第三十三話 嵐の前の静けさ
朝の教室は、いつもより緊迫した雰囲気が漂っている。
それはいよいよ明日に迫った"実力テスト"の為。
文字通り実力を図るという名目のテストだが、ここ白鳳学園では、今後の学園生活、進路へと繋がる第一歩となる物で、かなり重要視されている行事の一つだ。
一日前ともなると、授業を丸々テスト対策の授業として使用する教師も少なくは無い。
そんな緊迫した空気感の中、この男も例には漏れず周囲と同じように、いつもよりも真剣そうな顔を浮かべている。
「……いよいよって感じだな」
周りを見渡した西条は、昨日までは所々余裕そうな表情を浮かべていた彼も今日に限っては、緊張の色が見え隠れしている。
ふと隣を見ると、そこには少し緊張の色を浮かべた少女が、同じ様に問題集に齧り付いていた。
「へぇ、花ヶ崎さんでも緊張とかするんだ」
どこか軽い調子で声を掛けてみると、ふっといつも通りの表情に戻った彼女が、西条の方に振り向く。
「当たり前ですわ。私だって緊張くらいしますわよ」
完璧でなければならない。
勿論、今回のテストでも、彼女が求められているのは文字通り一位であった。
それは周囲が彼女に求める"期待"だけでは無い。
彼女自身が自らに掛けたプレッシャーも含まれていた。
そんな重圧たちが、彼女に降り掛かる。
「ん?」
そんな微細な変化を察したのか、西条が軽く顔を傾ける。
少しだけ眉を上げ、まるで何かを見透かしたような視線を向けながら、ふっと口を開いた。
「俺なんかに言われても説得力ねぇかもだけどさ、まぁもうちょい肩の力抜けよ」
何気ないようでいて、どこか温かさを感じさせるその言葉に、星羅の肩がほんのわずかに揺れる。
彼女は驚いたように目を瞬かせ、やがて、少し伏し目がちに口を開いた。
「…! あ、ありがとう…ございます」
いつもの凛とした表情とは違う、どこか照れくさそうな面持ち。
ほんの一瞬だけ見せたその表情は、いつもの”完璧な花ヶ崎星羅”ではなく、年相応の少女のものであった。
2-Dの教室では、余裕そうな表情を浮かべた少女が、複数の取り巻き達に囲まれていた。
「あの、朝比奈さん……」
数名の取り巻きの少女たちが、彼女の顔色を伺いながら、遠慮がちに話しかける。
どこか緊張を孕んだ声色。
「ん? なに?」
朝比奈凜は気だるそうに振り向き、頬杖をついたまま応じる。
「その……転校生と勝負するって、本当なんですか……?」
言葉を選びながら恐る恐る尋ねると、朝比奈は小さく笑いった。
「あぁ、その話? ほんとだよ」
まるで取るに足らないことを話しているかのように、さらりと言い放つ。
「だって、あんなのが白鳳で目立ってると不愉快じゃない?」
つまらなそうに視線を落としながら、指先で机をトントンと弾く。
その何気ない仕草ひとつにも、彼女の苛立ちが滲んでいた。
「ねぇ、そう思うでしょ?」
唐突に顔を上げ、取り巻きたちへと視線を向ける。
それは、問いかけではなく、暗に”同意しろ”と迫る圧力だった。
「そ、そうですよね……」
途端に顔を強ばらせた少女たちは、揃って小さく頷いた。
賛同しない選択肢などない、そんな空気が、この場の支配者が誰なのかを物語っていた。
「勉強は、その、大丈夫なのですか?」
一人の少女が、恐る恐る朝比奈凜を見上げながら問いかけた。
彼女の声には、純粋な心配の色が滲んでいる。
「何かペナルティがある、というお話を聞いたのですが……」
白鳳学園において、成績に関わる問題は軽視できるものではない。
たとえ朝比奈凜であっても、勝負に敗れた場合、何かしらの影響があるのでは――
そんな不安が、彼女の言葉の端々に滲んでいた。
「何? キミは私が負けると思ってるわけ?」
ピクリと眉を動かし、ゆっくりと少女を見下ろす。
静かに、しかし確実に圧を込めたその声音に、少女はビクッと肩を揺らした。
「そ、そういう訳じゃ……!」
慌てて首を横に振る彼女に、朝比奈はわざとらしく微笑みながら続ける。
「だよねぇ。私って“完璧”だからさぁ。」
その声音には、一切の迷いもない。
まるで勝負の結果すら、最初から決まっているかのような自信に満ちていた。
“完璧”を渇望する彼女の在り方は、“完璧”であることに苦しみ、“普通”を願う花ヶ崎星羅とは、全くの真逆であった。
全ての授業が終わると、それぞれは寄り道もせず、真っ直ぐに家へと帰った。
自らの苦手分野の最終確認も兼ねて、いつもの様な"勉強会"では無く、それぞれが自らの苦手分野にしっかりと取り組む。
そんな放課後を過ごす事となった。
薄暗いアパートの窓の隙間から、明るい光がすり抜けていた。
部屋の中に漂うのは、いつも通りの憂鬱な空気ではなく、そこには彼の意思により熱された、緊張が漂う空気感が充満していた。
「絶対にあいつにだけは負けねぇ」
絶対にやりきってやる、そんな意思に燃えた西条はその消えることの無い熱量を、目の前の"試練"へと向けた。
その熱量は勢いを失う事を知らず、一晩中続く事となった。
自分の限界を試すように奮い立った最近で最高の集中力は、自然と意識が途切れるその時まで続いた。
そんな彼の意識を、目の前にある小さな時計が呼び戻す。
叩きつけるようにアラームを止めると、いつもとは違い素早く起床した。
極僅かな睡眠時間だが、いつも以上に爽快感のある目覚めだった。
「…いよいよ"決戦の時"だな」
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