第15話
「それでは今日も一日、頑張りましょー」
女教師が最後にそう言い、ホームルームを締めくくった。女教師が教室を去っていくと、生徒たちは各々立ち上がって談笑したり、1限目の支度を始める。周囲は喧騒に包まれた。
「……はああぁ」
わたしはといえばだらしなく椅子に伸び、深いため息をついていた。それもそのはず。朝っぱらから変態に襲われたし、葵とパパのせいで学校に遅れそうになるし。もう散々だ……。
「アリス、可愛いおへそが見えてる」
隣の席の葵が指摘する。……よくもまあぬけぬけと。
「……大体な、葵とパパがずっと言い争ってるから学校に遅れそうになったんだぞ。わたしが時間に気づかなかったらどうなっていたことか……昨日も休んじゃったし」
元はといえば、わたしがパパに助けを求めたのが原因なのだが、そのまた更に元をただせば葵が変態なのが悪いわけで。よってわたしは悪くない。
わたしは椅子に座りなおし、お腹を隠す。
「アリスがいなかったら、確実に学校に遅れていた」
「そうだよ、感謝しろっ」
「そうだね。アリスには頭が下がらない」
「下げろよっ!?」
こいつ本当に厚かましいな! きっと人の心がないのだ。
にしても葵とパパのあの二人。
ほんとうによくケンカする。言い争い始めるとキリがない。よくあんなに長いことケンカしていて疲れないものだと感心するほどだ。
別にあの二人相性悪くなさそうだし、なにより同い年で幼馴染なのだからむしろ普通はケンカなんてしないと思うのだけど。あれか、日本で言うところのケンカするほど仲が良いとはこのことなのかな。
閑話休題。
んふふっ、わたしこの言葉、一度は使ってみたかったんだよね。
「ていうか、そう。わたし思ったことがあるんだけど」
「……? なに」
「学校に遅れそうだった時、葵もそれなりに必死だったよね?」
「まあそれは。私もできる限り学校には行っておきたいし。久しぶりにちゃんと走った」
……その割には全力で走りすぎて酸欠のわたしに対して、息切れ一つないめちゃくちゃ涼しい顔をしていた気がするが。
「でさ、そこで思ったんだよ。葵がくだんの【七大権能】を発動させてわたしを担いでいけばよかったんじゃないかって。葵の【七大権能】、かくぐらい? の能力は多分だけど、身体強化の類だろ?」
すると、葵は珍しく渋い顔をする。
「……概ねあってはいるけれど。私の〈核喰らい〉は喰らったことのある核の本体、つまり生命体の能力を模倣し、姿を纏うことができる権能だから」
……核を喰らうって、心臓たべるってこと? しれっとえぐいこと言ってないかコイツ。ていうか、そんな権能に最初どうやって気づいたんだよ。
「でも日本で安易に権能や魔法、魔力を使えば調律者の目に留まってしまう可能性があるから。緊急時以外はおいそれと使えない」
……調律者、ねえ。最近聞いたことのある単語である。
「……それ。昨日パパも言ってたけどさ、その調律者ってなんなんだよ」
わたしが葵にそう問うと、彼女は薄い唇を開く。
「調律者――天使のこと」
「……天使? ママやわたしみたいなってこと?」
「ロリーナとアリスは色々とイレギュラーだけれど。種族的に言えばそう。天使、つまり調律者は世界の観測者。神に成りうる可能性をも秘めた、神に最も近き存在」
「……」
「調律者たちは生まれながらにして、神から使命が与えられる。世界の秩序を乱すものを排除せよ、と。端的にいえば世界に本来存在しないはずのものがその世界に存在してしまっている場合、それが調律者の手によって排除される、というわけ」
「……」
「日本にも調律者はいる。日本では魔法や魔力といったものは本来存在しないはずでしょ。だから日本でおおっぴらに魔法や魔力を使えば、調律者に感づかれてしまって後々面倒なことになるってこと」
「……」
「理解した?」
「……ふーん、よくわかんないけど葵もたいへんなんだな。キャラメルたべる?」
わたしはポケットからキャラメルの箱を取り出して葵に差し出す。
「……ちゃんと聞いてた?」
ジト目で睨まれる。いけない、わたしが話を聞いていなかったみたくなっている。
「き、聞いてたぞ! ちゃんと聞いてた!!」
「……じぃー」
「と、とどのつまり、魔法使うと調律者? 天使? 神? かなんかに見つかってよくないことが起きるんだろ!?」
「……アバウトすぎる。まあいいよ、そんな認識で」
「……そうだよな! 魔法使うと――ってん? でもそしたら昨日、葵とパパは派手に魔法やら魔力やらドンパチ使ってなかった? それって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃないの!? じゃ、じゃあどうするんだ!?」
「バレないように祈る」
「アナログすぎる! そんなんでいいのかよ!」
「たぶんいける。私は信神深いから」
「よくわかんないけどその神に狙われるって話じゃなかったっけ!?」
……要するに、わたしたちはその神? 天使? やらの襲来に、日々怯えながら生活しなければならないらしい。
いやなんでだよ!? わたし悪いことしてないよっ!! これじゃ完全に巻添えじゃないか! ていうかそういう大事なことはもっと早く言え!! ちゃんと言え! 能動的に言え!!
「ん。キャラメル貰うね。はむっ」
「遅いよっ! それ何行か前の会話だろうが!!」
「……」
「無視すんな!? スマホいじってんじゃねえ!」
「ごめん。BeRealの通知が来たから」
「……まったく、これだからスマホ人間は。そんなんじゃスマホを使ってるんだか、スマホに使われてるんだかわかったんもんじゃ――」
ぱしゃっ。
「あ、ブレた。アリスの変な顔、投稿するね」
「投稿するなよ!?」
「投稿した」
「するなって言ってんの!? 今すぐ消せ! 消すか撮り直せ!」
「さっき誤爆したやつ消したから、今日はもう無理」
「おまえふざけんなっ!?」
しかも内カメの葵の写真だけ妙に盛れてるのが腹立つな!?
「大丈夫、100点が90点になったようなもの。元が可愛すぎるアリスは、変な顔でも十分可愛い」
「……へっ? そ、そう? そうかな——―って騙されるかっ!?」
「騙してないよ。本当のこと。私の目を見て。これがウソをついている人間の目に見える?」
「……葵の目、一般的には確かに綺麗なんだろうけどさ。なぜだろうね、わたしには濁りきって見えるよ」
「それはアリスの目が濁ってるからじゃない?」
「もういいよかかってこい!! わたしたちの間に言葉なんていらないよな!? 暴力で解決しよう!!」
……葵が言うには、わたしたちはその調律者とやらにいつ襲撃されてもおかしくないはずだ。なのにだ。
なんでこいつはこんなにも、楽観的なんだろうか……。
「だって私、勇者だし。今更天使ごときに狙われたってモーマンタイ」
「勇者名乗るのも地の文読むのもやめろ! ヤーマンタイだよ!!」
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