第5話

 キーンコーンカーンコーン、と鐘が鳴る。学校が終わった。

 授業はといえば、案外なんとかなった。日本の高校といえどやっていること自体は魔王城で習っていたことの復習だったからだ。それと意外なことに、隣の席の葵が成績優秀の教え上手だということも何とかなったことへの一因だったのかもしれない。


「アリスはこのあと暇? だったら私、アリスの家に行きたい」


 革製のスクールバッグを肩にかけ、葵は言う。


「……もう勝手にすればいいだろ」


 今日一日、わたしはこいつに振り回されっぱなしだ。おかげでこいつ以外のクラスメイトと一言たりとも話せなかった。そう思いながらわたしはリベンジの意を込めてちょうど今帰ろうとしている斜め前の席の女子生徒を凝視する。


「……え、ええとアリス、ちゃん? 何か用かな?」


 お、話しかけてきたぞ! 今がチャンスだ。


「お、おお! ええっと大したことではないんだけど、こいつ以外今日誰とも話す機会がなかったなと思ってさ。せっかく学校に来たのだし、わたしも友達の一人や二人――」


 とわたしが友達をゲットしようとしていたまさにその時、


「――君、話しているところ申し訳ないんだけどアリスはこのあと私とデートの予定があるから」


 変態が割り込んできた。


 ちょおお! せっかく話せたのに! なにしやがるんだ葵っ!!


「えっ? あ、ご、ごめんなさい和泉さん。私そんなつもりじゃ……。ってデート!?」

「そう、デート」

「デートじゃないし適当なこと言うな! ただおまえがわたしの家に来るだけだろうがっ!!」

「えっ!? お、おうちデート!?」


 ……いけない、墓穴を掘った。


「そう、おうちデート」

「……お、おうちデート。あの孤高の和泉さんがまさかそんな……」

「アレクサ、今日のおうちデートの予定を教えて」

「アレクサじゃないしアリスだしっ! 今日の天気は快晴だよっ!」

「アレクサ、天気じゃなくて予定。こんな風に私とアリスは突っ込み突っ込まれるような関係」

「こんな風にじゃねえ!」

「……突っ込み、突っ込まれる関係。……そ、そこまで進んで」

「あああああ、もおおおおおおおぉ!!」


 こんなんじゃ埒があかない!

 わたしは葵の腕を強引に引き教室の外へと駆けだした。


「アリス、強引。そういうのも嫌いじゃないけど」

「うっさい! おまえすこしだまってろ!」


 ぐいぐいと葵の腕を引っ張り、なんとか教室の外へ出ることに成功。そのまま引っ張り続け学校の外を目指す。

 教室を出るとき、わたしたちの関係を探るような声、黄色い歓声が聞こえたが気にしたら負けな気がした。



 生気をごっそり吸い取られたかのように足取りが重いわたしと、何故かつやつやしている葵。わたしたちは今、くだんのわたしの家へと向かっていた。


「ずっと気になっていたんだけれど、アリスは一人暮らしなの?」


 葵がふとそんなことを訊いてくる。


「……んあ? そうだぞ。ほぼ家出みたいな感じだったな」


 わたしは若干斜め上に目線を向けながら答える。……さっきまで学校では座っていることが多かったから気にならなかったけれど、わたしとこいつ、実は結構身長差があるんだな。クラスメイト達を見た感じ、葵の身長は女子の平均っぽいしやっぱりわたしの身長が低いのだろうか。……いや、やめよう。考えたってなにも面白くない。


「ふーん、そうなんだ。だったら、戸籍やら住民票やらもろもろの契約やらって一体全体どうしたわけ? アリス、つい最近日本に来たばかりなんだよね?」


 ……難しいことを言うな。


「……わかんない」

「わかんない?」

「うん。なんかとんとん拍子で衣食住が整ったし、なぜかお金もたんまり手に入った。学校だっておとといお味噌汁すすりながら学校行きたいなーって呟いてたら実現した」

「……」


 葵は手を顎に当て考えるそぶりを見せる。珍しく真剣そうだ。すると、突然葵は腰を折り、わたしの顔を覗き込んできた。


「……今度はなんだよ」

「……じっとしてて」


 変態にじっとしてろと言われてじっとしてるやつがあるか。

 そう思って反撃してやろうと思ったのだけど、葵はすぐに納得したような顔をしてわたしから離れていった。


「なるほどね」


 そんなことをひとりごちる。


「なにがなるほどなんだ?」

「んーん、こっちの話。アリスはお母さんから愛されているんだね」


 突然何の話だよ?


「わたしが、ママに、愛されてる……?」

「そう」


 ……それは、どうなんだろうか。もちろんわたしはママのことが好きだし、産んでくれたこと、育ててくれたことに感謝しているし尊敬もしているが。

 ママは、わたしのことを愛してくれていただろうか……。


 わからない。なぜならわたしにはママとの記憶や思い出がほとんどなく、それにもう会うことだってできないのだから。

 ママはきちんとわたしを、〝天使と魔族〟の間に生まれてしまった忌子であるわたしを、愛してくれていたのだろうか。


「アリス……?」

「ん……? ああ、べつになんともない、大丈夫。それよりもだ、着いたぞほら」


 わたしはむりやり思考を切り離して正面を指さす。

 そこには、わたしの住んでいる一軒家が佇んでいた。

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