第21話
剣風が吹く。
ダイナは筋力の赴くままにあちらこちらに剣を振り回している。素人のわたしでもわかる、型もなにもあったもんじゃないダイナの剣技はしかし、彼女の圧倒的な膂力によって強制的に強者の剣へと昇華されていた。あの華奢なダイナのどこにあんな筋肉があるのか。世界は不思議に満ちている。
一方の葵はそんな無茶苦茶なダイナの剣を、的確に最小限の力でいなし続ける。葵の動きは軽く、それでいて速い。まるで蝶が舞っているさまを眺めているかのような優雅さを感じる。脳筋のダイナに対して技能の葵、といったところだろうか。
……ってあれ? わたしさっきから二人の戦いが普通に見えるな。この前のパパと葵の戦いは速すぎて途中からは全く見えなかったのに。なんでだろう。
「アリス、この前何も見えていなくてつまらなそうにしていたからね。今回は私が気を利かせてアリスに支援魔法をかけた。私たちの動きをギリギリ視認できるくらいには動体視力が上がっているはずだよ」
戦いの最中であるにもかかわらず、息切れ一つせずに葵がそんなことを言ってくる。
「勝手になにしてんだよっ! いやちょっとありがたいけどさ! わたしの知らない間に勝手に魔法をかけられてるその事実にぞっとするわっ!」
ていうか勝手に地の文を読むんじゃない!!
とその瞬間、ガァン、と鈍く重い音が響く。
葵は直剣を真正面に振り切り残身。対するダイナは葵の攻撃を剣で受けたようだが、勢いまでは殺せずに後方に吹き飛ばされていた。
「――ぐッ……!」
空中に放り出され、バランスの取れない両腕両脚を動かしなんとか着地。ダイナは体制を整える。
「君、強いね。魔力総量はともかく、その一般人並みの魔力出力と操作精度でよくここまで動けるものだよ」
「……それは褒めているのか?」
「……うーんそうだね、褒めてもいるけれど。魔力の使い方がまるでなってないともいえるかな」
葵がそう言った瞬間だ。頬に、突き刺すような冷気を感じた。
「魔力はね、――こう使うんだよ」
ぽつぽつと、葵の周囲には無数の水玉が浮かび始める。次いで、その水玉たちは飴細工のように形を変え始めた。にゅー、と伸びて、細い針のように形が整う。
刹那、葵が指を鳴らす。見ると、細い針の形をした水が一瞬にして凍ったのだ。宙に無数に浮かぶ、ナイフのように鋭い氷たちは、そのどれも切っ先がダイナに向いている。
「果たして、受けきれるかどうか。試してみよう」
「――ッ!」
ザアアアアア、と雨が降るかのように、氷は一斉にダイナに向かって光速で放たれた。
構えていたダイナは、その氷が間合いに入るや否やその悉くを剣で払い、砕いていく。しかしその間にも葵は新たな氷の刃を作成、射出を繰り返す。初めは無傷であったダイナも徐々にその身を氷の刃に刻まれ、辺りに鮮血が散っていく。
ザアアアア、ザアアアア、ザアアアアア、ザアアアアアアアア。
雨音は止まらない。
「……っ」
なにもしていないはずのわたしは、気づけば息を呑んでいた。
わたしは、ダイナの強さを知っている。警備がザルな魔王城には、たびたびパパやわたしを狙った襲撃があった。襲撃者も、場所が魔王城と知って乗り込んできているのだからある程度の強さはあろう。しかしそのすべて、相手をなすすべもなく無力化してきたのはほかでもない、わたしの専属騎士、ダイナなのだ。わたしのパパ、『魔剣使い』魔王恭一には及ばなくとも、ダイナが世界で指折り数えるほどの強者だということは、わたしが身をもって知っている。それはまごうことなき事実であるはずなのだ。
けれど。
今わたしの目に映るのは、そんなダイナが防戦一方であるこの光景。
反撃すら許してもらえず、あのダイナが守りに徹している。なのにもかかわらず徐々に消耗しつつある。相対するは、氷のように冷たく無表情な少女。その顔には、一切の陰りもない。
――葵の強さは、圧倒的だった。あのいつも変態な葵に、どこか薄ら寒いものを感じるほどに。
「……ッ。ハァ……ハア……ハア……」
剣を杖代わりにして蹲り、ダイナは荒い呼吸を繰り返す。
「ちょ、ちょっと葵。や、やりすぎなんじゃ……」
「……ごめん。アリスをチュッパチャップスできると思ったらつい」
「できないからな!? そもそもなにする気なんだよっ!」
そう言いつつも、わたしは葵の表情がいつもの無表情に戻っていることに安堵した。……いやどっちも無表情だけどさ。さっきは何か、いつもの葵とは違うものを感じたのだ。
「……ぐぅ、ま、まさかここまでとは。どうかせめて、アリス様だけでも逃げて……」
ダイナが息も絶え絶えにそんなことを言う。
「……逃げないよ。まったくお前は、いつもいつも人の話も聞かずにさ。おい葵、いつもの」
「まかせろり」
葵がどこからともなく虚空からとりだしたのは、毎度おなじみ鎖ちゃんだ。
日本に来てからというものの、身内が縛られるところばかり見ている気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。
「……へくちゅ」
「可愛いくしゃみ」
「……うるさいな。葵が氷なんて出すからだよ」
……落ち着いたらなんか寒くなってきたぞ。そういえばわたし、さっきからずっと裸だったな。
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