第6話

「洋式2階……いや3階建ての一軒家。立派すぎる……」


 葵がわたしの家の前で茫然としながらそんな感嘆めいたひとりごとを漏らす。


「地下もあるぞ」

「……」


 なぜだか絶句してしまった。先ほどの変態の饒舌はどこへ行ってしまったのだろうか。


「アリスはこんなに豪華な家で一人暮らしをしているの……?」

「べつにそんなに豪華じゃないだろ。魔王城とか、こっちの世界で言ったらサクラダファミリアなんかに比べたら大したものじゃないと思うけど」


 まあそうは言ってもわたしはこの家、外観も可愛くて結構お気に入りなんだけどね。


「比較対象がおかしい……私は今までこそこそ細々とやってきたというのに……」


 聞こえないがなんかぶつぶつ言ってる。あれか。念仏というやつか。


「……ロリーナ。君が娘にこんなことまで許すのなら、私だって好き放題させてもらうから……。……美しい君の天使みたいに可愛い愛娘を、私が骨の髄までしゃぶりつくしてやるからね……」


 おや、葵の様子が……。

 ……なんか怖い顔してる。あ、こっち見た。笑ってるんだけど。……なんだ、急に悪寒が。


「あ、葵……?」

「ん? ……ああ、ごめんアリス。考え事をしていた」

「そう……?」

「そんなことよりも、早速アリスのおうち、あがってもいいかな」

「お、おう」 


 なんか鳥肌が止まらないのだが、わたしはとりあえずカバンから家の鍵を取り出し玄関を開ける。


「お邪魔します。アリスの良い匂い。私、ここに住むね」

「開口一番それかよ! あと一応言っとくけど、住ませないからな!」

「どうせ部屋の一つや二つ、余っているんでしょ?」

「変態を住ませる部屋はない!」

「ふーん」


 バサッと葵はどこからともなく取り出したビニール袋を広げる。


「なにしてんだ……」

「空気を持ち帰ろうと思って」

「そんなことして何に使う気なんだよ……」

「こうするんだよ。――すうううううううーーーー、はぁぁあああああああああああーーーーー、すううううううううぅううううううううううううううううううううううう」

「おまえやばい薬でもやってんのか!? もはや心配なんだけどっ!」

「失礼な。私はロリしかやってないよ」

「薬みたいな言い方やめろ!! わたしに失礼だよ!」


 ああもう……! こんなことしていてもキリがないため、わたしは靴を脱いで葵をリビングへと案内する。


「はあ、もういいからそこのソファにでも座っててくれ。飲み物出すから」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく」


 葵はわたしに言われたとおり、ミニスカートを直して行儀よく座った。


「なんか殺風景だね」

「悪かったな、なんの面白味もない家で」


 しょうがないじゃないか。この家に来てまだ一か月たっていないのだから、そりゃあ殺風景にもなってしまう。家具やらなんやらはこれから整えていくのだ。


「ううん違くて。私色に染められるなって思っただけ」

「いちいち気持ち悪いな!?」

「それにここ、学校からも駅からも近いし色々と便利そう。海もすぐそこにあって素敵」

「……まあ、そうかも?」


 しょうじきわかんない。そう言われればそうだろうと思うけど、日本じゃここ以外に住んだことないし。とそんなことはどうでもいい。


 わたしは熱い緑茶とお茶菓子を二人分、お盆に載せてソファの前のテーブルに持っていく。ふと、葵が感心したような表情を浮かべていた。


「なんか意外。部屋も綺麗だし、お茶も淹れられる。あのアリスがちゃんと一人暮らしをしているだなんて」

「……一体わたしのなにを知っているんだよ」

「…………」


 今日会ったばかりだろ……。

 わたしは葵と横並びになるようにソファに座り、葵の目の前に湯呑みを置いてやる。すると、彼女は礼を言いながら早速ズズズっとお茶をすすった。


「マズイ」

「おまえオモテ出ろ!? ボコボコのけちょんけちょんにしてやるよ!!」

「ごめん言いすぎた。味はあんまり美味しくないね」

「良くなってないんだよ! ケンカしたいなら素直にそう言えっ!」

「わかった、はいよーいどん」

「へっ? あ、いやちょ!!」


 瞬間、葵がわたしをソファに押し倒してきた。奴は手をわきわきとさせてわたしの横腹や脇なんかをくすぐりはじめたのだ。


「――んぁ!? ちょ……やめっ……!!」


 小さいころからくすぐりに弱いわたしは息も絶え絶えに葵に抗議するが、変態がそんなこと意に介するわけもなく。


「ここ? ここが弱いの?」

「――ぃやっ! やめってって……!!」


 なんでこいつこんなにくすぐるのがうまいんだ!? や、やばい、息が……!! て、ていうか、さっきからこいつ……わたしのスカートめくって太ももさすさすしてないか!?


「すべすべもちもちお肌。なにこのあんよ。ニーソ履かせたい」

「あ、葵、さっきからどこ触って――ひゃぅっ!?」


 そして葵はわたしの頬に手を当てると、なぜか恍惚とした表情を浮かべる。

 ……さっきからやたら顔も近いし! ……ああ、なんかこいつ、シトラスミントみたいな良い匂いする……じゃない!!


「悶えている表情、可愛い……」

「な、なにいってるんだよ!!」

「もう我慢できない……ちょっと今からいろんなところを吸ったり舐めたりするけど気にしないで」

「無理があるだろ!! 流石に冗談だよな!! な、なあって!!」

「いただきます」

「手を合わせるな!! ――って、ちょっと、ひゃあああぁあああ!!!!」


 わたしの悲痛な叫びが、閑静な住宅街に響き渡った瞬間だった。

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