第20話

「アリス様! ようやく見つけました!!」


 水煙の中から声が響く。そこから姿を現したのは、


「ってダイナ!? な、なんでここに!?」


 頭に二本生えている角は魔族の象徴。魔導王国タナカの元騎士団長にして、今は魔王城に住み込みで働くわたし専属の騎士。長年一緒に暮らしてきたわたしにとっては、お姉ちゃんみたいな存在。……いや妹か?


 とにかく、そんなもはやわたしの家族といっても差し支えない存在である女騎士ダイナが、なぜか目の前にいた。


 ……ていうかこいつら、なにか爆発させないと登場できない呪いにでもかかっているのだろうか。そうでもないとつじつまが合わないと思う。


「もうほんとに大変でしたよ! でもよかった! アリス様を見つけることが出来て!」


 ダイナはオレンジ色のポニーテールを犬の尻尾みたいにふりふりしている。そんなにわたしを見つけられて嬉しいのか。もしかしてだが、ダイナもパパ同様わたしを追って日本にまで来たのかな。だとしたら申し訳ないことをした。


「寝起きでふと変な扉に触れたのが運の尽きでしたね。なんか光りだして気づけばよくわかんない土地に一人で放り出されてて……。先ほどからアリス様の魔力を探知して手当たり次第に突撃していたのですが、ようやく見つけられましたっ! アリス様の初級魔法も使えないやたら未熟なのに、その癖膨大でやはりダダ漏れな魔力が、今回に限っては功を奏しましたね! 魔王城への帰り道がわかんないのでこのダイナ、アリス様に助けてもらいたいです!!」

「……」


 前言撤回。こいつやっぱアホの子だ。あとわたしの魔力が膨大ってどこ情報だよ。


「おや? そちらの方は一体……むむっ」


 ダイナが葵に視線を映した途端、彼女は腰の剣の柄に手を伸ばす。いくらアホの子といえどダイナは腐っても元騎士団長。おそらく葵から強者の匂いを感じ取って警戒しているのだ。たぶん。わかんないけど。


 強者の間には強者間にしかわからない第六感みたいなものがありそうだろ? だってあいつら、ていうかパパとダイナ(多分葵も)は見てもないのに攻撃をよけたり、相手の気配を察知したり、ちょっとした未来予知みたいなこともするんだよ? だからたぶんそう。


「貴様、相当な手練れだな? 何者だ。……ん? その顔、どこかで」


 ほら、見ただけなのにダイナがあんなこと言ってる。って今はそんなこと悠長に考えている場合じゃないな。


「ま、待てよダイナ。こいつはわたしの友達のあお――」

「き、貴様まさかイズミか!?」

「……は?」


 イズミ? 葵の名字? なんでダイナが? 


「ご名答、こんにちはダイナ。私が恭一君の結婚式の招待状に激高して、単独で魔王城に攻め込んだ時以来かな」


 ……ほんとになにしてんだこいつ。ていうか葵はダイナとも知り合いなのか?


「昔、魔族は長命だと聞いたことがあるけれど、ダイナの様子を見る限り本当らしいね。あの時と変わらず綺麗だ。全く老いが見られない。惜しむらくは私がお姉さんタイプはあまり好みでないことだけれど」


 ……そして何言ってんだこいつ。どう考えたって今言うべきことじゃない。


「……世迷言を。私のタイプはお金持ちだ」

「世迷言は君ね」


 いやおまえもな。


「イズミ、いますぐアリス様を解放しろ。さもなくば貴様を斬る」

「いきなり話が飛躍したね」

「拒否するか。ならば構えろ」

「拒否してないよ。イエスもノーもいってないよ」

「御託はいらん!」

「ねえ聞こえてる?」

「聞こえてない!」

「聞こえてるじゃん」

「ええい、ごちゃごちゃと! 行くぞッ――!」

「……はあ、結局こうなるわけ?」


 葵はわたしをジト目で見ながら嘆息している。きっとわたしにあのアホを止めてほしかったのだろう。


 当のわたしはといえば、葵がツッコミに回るこの状況が物珍しくて思わず見入ってしまっていた。止めるべきだったか? いやでも一回止めようとしたし、ダイナ聞かなかったし。なによりあのアホが言葉なんかで止まるわけがない。だったら葵に一回ダイナをボコしてもらって、それから話をする方が手っ取り早いだろう。


 葵はパパと互角だったし多分ダイナより強い。だから頼んだ、がんばれ葵。わたしはニコっと笑って葵にサムズアップする。


「……ぐっ、可愛いのが今回に限っては妙にムカつく」


 葵が唸ったその瞬間、ダイナが腰の剣を抜刀し葵に向けて踏み込んだ。


「アリス。あとで私にご褒美だからね」

「わかった。チュッパチャップスで手を打とう」

「アリスをチュッパチャップスさせてくれるだって?」

「言ってねえよ! わたしをチュッパチャップスするってどういう意味だ!? お、おい聞いて――」

「やる気出てきた」


 相対する葵はそう言い残し、

 刹那。


「――【氷狼纏(ひょうろうまと)い 二式(にしき)】


 ――しゃん、と、鈴が鳴るように透き通った、美しい声がする。


 同時、彼女の周囲に青い氷がパキパキと音を立てながら出現、葵の身体を覆っていく。


 やがて氷が葵を完全に覆い尽くすと、いきなりガラスのようにパリィン、と砕け散る。


 氷から出てきた葵は、これまた異質な姿をしていた。

 先ほどまで裸だった葵は、氷で象られたような青いドレスを身にまとっている。黒かった瞳と髪は冷え切ったように青く変化。背中にはフードのついた黒いマントが伸び、左手には先日パパとの戦いにも使っていた直剣が携えられていた。


 この前と違う点といえば、葵の頭には犬耳みたいな灰色の可愛い耳、そしてふわふわの尻尾が生えているところ。前の竜纏い? は瞳と髪以外には体に変化はなかったように見えたが、これはどういう違いなんだろう。


 葵はザッと片足を踏み込むと、お湯で満たされていたはずの温泉が即座に凍り付く。まるで、小さいころにテレビを模した魔道具で見たアナ雪みたいだ。すごい。


「さあ、かかってきて。君とはまともに戦ったことがなかったね。いい機会だからこの私、勇者イズミの力の一端を見せてあげるよ」

「……もうそれつまんないぞ」


 また出た。葵の自称勇者。

 魔王の結婚の招待状を受け取って激高し、それで魔王城に攻め込むようなアホ勇者なんているわけないだろ。いないに百万ペリカ賭けるね。

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