第14話

 そこで目が覚めた。


「……はあ、はあ、はあ、はああああぁ」


 わたしはがばっと起き上がると、熱くなっている顔を手で仰いで冷ます。


 ……まったく、とんでもない夢を見てしまった。勇者の正体が実は葵で、なぜかゾンビみたくなっていたパパに足を引っ張られ転び、挙句の果てにわたしと葵が、その……き、き、キス、する、だなんて。


 そんなはしたない……!! 恋人でもない葵とき、キス、するなんて、とっても破廉恥だ……! なんかやけにリアルだったし……。


 しかも勇者が葵だったのが非常にいただけない。ありえない。たとえ夢であってもわたしの中の勇者が馬鹿にされているようで、なんていうか面白くない。


「……はあ」


 あんな〝夢〟を見るだなんて、わたしは疲れているのだろうか。疲れているのかもしれない。なにせ憧れの日本での生活で忘れがちだが、初の魔王城以外の場所で初の一人暮らし、初の学校生活と、ここのところは初めてのことだらけだったのだから。しかも昨日はパパ襲来、おうち爆発、葵のトンデモ異能のお披露目と盛りだくさんだったし。


 こんな疲れている時にはあれだなあれ。オロナミンC。たしか一階の冷蔵庫に一本あったはず。わたしあれ好き。


 ……そういえば、見る夢の内容には寝ている環境が大きく影響を及ぼす、なんて記事を日本に来てからスマホで見たことがあるな。もしかすると睡眠環境も悪いんじゃないだろうか。


 そう思い、わたしは自身が寝ている、わたしの体より一回り大きいベッドを見渡した。


「……ん?」


 そして気づいた。掛け布団の下、なにやら人一人分くらいの隆起があることを。とっても嫌な予感がした。


「……い、いやそんなまさか」


 といいつつも、確かめざるを得ない。わたしは恐る恐る掛け布団をめくった。するとそこには――


「……んんっ、眩しい。朝?」

「――うわぁぁああああああっっ!?」


 やはりというかいわざるべきか。

 そこには、純白のブラ、そしてショーツのみを纏った――つまるところ、下着姿の葵が横になっていたのだった。


「おはようアリス。……ふわあ」


 女の子座りで眠気眼をこすりながら、葵は言う。


「ぱ、パパぁああー!! た、たすけて、変態が出たぁああああっ!!」

 わたしは咄嗟に一階で寝ているはずのパパに助けを求める。がしかし、

「恭一君なら来ないよ」

「なんで!?」

「昨夜、アリスんちに忍び込むときに恭一君に見つかってね。激闘の末、鎖でぐるぐる巻きにしたから。今度は四本使った」

「また鎖で巻かれてんのうちの父親!?」

「というわけで、昨夜はお楽しみだったね」

「お楽しみってなにが!? わ、わたしになにしたんだよ!?」


 慌ててわたしは自分に衣服の乱れがないか確認する。寝ている間にまたお腹やら太ももやらをまさぐられていたら、ましてはキスなんかされた日には……などと考えると背筋が凍る思いだ。しかし幸いなことに、パッと見た限りではそれらしい衣服の乱れは見つからなかった。


「ふ、ふう……」

「私は無理やりは好きじゃないからね。お腹と太ももをなでなでしたり吸ったりしたのと、あとキスするにとどめておいたよ」

「全部やってんじゃねえか!? えっ!? が、がちでいってんのかおまえ!?!?」

「さあ、どうだろうね」

「含みのある言い方やめろよ!! や、やってないよね!? いくら葵でもそんなことしないよね!? ね、ねえ!?」 

「……ふふっ」

「笑ってんじゃねえっ!! ぶっとばすぞ!?」


 ほ、ほんとうにされたのか!? き、キスを……!! わたしが、葵に……!? は、初めては、す、好きな人にって……き、決めてた、のに……!!


 い、いや待て冷静になれ、いったん呼吸を整えよう。

 すうー、はあー。すうー。はあー。よし。


 普段の葵を思い出せ。たしかに奴は変態であるが、同時に冗談魔人でもある。わたしのリアクションを見て面白がっている節もある。葵がわたしにキスしたっていうこの話も、葵のたちの悪い冗談の可能性だって――


「――あ、ありすにゃん!! 無事か、無事なのかありすにゃーん!?!?」

「あれ、恭一君。よく抜け出せたね」

「葵てめ――ってなんてカッコしてんだよ!?」

「恭一君のヘンタイ」

「どう考えても変態はお前だよ! 一体ありすにゃんに何したんだ!!」

「恭一君、初孫ができるよ」

「できねえよ! しばくぞてめえゴラァ!」

「相変わらずの鈍感主人公だね。それに準ずる行為をしたといっているの。知ってた? アリスは行為中、とっても甘えん坊さんになるの。産まれたての子猫みたいに、小さく可愛く鳴くんだよ」

「は、はあ!? お、おまっ、ガチのマジで言ってんの!? それ冗談じゃなかったら、俺お前を殺さなきゃならないんだけどッ!?」

「冗談に決まってる。私が無理やりはしない女だって知っているはず」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうがっ!!!!」

「騒ぎすぎ。恭一君だって、私で卒業したくせに」

「してないわ!? いい加減言ってんじゃねえ八倒すぞッ!!」

「ん。ベッドに八倒された時もあった」

「ねえって言ってんだろぉぉぉぉ!?!?」


「――ああもう思考がまとまんないから二人ともだまっててっ!!!!」


 状況は混沌と化していた。

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