第2話 一人ぼっちの帰り道(2)

「ふう、食った~」


 ファミレスの外に出て、大きく伸びをする。省吾も財布片手に店を出てきた。


「悪いな、奢ってもらっちゃって」

「大丈夫大丈夫、俺に何かあったらこの倍おごってもらうから」

「ひゃー、恐ろし」


 あの後勢いに任せてポテトやらピザやら頼みまくった結果、金額はそこそこ高額になってしまい、流石に申し訳なさを感じてしまう。省吾は財布を鞄にしまい、自転車にまたがる。


「じゃあ、俺はこっちだから」

「おう、じゃあな」


 ファミレスからは俺と省吾は逆方向、ここから省吾の家までは結構遠い。すぐに行くかと思いきや、省吾は中々出発しない。


「その……、一人で大丈夫か?」

「何心配してんだよ、子供じゃないんだから、帰れるよ」

「いや、そうじゃないけど……」


 省吾が何を心配しているかは痛いほど伝わってきた。力強くサムズアップしてやると、ふうっと短く息を吐いた。


「うっかりして事故とか起こすなよ?」


 一応納得したのか忠告だけにとどめて、家まで遠い省吾は、普段より少し遅いスピードで自転車を漕いでいった。


「じゃ、俺も帰るとしますか」


 誰に聞かせるまでもなくつぶやいて、俺も自転車をこぎ出す。始めはゆっくりと、しかし段々とスピードを上げていく。


 オレンジ色の景色は、普段よりも早いスピードで流れていく。消えゆく景色を見ていると、世界に自分しかいないような気分になる。今なら、何を叫んでもいい気がした。


「本気で、好きだったのにー!」


 本能のままに、叫ぶ。どうせ世界には俺しかいないんだから、この世界に全部ぶちまけてやれ。


「おお、若いねぇ!」


 道路の反対側を歩くおじいさんの茶々が入るも、俺の耳には声援に聞こえる。腹の底から熱いものがこみ上げてきた。


「うおー!」


 通り過ぎる際におじいさんがまた何か言った気がするが、聞こえない。腹の底に残ったすべての感情を、最後の一声に載せる。


「もう恋なんて、絶対しねぇー!」


 ファーーン!!!!!


 真崎宗近、16歳の宣誓は、————電車の音ファンコールに掻き消えた。



 ******


「はぁ、はぁ……」


 絶叫+全力自転車のせいで、家に帰るころには俺はすっかり息切れしてしまっていた。


「意外と腹減ったなぁ」


 大した距離ではなかったが、家に帰るころにはさっきファミレスで食べた大量の炭水化物はすっかりエネルギーに代わってしまったようで、俺の腹は元気に空腹を訴えてきた。


「ふう……」


 家に入るのが緊張してしまう。制服の裾をぴっと伸ばし、濡れてもいない目じりを一応こする。手汗をズボンでこすって、ドアを勢いよく開く。


「ただいまー!」


 家中に響くように、大きな声を出すが、返事は帰ってこない。遅くなるなら連絡しろと、小言をいくらか言われるくらいは覚悟してたんだけどな……


 耳を澄ませると、ドア越しに何かを炒める音が聞こえてくる。普段ならこの時間には大体ご飯の準備が出来ているはずだが、今日はまだらしい。まあ、俺としてもその方が好都合なんだけど、取り敢えず怒られることは無さそうでよかった。


「あれ?」


 安心して、靴を脱ごうとすると玄関に見慣れない靴が一足あった。黒く、俺のより少し小さいサイズのローファー。俺に兄妹は存在しないし、もちろん俺のではない。と、いうことは……


「お帰り宗近」

「母さん、俺、母さんがJKになっても、応援してるよ……」

「突然何言いだすのよ」


 ため息交じりに登場したのはウチの母、真崎麻衣子。エプロンとお玉と言う、これ以上ない位の完全装備でお出迎えしてくれる。


「馬鹿なこと言ってないで、早く手洗って部屋に行って。お客さん来てるよ」

「客?」


 想像していなかったフレーズに、思わず聞き返す。母さんはそれ以上話すつもりはないらしく、お玉を揺らしながら背中を向ける。


「いいから、待たせてるんだし早く行って。晩御飯になったらまた呼ぶから」

「うぇ、え、ちょっと!」


 俺の質問には一切答えず、母さんはそれだけ言い残して立ち去ってしまった。


「客、かぁ……」


 手を洗いうがいをしつつ、頭にいろんな候補を浮かばせる。省吾に、他の友達に、もしくは担任……?しかし、誰をイメージしても今の状況とマッチしない。


「っていうか、何でよりによって今日なんだよ……。」


 そもそもウチに来客なんてめったに来ないのに。こういう日に限って上手くいかない。ため息が漏れそうになるのを、必死に抑える。


 重たい足取りで階段を昇る。そもそも俺に許可を一切取らずに部屋に上げるのがそもそもおかしいだろ、一言連絡を入れてくれてもいいのに。とか、夜飯の時間に上がり込むなんて失礼だろ、とか、考えたくないのに思考がネガティブになってしまう。


 まあいいや、誰だか知らないが、用事だけ聞いたらさっさと帰ってもらおう。今日は一人になりたい気分なんだ。強く決心して扉を開く。


「お、やっと帰ってきた。おかえりー」


 そこには、綺麗にたたんだ布団に足をのせて、ベッドの上で居心地良さそうに漫画を読む、美少女がいた。彼女は普段からそうしているように、顔だけこちらを向けて、挨拶してくる。銀の髪束が、はらりとベッドの上にかかる。


氷室ひむろ愛姫まなき……?」


 固まっている俺を見かねて、少女————氷室愛姫はすらりとベッドから降りる。スカートから伸びる長い足がたたんと軽い音を立てて床に触れる。それと同時に、手から力が抜けて、どさっと鞄が床に落ちる。


「ちょっと、マサムネ、大丈夫?」


 不安そうな表情を浮かべつつ近づいてくる。宝石の様な茶色の瞳に、触れれば溶けてしまいそうな、雪のように白い肌。俺とほとんど変わらない身長のせいで、彼女の顔のパーツの全てが、顔を動かさずとも目に入る。聞きたい事は大量に浮かぶが、口はもぞもぞ動くだけで、言葉を形成しない。


 数年間話していなかった幼馴染が、触れられる距離にいた。しかも、俺の部屋で。


「おーい、話聞いてるかー」


 目と鼻の先にいる彼女が、まっすぐこちらに向かって手を伸ばす。白魚の様に細く長い指が、俺の頬に近づいてくる。そのシーンは、スローモーションのように感じた。


 彼女指が俺の頬に触れる、その直前———


 バタン!!!!


 脳のキャパを超えた俺の体は、反射的にその手を避け、そのまま後ずさりをして勢いよくドアを閉めた。俺の目の前には古びた木のドアが一枚。情報量が一気に少なくなり、やっとまともに思考が出来るようになる。


「あれ、氷室だったよな……?」


 自問自答してみるが、俺が彼女の姿を間違うはずがない。学校でもお互い話しかけさえしていなかったが、その姿はずっと目にしていた。仲が良かったあの頃よりも背が伸びて、ずっと大人っぽく、綺麗になった氷室。もう二度と、話すことなんて無いと思っていたのに……。頭は回るようになったが、結局同じはてなの堂々巡り。答えの出ない迷路に迷いこんでしまったような気分だ。


 ずっとドアの前に立ちすくんでいると、ゆっくりとドアが開く。細く開いたドアの隙間から、氷室が顔を覗かせる。先ほどまでと違ってやや伏し目がちな表情をしており、それに呼応するように、ストレートの銀髪がゆらゆら揺れている。


「とりあえず、入る?」

「お、おう……」


 俺の部屋だよと言うツッコミは、とっさに出なかった。






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