フラれて帰ったら、疎遠だったはずの幼馴染が部屋にいた

尾乃ミノリ

第1話 一人ぼっちの帰り道(1)

「ごめんなさい」


 爽やかな春の陽気を感じる、放課後の校舎裏。何か縁結びの伝説でもありそうなくらい大きな樹の下で、彼女は見惚れるほどきれいなお辞儀をした。


「え……?」


 俺、今なんて言われた……?予想外の言葉に脳が驚き、思わず反射的に言葉がでる。ゆっくりと頭を上げる彼女目線は申し訳なさそうにしていて、決して俺と目を合わせようとはしてくれない。


「真崎君の事は、ちょっと、今はそういう風には見えない……」


 オブラートに包まれているが、フラれているのは明らかだった。普段と違う呼び方に、今まで聞いたことのない位のトーンの声。二の句を注げない俺を置き去りにして、彼女は悲しげに微笑み、締めの言葉に移る。


「だから、私達まだ友達でいない?」


 フラれているはずなのに、最初の感想は、「可愛い」だった。辛い事を言われているはずなのに、視線は彼女の目から髪へ、髪から口元へと移っていく。


 メノウの様に艶のある大きな瞳に、サラサラな黒髪、そして少し湿り気のある……ピンクの唇。こんな小さな口から、紡がれている言葉の意味なんて、脳が理解しようとしなかった。


 だが、体はその言葉をしっかりと理解したらしい。呼吸がだんだん荒くなり、体全体に酸素が足りないのを感じる。必死に息を吸おうとしても、こひゅう、こひゅうと変な音ばかり出る。


おかしいのは息だけじゃない。逃げだしたいのに、足が棒のように固まって動けない。何か喋ろうと思って表情を動かしても、にへらっと気持ち悪い笑い方しかできない。


しかし、このままじゃいられない。彼女の最後の記憶に残る姿がこれだなんて、そんなの許せない。


 去り際位せめてカッコよく締めろ、真崎宗近……!


「じゃ、じゃあっ!今までっ、ありがとう……!」


 カッコ悪い俺の口が必死に言葉を絞り出すと同時に、金縛りにかかっていたように動けなかった俺の両脚には力が入り、そのまま逃げ出した。


「あ、ちょっと!」


 去り際に彼女が何か言いかけたが、俺に最早聞く体力は残っていなかった。勘違いして、思いあがって、俺だけ勝手に好きになって関係を壊した。カッコ悪くて涙すら出てこない。さようなら、俺の恋心。



 ******



「まあ、そう落ち込むな。元気出せ」


 学校から少し離れたところにあるファミレス。店内は学生や家族連れで少しうるさい位にぎわっている。しかし一つだけ、お通夜の様なテーブルがあった。


「元気なんて空っぽだよ……」

「ほら、俺のリアルゴールド飲むか?」

「エナドリで元気出るなら世話ねえよ……」


そう言いつつ、差し出されたグラスを掴み、一気飲みする。大量の炭酸が喉に波状攻撃を仕掛けてくる。


「うっ」

「おいおい、大丈夫かよ……」


飲むときにテーブルにこぼれたジュースをふき取ってくれる。備え付けの紙に黄色の炭酸がじわりと染み込む。


「辛い、穴があったら入りたい……」

「そう気を落とすな、切り替えて生きてこうぜ」

「切り替え!、られねぇ……」

「これは重症だな」


 こうしてフォローの言葉をかけてくれるのは涼川省吾、俺の親友だ。今回、俺が告白すると聞いて、祝勝会を開くと言ってくれた。まあ、残念会になったんですけどね……。ああ、自分で言ってて辛くなってきた。


「まあ、気にするなマサムネ。女なんて星の数ほどいるんだからさ」

「うぐっ」


 マサムネと呼ばれて、俺は再びダメージを食らう。真崎宗近、略してマサムネ。俺の事をそう呼ぶ人間は、今日で二人に減った。俺の脳内にかつての記憶が蘇る。彼女が初めて俺の事をマサムネ君と呼んだ日、照れくさそうにだけど彼女は確かに嬉しそうな表情をしていた。嬉しそうに、俺の名前を連呼してくれた。ああ、マジで可愛かったなぁ……でも、一番かわいかったのは、やっぱ本読んでる時だよなぁ、いやでも


「おーいマサムネー、戻ってこーい」

「はっ」


省吾の言葉でハッと我に返る。俺は今一体何を……


「相当重症だな、まあ、そりゃそうか……」

「返す言葉もございません」


 フラれたと分かっていても、彼女との日々がストロボの様にフラッシュバックしてくる、寧ろ告白する前よりひどい。最早慰めても仕方ないと感じたのか、省吾もふうと小さく息を吐く。


「しっかし、まさかフラれるとはな。お前ら、めっちゃいい感じだったのに」

「やっぱりお前もそう思うか……?」


 お似合いだと言われるのが、正直今でも嬉しい。俺をフったのは何かのドッキリで、机の下とか、後ろの席から大きなプラカードを持って出てきたりするんじゃないかとまだ期待してしまう。


 でも、現実はそう甘くはない。机の下にそんなスペースは無いし、俺達の前後のテーブルには家族連れが座っている。考えれば考えるほど、報われない現実が重くのしかかってくる。


「でも、偉いよマサムネは」

「なにがー」

「お前、友達でいようって言われたけど、ちゃんと断ったんだろ?」

「まあ、うん……」

「そんなに好きだったのに、よく断れたな」


 今まで通りの関係は続けられないなら、一年の初めの頃の、お互いの事を知らなかった日々に戻ろうと、そう決めていた。少なくとも告白する直前は、そう決心していた。


「なあ、ホントにこれで良かったのかなぁ。せめて友達でいてもらう方がよかったんじゃないのかなぁ」

「今更弱気になるなって。大丈夫、お前は偉いよ」

「うう、しょうごぉ~」

「くっつくなって気持ち悪いなあ」

「おい、傷心してる奴を叩くなよ」


泣きつく俺の背中を、親友はパンパンと少し強めに叩いてくる。少し痛かったが、今はその痛みが心地よかった。


「なあ、マサムネ、この世には星の数ほど女がいるんだぜ?」

「さっき聞いたよ」

「まあまあ、そう焦んなって」


 省吾はゆっくりと体を起こし、キリっとした表情で腰に手を当てる。俺もただならぬ空気を感じる。


「マサムネお前、この世に何人女がいるか知ってるか……?」


 省吾はそこで目を閉じ、大きく息を吸い、かっと大きく目を見開いた。


「35億!」


 ファミレス全体が一瞬静寂に包まれる。完全に目があった状態で、俺達は見つめあった。そして……


「「ぶっ……ははははっ!」」


 せき止めていた壁が一気に崩れたように、笑いが一気にこみ上げてくる。省吾も緊張がほぐれたのか、俺に負けないくらいの勢いで笑い始める。


「そのネタ、何年前だよ!」

「いいだろ、面白いネタはいつやったって」

「省吾お前、しかも、そのポーズする人35億って言わねぇし!」

「うわ、ホントじゃん……!」

「あーマジで、笑いすぎて涙出てきた……」


 冷静に考えると大して面白い話ではなかったかもしれない、っていか別に面白くなかった。だが、その瞬間の省吾はどんな芸人よりも輝いていた。


省吾の後ろのテーブル座っていたちっちゃい子が、不思議そうな顔をしてこちらを覗き込むのが見えた。ごめんな、お兄ちゃん達うるさくて。


「あー、まさかこんなに笑うとはなー」

「俺も、マジで息が出来ない」

「何でお前も苦しそうなんだよ笑」


 一通り笑ったおかげか、俺の心はつきものが落ちたみたいにすっきりしていた。くよくよしたって何かがが変わるわけじゃない、自分の過去の選択で悩むのなんてばかばかしいなって思えた。


「ありがとな、省吾。やっぱお前は親友だよ」

「親友だろ?この位当然だよ」


 そういうと、省吾はおもむろに壁側に立てかけられたメニューを取り出す。


「笑ったら腹減ってきたな。何か頼むか」

「お、もしかして……?」

「おごんねーぞ」


 すげなく断られるが、俺としてはついつい期待してしまう。俺の必殺の上目遣いを食らい、省吾は仕方なさそうに息を吐いた。


「今日だけだぞ」

「やったぜ~!流石親友!」

「俺も今月そんなに金ないから、程々にな」

「もちろん!じゃあ、ハンバーグプレートと、」

「おい、初手からなんてもん頼んでんだよ!」



 ******



「よし、じゃあグラスは持ったか?」

「おう……」

「一応だけど、文句は言いっこなしだぞ」

「たりめーよ」


 商品が届く前に、俺達はドリンクバーで乾杯することになった。だが、ただの乾杯じゃない。二人のグラスには毒々しい色の飲み物が入っている。俺は濁った抹茶ラテみたいな色の、省吾は俺特製の茶色のとオレンジの混ざったグラスを握っている。どう見てもマズイのが分かり切っているが、お互い引くに引けなくなっているのが目に見えている。


「よし、じゃあ、飲むぞ」

「ばっちこい」


 省吾も覚悟を決めたみたいだし、俺も腹をくくる。この一杯は決別の一杯だ。これを飲んだら俺はもう過去を振り返らず、前だけを見ていく。ニュー真崎宗近の誕生だ!


「じゃあ、マサムネの新たな出会いに期待して!」

「俺の新たな門出を祝って!」

「「乾杯!!!」」


 コップをもって、お互いためらわずに一気に飲み干す。そして、


「「まっじ~!」」


 二人で一気に飲み干して、叫ぶ。お互いの手の内が分かり切っているので、何が混ざってるかは最早聞かない。多分俺のはカルピスと緑茶、隠し味に多分リアルゴールドが入っている。正直飲み物会社に申し訳ない位にめっちゃマズイ。ちなみに省吾に飲ませたのはオレンジ+野菜ジュース+ウーロン茶。この世に手心なんてものは一切存在しない。だがここで飲み干さないのは男じゃない。マズイと言った後は、二人とも一気に飲みほす。


「「ふう……」」

「お前、さすがに野菜ジュース混ぜんのは反則だろ……」

「省吾こそ、リアルゴールドなんてさっきのお返しか?」

「おお、バレたか」

「バレバレだよ」


二人でまたはははと笑いあう。そこから先は、いつも通りの俺達の空気だった。


「でも……新たな出会いかぁ」

「何だよ、自信ないのかよ」

「自信って言うか、もう恋愛はしばらくいいかな。気になってる女子もいないし」

「まあ、いたらいたで問題だけどな」

「それもそうか」


 正直もう恋愛をするような体力はもう残っていない。こうやって省吾が一緒にいてくれていることが何よりも心地よい。。


「でも、マサムネお前、氷室さんと幼馴染なんだろ?」

「……誰から聞いたんだよ、その話」

「いや、クラスの誰かが、あの二人、実は幼馴染らしいよーって」


誰だか知らないが、全くはた迷惑な奴がいたもんだ。俺と氷室は、幼馴染ではあるものの、それ以上ではない。


「まあ、昔の話だよ」

「あー、もしかして、あんま聞いちゃいけなかった話?」


 だったら悪い、と手を合わせる省吾に、何てことない事の様に返す。


「違う違う、シンプルに疎遠になっただけ。確かに昔は仲良かったけど、今は済む世界が違うよ」

「へー、幼馴染なんてそんなもんか」

「そうそう、ずっと仲良しな幼馴染っていうのは、ラノベかアニメの世界の話」

「夢がねえなぁ」

「だから、もう俺と関わりのある女子は一切いないって訳」


省吾は残念がっているが、これが現実なんだから仕方がない。実際氷室とは何年も喋ってない。


「分かんねぇぞ?意外とこれからモテ期かも」

「意外とって言ってる時点でお察しだろ」

「違う違う!今のは言葉のあやだって!」

「どうだか」


 そんな軽口を叩きあっていたら、注文のポテトが到着した。

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