第三十二話 戦闘準備
「実は、朝比奈凜についてなんだけどさ」
先程とは違い、その言葉が喉元に突っかえる事無かった。
自然と"弱み"を他人に語る、ただそれだけの事だが、彼にとっては十数年ぶりの事だった。
人に弱みを見せる、今回の件は些細な事であったが、彼自身の考え方を変えるきっかけの一つとなっていくのであろう。
朝比奈凜との対決の事、彼女が馬鹿にした皆の事。
真剣な眼差しで耳を傾ける彼女達に一部始終を説明する。
途中で「ひどーい」と市原が言葉を洩らす事もあったが、誰もがしっかりと西条の言葉に耳を傾けていた。
「……ってわけで、まぁ簡単に言えば、俺を退学に追い込もうとしてるって話だな」
自身の心を打ち明けた彼は、先程よりも少し清々しい表情を浮かべていた。
「……なるほど、そんな事があったのですね」
少し目を細めた星羅は、大きなリアクションこそ無かったが、その声色には驚きが含まれていた。
対照的に、机に置いたノートを勢いよく閉じると、強く前のめりになり、感情を隠すことなく言葉を続ける聖奈は、彼女の性格との対比を表していた。
「なにそれ、酷すぎるよ!それに西条くん、私達の為に...」
そう言いかけた言葉を、苦笑しながら遮る。
「そんなんじゃねぇよ!ただ、少し腹が立っただけだ」
そう言いながら、西条は机の端に寄りかかるように座り直し、ゆっくりと足を組んだ。
まるで、この話題自体が大したことではないと言わんばかりに、気怠げな態度を装っている。
しかし、その表情には確かに決意の色が見え隠れしていた。
「まぁそれに、俺だって端から負ける気なんてこれっぽっちもねぇからな」
少し間を置いて、藤井が静かに溜息混じりに言葉を零す。
彼の声は軽い調子ではあったが、どこか納得したような響きがあった。
藤井は自分のペンをくるくると指で回しながら、西条の顔をまじまじと見つめる
「なるほどな。お前が急にやる気出しまくってた理由がわかったわ」
市原が頬を膨らませながら、不満げに口を尖らせる。
「でもさぁ、なんでそんな大事なこと、もっと早く言ってくれなかったの?」
星羅も、西条をじっと見つめ、その答えを待っていた。
その"答え"が、彼の隠している何かに繋がりがあるのでは無いか、と考えていたから。
夕焼けに照らされた彼女の表情は、どこか穏やかでありながらも、心配と疑問が交差しているようだった。
「……まぁ、話してもしょうがねぇかなって思ってただけだったんだよ」
「仕方がなく話した」と言う風に話す彼であったが、どこか照れくさそうに笑っていた。
そんな様子を見た藤井は、軽く吹き出す。
「お前って意外と不器用だよなぁ」
藤井の何気ない言葉に、西条は「は?」と軽く眉を上げるが、すぐに苦笑を浮かべる。
不器用なお調子者、意外なギャップに、教室の中には自然と笑いが広がった。
まるでそれまで漂っていた微かな緊張感が、軽やかに霧散していくようだった。
市原が机に頬杖をつきながら、クスクスと肩を揺らし、相変わらず藤井はひたすらに笑っている。
星羅はそんな様子を見ながらも、どこか考え込むように、ゆっくりと視線を西条に向けた。
「……私から止める様に言っておきましょうか」
いつもより力強い彼女の声に室内の時間がわずかに静止する。
しかし、西条はすぐに口角を上げ、自信満々にフッと鼻を鳴らす。
「必要ねえよ。俺が始めたケンカだ、最後まで俺が責任を持ってやり切る」
その言葉には、迷いの欠片もなかった。
誰かに頼るのではなく、自分で決着をつける。昔から貫いてきたプライドが、西条の中には確かにあった。
星羅はほんの一瞬だけ俯いた後、ゆっくりと息を吐き、言葉を紡ぐ。
「だけど!学校を辞める、だなんてあまりにもにも罰が大きすぎて…」
「気にすんな、その心遣いだけでもありがたかったぜ」
「……これまで通り」
「ん?」
西条が聞き返すと、星羅は更に真剣な表情になる。
そして、さらにはっきりとした口調で、まるで誓うように言い直した。
「いや、これまで以上に、全力でサポートさせて頂きますわ!!」
一切の迷いのない瞳を向ける。
まるで、彼の歩む道を信じていると言わんばかりに。
西条は驚いたように目を瞬かせた後、口元に薄く笑みを浮かべる。
そして、静かに目を逸らしながら、どこか照れくさそうに呟いた。
「……そうかよ。そりゃ、頼もしいな」
西条の照れ隠しのような言葉に、星羅は静かに微笑みながら頷く。
その表情は柔らかく、それでいてどこか凛とした決意が滲んでいた。
「もちろん、私達も全力でサポートするよ!」
市原が勢いよく拳を握りしめ、いつもの快活な笑顔で応じる。
その隣で藤井もニヤリと口角を上げ、肘をつきながら肩を揺らした。
「当たり前だろ。朝比奈凜の泣きっ面を拝んでやろうぜ!」
まるで悪戯を企む子供のような表情を浮かべながら、藤井が冗談めかして言うと、教室に軽やかな笑い声が響いた。
西条はそんな仲間たちのやり取りを見ながら、ふと息を吐き、ゆるく笑う。
どこかで孤独に慣れきっていた自分が、こうして自然に誰かと肩を並べている。
――それは、少しだけ、悪くない気分だった。
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