第7話

 ……まったく、昨日はひどい目にあった。なんとかやつの隙を見て逃げだしたから、太ももやお腹を吸われる程度で事なきを得たが、もし逃げ出すことが出来なかったらと考えるとゾッとする。


 でもまさかあいつがあんな強硬に出るとは。……いや全然まさかじゃないな。めちゃくちゃ妥当な結果だ。わたしは多分、今後葵との付き合い方を考えなければならないのだろう。


 そんなことを思いながら、わたしは朝の身支度を粗方終わらせることができた。朝食を食べ、髪も整えトレードマークの頭の黒いリボンもばっちり。制服もオッケー。わたしは家の鍵を取ると、ドアノブに手をかけ、家を出た。

 外は清々しいほどに快晴だった。


「ふぁぁ、いい天気。よぉし、今日も一日、張り切っていくぞ!」

「ほんとだ雲一つない。でもアリス、寝ぐせついてるよ」


 わたしの隣の家からちょうど出てきた葵が、わたしの頭頂部を指さし言う。


「んあ? これは寝ぐせじゃなくてアホ毛だ。わたしのチャーミングポイントなんだよ」

「ん、そう。可愛いね。ところで今日は小テストがあるけれど、アリスも受けるのかな」

「……小テスト?」


 流石に昨日入学してきたばかりのわたしにいきなりテストだなんて、少々理不尽じゃないだろうか。とはいえ、入学するときに入学試験とやらを受けさせられたが、難なく解けていたし昨日の授業も一通りは理解できていた。だったら意外と何とかなるんじゃ――


「――ッておまえ今どっから出てきた!?」

「どこからって言われても。見た通りアリスの隣の家からだよ」

「なにさも当たり前みたいな空気出してんだよ! そこ昨日まで空き地だったからな! 空き家ですらなかったからな!」


 なんで昨日の今日で家が建ってるんだよ!? しかもなんでこいつが当たり前みたく住んでんだ!? ってでか!! よく見たらこの家でっか!! 4……いや5階建てか!? わたしの家より全然でかいぞ!! でかすぎてこの住宅街にしたら浮いてるまであるぞ!! 


「地下2階もあるよ」


 ふんっ、と勝ち誇ったような顔をする葵。このやりとり昨日もしたよ……。


「いやそうじゃなくて! なんで一晩でこんな立派な家が建ってるんだよ!? しかも葵が住んでるしっ!!」

「まあ私、勇者だし。これくらいはお茶の子さいさい。ぶいぶい」

「まだそれを言うかぁぁああああ!?」


 葵は無表情でダブルピースをしている。バカにしやがって!!


「冗談はさておくとして。アリスさ、ここは日本だよ。スマホとか、パソコンなんていう摩訶不思議な技術ばかりがある世界なんだよ。一晩で家が建つくらいどうってことないの」

「……そう、なのか?」


 ……まあ言われてみればそうかもしれない。最近ソードアートオンライン、というアニメを見て知ったことなのだが、この世界にはどうやらゲームの世界に文字通り入ることができる機械があるらしいのだ。そんなとんでも技術が発展しているここ日本ならば、一晩で5階建て地下2階の家を建てることくらい造作のないことなのかも。


「……うーん、たしかに。そうかもしれない」

「…………ちょろ」

「ん? なんか言った?」

「ううん、なにも。チョモランマって言っただけ」

「ちょもらんまってなに?」

「エベレストのチベット語名。日本では転じてその通りとか、正解、みたいに相手を肯定するときに使う言葉」

「へえ、そうなんだ」


 なるほど覚えておこう。また一つ賢くなってしまった。


「じゃなくて。一晩で家が建ったことには納得がいったけど、隣に住むのならせめて一言言ってくれればよかっただろ」

「さぷらーいず」

「適当だな!!」

「そんなことよりもほら、学校遅れちゃうよ」

「……そんなことじゃないけどな」


 まあ葵の言う通り学校に遅れたら困る。なにせ登校二日目だからな。いろいろ言いたいことはあるが、歩きながらでいいだろう。


「で、わたしたちなんで手なんか繋いでるんだ?」

「こうでもしないとはぐれちゃうじゃん」

「子供かっ!」

「アリスがね」

「はぐれないよ! いいからはなせっ!!」


 わたしは必死に腕をぶんぶんと振るが一向に離れる気配がない。こいつ、華奢な見た目からは想像もつかないくらい力が強いぞ。


「暴れないで。もしはぐれでもしたら可愛いアリスは変質者に連れていかれちゃうでしょ」

「今まさにその変質者に腕捕まれてんだよ!!」

「え?」

「葵のこと言ってんの!! ツッコミが追い付かないからボケまくるのやめてくんない!?」


 マジで力強いなこいつ!? さっきから全身を使って抵抗しているが全く意味をなしていない。昨日逃げられたのは奇跡だったのか……?


「――いい加減に」


 そう言いかけた時だ。

 カッと、雲一つない青空に一条、紅い光が差し込んだ。

 なんだ? と思って空を見上げた瞬間、


「――……aar」


 なんか聞こえた。

 刹那、


「――へっ?」


 わたしたちの家が爆発した。

 そうとしか、形容できない現象が起きた。

 わたしと葵の家が、粉微塵に爆発した。

 それはもう、いつか見た特撮さながら見事に爆発した。

 文字通り、爆発した。

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