第8話

 ――ドゴオォォォン、と、骨にまで響く重い爆発音がした。次いで辺りに爆風。わたしの金髪が乱れるが、そんなことを気にするほどの余裕はなかった。

 わたしは目の前の今しがたまで家だった、絶賛炎上中の建物を漠然と茫然と、ただただ眺めることしかできない。


 ……あれ? い、いや、なにがどうなって……。いきなり、ばくはつしたし……。


 ……なんで? ……どうして?

 わ、わたしのいえ、なくなっちゃった……?


「……んぅ?」


 そうしてわたしが思考を半ば放棄していると、炎上中の家の中、煙でよくは見えないがなにやら蠢くものがあることに気づいた。


「……くそ、外したぜ」


 そんな悪態をつく、低い声がした。そしてその声の主の腕っぽい部分が光速でブン、と動くと、一気に煙が晴れ視界が良好になる。

 そこにいたのは、――アザラシがプリントされたパンツをかぶった、男だった。


「……は?」


 そう、頭にアニマルパンツを被った男が出てきたのだ。

 その男、先も述べたように頭にパンツを被っており、ところどころから黒い髪の毛がはみ出ている。背丈は大きい。たぶん180センチくらいの身長はありそう。黒いコートのようなものを羽織っており、なにより……いやパンツに次いで目を引いたのが、左手に持つ黒い刀身の大剣だ。


「…………」


 わたしはそんな奇怪すぎる存在を目の当たりにして、ついに思考が停止してしまった。いくらなんでも情報量が多すぎたのだ。

 そんなぽかんとしたわたしをしり目に、葵が一歩前に出る。


「君、何者?」

「――……れろ」

「ごめん、聞こえない」

「――……なれろ」

「だから聞こえないって――」

「――ありすにゃんから離れろって言ってんだこの変態女がァァァア!!!!」

「――っ」


 目を血走らせながら、アニマルパンツの男(便宜上そう呼ぶ)が叫んだ瞬間だ。アニパン男の姿がふっとブレたと思った刹那、男はわたしたち――否、葵の目の前へと肉薄していた。左手の大剣を大上段に構え、まさに今、葵目掛けて振り下ろさんばかりだった。


「えぅっ!? あ、あおい――!!」


 ど、どうなって……!? なんなんだあいつ!? 存在自体も意味わかんないし、なにより速すぎるぞ!! い、いや、この際理由やあいつが何者かなんてどうだっていい! そうだ、なんとかしなきゃ葵が……!!


 方法なんてわからない。しかし、葵を助けなければ。怖いけどそんなことは言っていられない。きっと勇者なら、こんな時――!!


 わたしはほぼ反射的に、葵に向けて全力で手を伸ばす。そんなことをしても意味がないのかもしれないけれど、咄嗟に出来ることがこれくらいしか浮かばなかった。なにより、なにもしないのはわたしの中では論外だ。


 しかし、そんなわたしの決死の行動とは裏腹に、葵へわたしの手が届くよりも先。


 刹那。


「――【竜纏(りゅうまと)い 一式(いちしき)】」


 ――しゃん、と、鈴が鳴るように透き通った、美しい声がした。

 同時、葵の周囲に紅い炎が立ち昇り始める。


「……は、はあ!?」


 やがて炎が葵を完全に覆い尽くすと、いきなり霧が晴れるように霧散。

 炎から出てきた葵は、これまた異質な姿をしていた。

 先ほどまで葵が着ていた、灰色のパーカーと制服のミニスカートなどでは決してない。


 赤色のドラゴンを模した鱗? でできたドレスのようなものを纏っている。黒かった瞳と髪は紅く変化、背中にはフードの着いた黒いマントが伸び、左手には澄んだ青空のように美しい青色の直剣が携えられていた。


「……あ、あおい!?」


 葵は何気ない動作で下段から直剣を斬りあげる。パンツの男の大剣と葵の直剣がかち合った。


 バチバチと、剣戟の火花が散る。

 二人は数合切り結ぶと、ある時を境にふっと姿がブレ始めた。

 たぶん、速すぎてわたしの目では追えないスピードに達したためだ。

 キィン、キィン、と日本の住宅街には似つかわしくない金属音が鳴り響き、遅れて爆風が吹き荒れる。


 金属音が鳴り響く。

 爆風が吹き荒れる。

 金属音が鳴る。

 爆風が吹く。

 金属音。

 爆風。

 音。

 風。

 おと。

 かぜ。


 その連続。

 もはやわたしには陽炎のような透明な空気の揺らぎ程度しか見えず、二人の姿を捉えることは不可能だった。


「…………はあ!? 一体どうなってるんだよ!?」


 わたしはなにがなんだかわからない。一ミリたりとも、目の前で起きている現象を理解できない。

 ただの変態ロリコン女子高生だと思っていた同級生の少女と、突然現れわたしたちの家を爆破したアニパン男が戦っている。


 わたしの人生史上、ここまで意味の分からない、わけわからんちんな場面に遭遇したことがあっただろうか。


 いやない。断言できる。それはもう、なによりも力強く。ぜっっっっったいにない。


 そんなわけのわからないこのカオスな状況の中、ただ一つ、強いてわかることがあるとすれば。それは。


 変態と変態が、光速でたたかっているという、この一点のみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る