!!」


 ごく当たり前のことのように、ぬけぬけとそんなことを言い放つダイナ。こいつ、どうしてやろうか。


「ではなおさらなぜ、アリス様はイズミごときと一緒にいるのですか?」


 ……言い方に棘があるな。おおかた昔、葵がダイナにロクでもないことをしたのだろう。


「なぜって、葵とわたしはその……ともだち、だからだよ」

「……友達、ですか。……おいイズミ」

「なに?」

「アリス様に変なことをしたら、私は即座に貴様を叩き斬るからな。ゆめゆめ忘れるな」

「わかった」

「……」


 もうされているのだが、そんなことを言ったらそれこそ話が捻じ曲がるので黙っておく。んなことよりも、わたしはダイナに訊きたいことがある。


「それよりもさ。ダイナはさっき、光ってる扉に触れて気づいたらこっちに来てたって言ったよな? それにわたしの魔力を追ってきたとも」

「……? はい、そうですが」

「……あの扉は藤沢に繋がっていたはずだけど」


 少なくともわたしとパパはそうだったはずだ。しかしここは熱海。わたしと葵は電車に乗って熱海まで来たがダイナは電車の乗り方など、ましてや公共交通機関など使えるはずもない。一体どうやってここまできたのだろう。


「……フジサワ? ああそういえば、聞き込みをした時にここはカナガワケンのフジサワシだって複数人に言われましたね。地名を訊いてもわからなかったため、魔力探知に切り替えてそれからアリス様を追ってきたのです」

「いや追ってきたって……。だからどうやって」

「うん? 普通に走ってきましたよ?」

「……は? ……ガチ?」

「……ガチ、とはなんでしょう?」

「……ふつうにはしってきた?」

「……? 普通に走ってきましたが」

「……」


 ……普通、とはなんなのだろう。その謎を解明するべく、わたしはおもわずアマゾンの奥地へと向かいたくなる。


「まあ、一件落着ってことで。とりあえず藤沢に帰ろう。こうなった以上、なおさら恭一君を探さなくちゃいけなくなったし」


 葵が珍しくまともなことを言っている。


「恭一様もいらっしゃるのですか!? やはり恭一様も、そしてアリス様も同様にあの奇妙な扉に触れて行方不明になっていたということか!!」

「恭一君はこっちでも行方不明だけどね」

「なぜ!? イ、イズミ! どういうことだ!?」

「そのままだよ。お菓子コーナー見てくるーって言って、どっか行ってからそれっきり」

「どこのちびっこだよそれっ! わたしのパパはもうちょっとだけ大人だ!!」

「……ちょっとだけなんだ。冗談のつもりだったんだけど」


 ……ってあれ? パパは確かに行方不明だけど、今ダイナが呟いていた通り魔導王国タナカではわたしも行方不明扱いになってる? 


 いや、よくよく考えてみたらそれどころじゃない。パパもダイナもそしてわたしも、もしかして行方不明……? 魔王と魔王の娘と元騎士団長が一斉に行方不明になっている……?


「……」


 うぅむ。魔導王国タナカは、もしかすると立国以来最大の危機に陥っているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る