第7話 それぞれの結末
起訴された近衛の関係者たちは、証拠として提出された信号解析装置が通信を傍受して得た音声記録に文句をつけた。
「装置が違法である。従って、そこから得られた記録も証拠として無効だ」と主張する彼らの狡猾な策略に、法廷の空気が一瞬揺らいだ。
しかし、マクシミリアンは冷静にその反論を一蹴した。
「この装置は、王国の法律に基づいて開発されており、その設計および用途に不備はありません」
彼は手元の書類を広げながら続けた。
「さらに、記録された通信内容は一切改ざんされておらず、原本と一致していることを科学的に証明済みです。装置そのものにも、不正な仕掛けや意図的な操作の形跡はありません」
彼の言葉とともに、証拠として提出された文書と解析結果が廷内に提示されると、場内は静まり返った。
「つまり、記録は正真正銘、本物だということです」
マクシミリアンの冷静な主張が、グライドン兄弟とシャーロットの父を含む上役一派の策略を打ち砕いた。
彼らはその場で矛盾を突かれ、言い逃れの余地を失った。
傍聴席でその様子を見守ったコンスタンスはホッと胸をなで下ろした。
やがて彼らの悪事は次々と暴かれ、新聞や街の噂話でも大きく取り上げられた。
その中でも、王立裁判所が下した判決は国中で特に大きな話題となった。
シャーロットの父とベンジャミンは不正行為と権力の乱用の罪で無期懲役刑を言い渡された。特に重罪と認定されたふたりは、最低でも20年は牢から出られないと言われている。
グライドン男爵家とシャーロットの父は、それぞれ爵位を返上することとなり、一族は没落した。
ショーンとシャーロットもまた、それぞれ貴族の身分を失い、平民としての人生を歩むことになった。
ショーンは鉱山で重労働に従事していると噂に聞いた。かつて貴族として何不自由ない生活を送っていた彼が、今では鉱物の粉塵と汗にまみれた毎日を送っているのだという。彼がそれをどのように受け止めているのかは、噂では分からなかった。
一方、シャーロットは別の町で新しい暮らしを始めたらしい。かつて持っていた地位や栄光を取り戻そうと必死になり、安易な手段で金を稼ぎ、最終的に商家に嫁いだという噂が耳に届いた。
コンスタンスはその話を耳にしたとき、ほんの少しだけ胸がすく思いがした。
しかし、同時に何とも言えない複雑な感情も抱いた。
復讐の達成感ではなく、むしろ、過去の一部が遠ざかっていく寂しさのようなものを感じたのだ。
――彼らの罪は罰せられた。それでも、二度と戻らないものがある。
その事実だけが、彼女の胸に静かに残った。
一方、ドイルの発明である信号解析装置は、その有用性を王家の諮問委員会で高く評価された。特に、国家の安全保障に多大な貢献をする可能性があると認められ、近衛以外でも正式に採用が決定した。
この発表により、メルヴィル家の名誉は瞬く間に回復し、かつて馬鹿にされた「変人ドイル」の評価も、「時代を先取る天才発明家」に一変した。
「兄上の発明がこんな形で世に認められるなんて……」
マクシミリアンから報告を受け、コンスタンスは微笑みながら静かに呟いた。
「ドイルさんは最高なんですよ。素晴らしい妹君に相応しい兄君です」
マクシミリアンの言葉に、コンスタンスは思わず顔を上げた。
彼の穏やかな微笑みは、これまで何度も自分を支えてくれた。
そのまなざしには、コンスタンスへの揺るぎない信頼が込められているように感じた。
――もし彼がいなければ、私はここまで来られなかったかもしれない。
そう思うと、胸の奥から自然と感謝の念が湧き上がってきた。
マクシミリアンは、先王の晩年、愛妾との間に誕生した王弟だ。
表向きは平凡な伯爵だが、実際には王命を受け、近衛別働隊の諜報部門を統率する切れ者。
ショーンたちの悪事を暴いたのは、法律にも技術にも精通し、管理能力にも秀でた彼の冷静な采配の賜物だった。
だが、ドイルとの関係はまるで別だ。
そこにあるのは、ただ……「彼の才能に惚れ込んだ」という純粋な理由のみだった。
***
「コンスタンス! 図面を描いてくれないか」
コーデット伯爵夫人であり、メルヴィル女子爵であるコンスタンスは、帳簿を閉じて顔を上げた。
挨拶もなく部屋に飛び込んできた兄ドイル(近衛別働隊付属研究所 所長)をじろりと睨む。
「兄上……今、納税の帳簿整理の真っ最中なのよ。領主として最も重要な仕事のひとつなんだから」
「そうなのか。それは大変だな。やっぱり子爵位を君に譲って正解だった。しかし、この図面の方が急を要するんだ」
兄の変わらぬマイペースぶりに、コンスタンスは軽くため息をついた。
「それで、今度は何を作る気なの?」
「……革命的な機械だ。たぶん」
眉間を押さえるコンスタンスの横で、ドイルは懐から何枚もの紙を取り出して机に広げた。
そこにタイミングよく扉をノックする音がした。現れたのは、満面の笑みを浮かべたマクシミリアンだった。
「スー、ドイル兄さんの図面を手伝ってあげて。納税の仕事は僕がやるよ
「ちょっと待って。マクシムだって忙しいでしょ?」
「もちろん。でも、君の美しい図面を久しぶりに見たいんだ」
そう言って彼はウィンクをしてみせる。
その後ろから、小さな足音が響いた。コンスタンスとマクシミリアンの長男ダスティンが興奮した様子で駆け込んでくる。
「おじうえ! このあいだおしえてくれたおもちゃのしくみ、まだよくわからないんだ! もういっかい、つくりかたおしえて!」
ドイルは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐににっこりと笑った。
「そうかそうか、わからないところがあったのか。じゃあ、一緒にもう一度やってみよう!」
「わたしも! おしえて!」
今度は、リズベットがドイルの膝にしがみついた。まだ幼い彼女は、兄であるダスティンの真似をしたがる。
「よし、ダスティン、お前が先にやってみろ。それからリズベットに教えてやるんだぞ」
ドイルは甥たちに囲まれながら、目尻に柔らかな笑みを浮かべている。その姿は、変人と呼ばれた天才の片鱗を持ちながらも、家族の中で自然に溶け込んでいるように見えた。
コンスタンスはその光景を目にしてふっと微笑む。
メルヴィル家の天才学者ドイルの才能は妹と親友マクシミリアンの息子に受け継がれているようだ。
そして彼自身も子どもたちを愛情込めて可愛がっている。
――お兄様は変人で、気難しいところもあるけれど……家族に対する愛情だけは本物ね。
ふと、窓の外に目をやる。庭には美しい薔薇が咲き誇り、その甘い香りが微かに漂ってきた。
「兄上、この子たちにちゃんとお手本を見せてあげてね。あなたの才能が受け継がれるのを、私も楽しみにしているわ」
彼女は机に広げられた図面に向き直り、静かにペンを取った。
兄が変人を理由の婚約破棄……思わぬ薔薇色の幸せに繋がっていました イチモンジ・ルル(「書き出し大切」企画) @rukakyo
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