第19話

「……気持ちいい。気持ちいいんだけどさ」


 続いて温泉に訪れたわたしたちは、海がよく見える露天風呂に入っていた。なぜかほかにお客さんもいなくて貸し切り状態。オーシャンビューで温泉自体も心身ともに休まる心地よさ。……けれど。


「……この温泉、爆発しないよね?」


 そうだ、そうなのだ。先ほどの温泉爆発(?)が気がかりでならなかった。


「大丈夫」

「……なんだよその自信。なにか根拠でもあるのか?」

「私、温泉ソムリエだから。温泉の味でその温泉が爆発するかしないかくらいわかる」

「……」


 ……なんだそれ。うさんくさすぎるだろ。私、勇者だから、みたいな語感で言われると途端に嘘っぽく聞こえる。

 葵は温泉に浸っていた人差し指をペロッと舐めると、


「うん、アリスの良いダシが取れてる。おいしい」

「なんのはなしだよっ!? いきなり気持ち悪いこと言うな!!」

「大体さ。温泉が爆発する爆発しないだなんて、そんなことどうでもよくない?」

「よくないよ! 死活問題だよっ! 葵はどうか知らないけど少なくともわたしは死ぬよっ!!」

「ん。じゃあ、いつ爆発してもいいようにアリスは私のそばにいるべき」

「んあ!?」


 そういうや否や、葵はわたしの両脇に手を入れてひょいっと持ち上げると自分の太ももの上にのせてくる。


「ちょ、ちょっと!! さ、さすがに恥ずかしいぞ……!」


 わたしは葵の太ももにのせられて、向き合うような体勢になっている。ここは温泉なので当然ながらお互い裸である。女同士、とはいえ裸でここまで密着するとなると普通に恥ずかしい。


 ……なんていうか、葵のいろんなものがダイレクトに伝わってきてしまう。

 胸は決して大きくはないが、形は綺麗に整っていていわゆる美乳と呼ばれる部類だ。お腹にはうっすらとほんのりだが腹筋のラインが見える。そしてなにより、葵の肌はどこをとってもきめ細かく瑞々しい。そんな傷一つない処女雪のように白い、芸術品みたいな美しい肢体に、わたしはなんだかドキドキしてきてしまっていた。


 ……や、やばい。動悸よ、静まってくれ。……こ、これじゃわたしが葵の身体を見てドキドキしている変態みたいになっちゃうじゃないか……! いや、間違ってないかもしれないけどわたしは変態じゃない……! へんたいじゃない!

 そんな風に必死に自分に暗示をかけながら、わたしは葵の表情をちらっと盗み見る。すると、


「はあ……はあ……はあぁ……」


 頬を紅潮させ、鼻息を荒くしている正真正銘の変態の姿があった。


「……アリス、おっぱい触ってもいいかな」

「いいわけないだろ! なんでいいと思ったんだ!!」

「女の子同士でおっぱい触るのなんて、日本じゃ普通だからだよ」

「そ、そうなの!?」


 た、たしかにわたしがこの前みたアニメでもそんなシーンがあったけど!! 女の子同士でおっぱい触るのが当たり前って、日本は大丈夫なのか!?


「で、でも恥ずかしいから嫌だ! ていうかこの体勢も恥ずかしいから早く降ろしてくれ!」

「……ちょっと無理かな」

「なんで!?」

「……さっきまで耐えていたけれど、流石に限界かもしれない」

「なにが!?」

「……アリスがえっちすぎるって言っているんだよ」

「わたしがえっち!?」


 ま、まさかとは思うが、わたしが葵にドキドキしていることが葵にはバレてしまっているのか!?


「え、えっちじゃないしっ! えっちじゃないもんっ!!」

「……? まあどうでもいいけどちっぱいは触るよ」

「誰がちっぱいだ!」


 葵がわたしの胸に手を伸ばしてくる。わたしはそれを全力ではたいた。


「や、やめろ!」

「むぅ……」

「むくれてんじゃねえ! あほか!」


 ……まずい、どうにかしてこの変態の魔の手から逃れなければ。そもそも、すごく自然な流れで温泉に来たからつい入ってしまったけど。葵と一緒に温泉に入るだなんて無防備、軽率もいいところだ。葵が変態なことなんて百も承知だったろう。こうなることは火を見るよりも明らかだったはずなのだ。


 ……いいや、今は十分前の自分の行動を呪っている場合じゃない。なんとかしてここから脱出しなければ。そう思い直して、脱出する方法を模索し始めた時だ。


 カッと、雲一つない青空に一条、紫色の光が差し込んだ。


「――……aaris sam」


 なんか聞こえた。

 刹那、


「――へっ?」


 温泉が爆発した。

 そうとしか形容できない現象が起きた。

 目の前で、大きな大きな水柱が立った。

 それはもう、とても太く、大きな水柱だった。

 文字通り、温泉が爆発した。


 デジャブだった。

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