第二十五話 カーチェイス
都会の大気を切り裂くように駆ける一台のバイク。
漆黒のボディの中で、ひときわ目を引く深紅の燃料タンクが街のネオンに照らされ妖しく輝く。
その背後では、警告灯を点滅させながら二台のパトカーが鋭いサイレンを響かせ、執拗に追跡を続けていた。
「そこのバイク、直ちに止まりなさい!」
二台のパトカーが背後にピタリと張り付き、警告灯が目まぐるしく点滅する。サイレンの音が耳をつんざくように響き、夜の街に緊迫感を生み出していた。
「くっそ、どこまで追ってくんだよ…しつけぇな」
面倒くさげに舌打ちをすると、後方を見渡し一瞬アクセルを緩め、わざとスピードを落とす。
警察車両が距離を詰めたその刹那
「……っ、今だ!」
瞬時にハンドルを切り返し、バイクをスライドさせる。タイヤはアスファルトを擦りつけ、鋭い悲鳴を上げながら白煙を巻き上げる。
その場で半回転するようにターンを決め、パトカーの真正面へと躍り出る。
「あばよ!」
反転した勢いのままアクセルを開けると、深紅の燃料タンクが赤い光を反射しながらパトカーの合間をすり抜ける。
「……巻いたか?」
西条はミラー越しに背後を確認しながら、すり抜けるように真逆の車線へと変更する。
こんなに車の流れが多い都会では、小回りの効かないパトカーでは追跡は困難なはずだった。
――そう、油断していた。
だが、次の瞬間、背後で異様な動きを察知する。
二台の緊急車両が突如として動きを変えた。一般車両の流れを強引にせき止め、道路のど真ん中で大胆に切り返す。まるで最初からこの展開を想定していたかのような、迅速かつ的確な動きだった。
「おいおい、嘘だろ?なんでこんなにしつけぇんだよ!!」
通常の警察の追跡なら、ここまで強引な手は使わない。ましてや、交通の流れを意図的に遮断するなど、一般車両への影響を考えれば、よほどの確信がなければ踏み切れない行動だった。
(……まさか、俺の素性を知られてる? それとも、ただの偶然か……?)
だが、考えている余裕はなかった。
切り返した二台の追跡者は、すぐ西条の真後ろまで迫ろうとしていた。
「チッ……まだまだ遊び足りねぇってか?」
西条は視線を鋭く先へ向ける。進行方向には河川敷へと通じている。
しかし、その先に広がるのはただの積擁壁で、人が通る為の下り坂など存在してない。
そこにはただ、無機質なコンクリートの斜面が広がっている。
街灯の薄明かりが照らし出すそれはまるで"都会の崖"であった。
(……これならイケる。)
ほんの一瞬で、バイクの重量と速度、そして壁の角度を頭の中で計算する。
長年をかけ培った経験が、瞬時に最適解を導き出す。
「……やるしかねぇな!」
意を決すると同時に、ハンドルを鋭く切り込み、身体を前に倒し重心を動かす。
平地と傾斜のギャップにより前輪が浮き上がると、途端に強烈な角度に重力が重なり、真っ逆さまに引き摺り込もうとしてくる。
ズザァァァッ!!
ほぼ直角に近い壁を、摩擦の火花を散らしながら滑り降りる。
タイヤはギリギリのバランスでグリップを保ち、わずかなコントロールミスが即転倒に繋がる極限の状況だった。
背後で、パトカーのブレーキ音が鳴り響き、サイレンと彼等の動揺したざわめきが混じり合っている。
「嘘だろ!? あそこに道なんてねぇぞ……!?」
追跡する警官が、思わず声を上げるが、西条は構わずアクセルを全開にする。
バイクのサスペンションが衝撃を吸収しながらも、自由落下に抗いながら正確に滑り降りる。
タイヤがギリギリのバランスを保ち、スリップしないよう細かく調整しながら降下を続ける。
「ここまでするとは思わなかっただろうな!今回は俺の勝ちだ」
突如、視界に飛び込んできたのは、真っ白な障壁。
「嘘だろ!? こんな所にガードレールなんて……前は無かったじゃねぇか!」
ブレーキをかける余裕などない。
このまま突っ込めば、車体ごと跳ね返され、身体だけが数メートル下の河川敷へ投げ出されるだろう。
大怪我どころでは済まないかもしれない。
最悪、命を落とす可能性すらあった。
しかし、西条は迷わなかった。
「イチかバチか……!」
ガードレールまで残りわずか数メートル。
彼が選んだのは、減速ではなく 加速 だった。
握り締めたアクセルを全開にひねり上げ、バイクのエンジンは咆哮を上げる。
ガードレールへと向かって加速する――常識ではあり得ない選択。
しかし、西条は迷いなく全身の重心を後ろへと引き下げた。
エンジンの咆哮が夜の静寂を切り裂く。
強烈なトルクと、急激な体重移動が合わさり、バイクの前輪が宙を舞う――所謂ウィリーだ。
「まさかこんな都会のど真ん中でやるとはな…」
その瞬間、前輪がガードレールに乗り上げる。
僅かにバランスを崩せば、そのまま横転し、数メートル下の河川敷へ投げ出される危険な賭け。
しかし、西条の手は決して迷わない。
クラッチを繊細に操作し、エンジンの爆発的な力を後輪へと送り込む。
乗り上げた前輪を、後輪が強引に押し上げる――
ガードレールを超える瞬間、身体にかかるGを利用し、ハンドルをわずかに捻る。
その動作は、長年の経験によって培われた“勘”に近いものだった。
「…頼んだぞ」
喉の奥から絞り出すように呟く。
自分の出来る事は全てこなした。後は長年連れ添ったこの"相棒"の力を信じるだけだ。
――"それ"はけたたましい咆哮あげ、宙を舞った。
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