第18話
少し下り坂になっている商店街を歩きながら、わたしと葵は色々なものを買っては食べ歩きをしていた。今は饅頭が三個串に刺さった串まん、なるものをほおばっている。それぞれに押されている焼き印がとても可愛い。
「んん~! 見た目だけじゃなくてめちゃくちゃ美味しいぞ!」
わたしは饅頭を一つ食べ終えると、串を葵に手渡す。わたしと葵は二人で一つ、買い食いをしている。「二人でシェアしたほうが、たくさんの種類のものを食べられるでしょ?」とは葵の言。でもさっきからわたしばかり最初に食べている。それはちょっと申し訳ないな。
「次は葵が最初に食べろよ。なんだかわたしばかり申し訳なくなってくるぞ」
「いや、私は後でいい」
葵は串まんを食べながら言う。
「そう?」
「ん。それじゃ意味がない。間接キ――じゃなくて今日は熱海デビューのアリスをもてなす日だから」
「んまあ、葵がそう言うならいいんだけどさ」
けれど今のところ支払いも全額葵がしている。流石にそれは後でPayPayで送っておこうかな。
「っておっ、次はあれにしようっ!」
わたしは今しがた見つけたお店に向かって、葵の手を引いていく。
なになに? 熱海シュークリーム?
ショーウィンドウを覗いてみると、四角いシュークリームらしきものが陳列されていた。なにあれ可愛い。絶対食べたい。
「へえ、今時はこんなものがあるんだね」
葵がおばあちゃんみたいなことをひとりごちる。じゃあこのお店は最近できたものなのかな。
とりあえず一つ買って食べてみることに。
「いただきまーす」
わたしは迷いなく四角いシュークリームにかぶりつく。その見た目とは裏腹に意外と柔らかめの生地の中には、カスタードクリームがこれでもかと入っていた。濃厚なカスタードクリームの甘さと、上にのっているカラメルの苦さのハーモニーがたまらない。
「うふふっ、うま~。めっちゃおいしい。葵もほらっ」
わたしはやはり葵にシュークリームを手渡す。葵はわたしがかじったシュークリームの断面を見ると、珍しく頬を綻ばせている。葵も甘いものが好きなんだろう。完成品よりも断面のほうがおいしそうに見えるものだ。
「おいしい。おいしすぎる。……アリスエキスの優しい甘さが――」
「……?」
「間違えた。カスタードの優しい甘さがカラメルとマッチしている」
葵もわたしとおんなじことを思っていたようだ。
「そうだよなっ! わたしも気に入ったぞ! よし、これお土産に買っていこう」
「だね。それはそうとアリス、口の周りにクリームがついている」
「んえ? ほんと?」
葵に言われて、ポケットからティッシュを取り出そうとした時だ。瞬間、葵が突然わたしに顔を近づけてきた。ふわっとシトラスミントの香りがする。葵の綺麗な顔が目と鼻の先にあった。
な、なんだ!? いくらなんでも近すぎじゃないか!?
「ふぇっ!? な、なんだよ!」
「アリスのクリーム、舐めとってあげようかと思って」
「やめろ! 公衆の面前だぞ!」
「じゃあ今すぐ家に帰ろ」
「そういう問題じゃないわ! ていうかそれじゃわたし、家に帰るまで口にクリームつけたまんまじゃないか!!」
「だから今舐めてあげようとしていたのに。我儘だね」
「わたしを悪者に仕立て上げるのが上手いな!」
「どういたしまして。これで生計を立てている」
「褒めてねえんだよっ!? 全く悪びれないしっ! クリームなんて自分でふけるから外でくらいその変態行動を慎めっていってんのっ!」
どっかの変態にぺろぺろされる前に、わたしはささっとクリームをふき取る。
「ほら、これでいいだろ」
「……もったいない」
「……なにいってんだよ。頭おかしいんじゃないか」
「ん。近いうちに病院に行く」
「認めんのかよ!」
とわたしたちがそんな言い合いをしていた最中。
突如、――どおおぉおん、と。
どこか遠くで、お腹の奥にまで響く爆発音がした。
「うわっ!? ば、ばくはつ!?」
な、なんなんだこの音!? 一体どこで!? 距離は遠そうだったけどめちゃくちゃ大きな音に聞こえたぞ!? 大丈夫なのか!?
「…………。落ち着いて、心配ない。今のは熱海名物の温泉爆発」
「名物!? 爆発!? 温泉が!?」
「そう。温泉爆発は熱海といったら欠かせない名物中の名物。粉塵爆発の友達の親戚だと思ってくれたらわかりやすい」
「他人じゃんっ! 最初から血のつながりないじゃん!」
「だからそういってる」
「関係ないのかよ!?」
結局温泉爆発ってなんなんだよ!? 危険はないのか!?
「と、とにかく、なんともないんだな。ないんだよな……!?」
「そうだね。特に危険性はないよ。なにせ名物なんだから」
「そ、そっか。なんだかめちゃくちゃおっきな音だったから焦ったぞ……。熱海の人たちはこんな爆音の中暮らしてて凄いな」
「…………ちょもらんま」
ちょもらんま――日本では転じてそうだね、とかその通り、など肯定の意味で使うらしい。この前葵が言っていた。
「……?」
しかし、そう言った葵の表情はどこか怪訝そうで。なんとなくだけど、気になった。
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