予感?

1-2



きっかけである

去年の俺達の誕生日会の事―――――。





「誕生日おめでとうございます!!」




すれ違う強面な組員が口々にする祝いの言葉は何度聞いても迫力がある。




きちんと90度に折り曲げる上半身は特殊訓練でもしたのかよとツッコミたくなるくらいで、笑えてくる気持ちをしまって、「サンキュー」と返事を返しておく。




屋敷内は慌ただしく祭り事のように、すれ違う組員も急げ急げと廊下を駆け巡る。




俺はさておき、あいつは毎年苦手な行事だろうなと、少しばかり同情して引き籠っているであろうその人物の部屋へと手をかける。




扉を開けばそこにはダラ〜とした表情で出迎えるのは俺の兄貴で、床に仰向けに寝そべっているのに、何故か両足はベッドに置いていて……なんつー格好してんだ。




「よ〜陽、なぁ俺今日パスしていい?」




開口一番、間の抜けた声で言うもんだからシャキッとしろ!という意味を込めて喝を入れてやる。




「ダメに決まってんだろ!今日は俺達、天上天下唯我独尊の日だろ!」



「…ん?意味わかってる?陽ちゃん?」



「俺達が今日この地に生まれ落ちた日だろうが!」



「そうなんだけどねぇ、それとこれとは意味が違ぇーの」




同じだろうが。俺達、神に選ばれし兄弟が天から降り立った日だろう。にやりと笑ってやると兄貴は少し呆れたように眉を下げクスッと笑った。




さっきから俺の足元で「うー」とか「あー」とか変な声を出しながら項垂れている翔の原因は、もう一つある。




「翔!陽!今日は宴だよー!!!」




ノックも無しにガバリと突然開かれた扉は壊れるんじゃねえかと思う程、大きな音を立てて驚いて振り返る。そこには着物姿で仁王立ちする人物。




「ちょ、お袋、落ち着けって〜」




太陽のように明るく晴れ晴れとした笑顔をしながら、足音を大きく立ててズンズンと俺達に迫ってくるのは、我等が生みの親であるお袋だ。




翔は寝そべりながら降参ポーズをしていたが、なんの躊躇もなく兄貴の胸倉を掴み無理矢理立たせ、そして俺の肩をバチンと派手に叩く。




相変わらず力加減がバカなんだよな…。いててと擦っていると、男じゃないね。なんて言ってくるあたり男より男らしい。




「お母様?勘弁してちょーだいよ」



「あ?言うこと聞けないのかい?引っぱたくわよ」




もう俺さっき引っぱたかれたんですけど。落ち着いてくれと翔が宥めるようとするが、それは逆効果だった。反抗しようものなら物騒な言葉が飛んでくる。




これはいつもの事だが、行事事が大好きな母親はいつもに増してドスが効いた声を出す。




まあ俺もその辺は母親の血を濃く受け継いでいるらしい。助けてくれと兄貴は俺に視線を送るが、諦めろ!とウインクして返してやる。




以前、兄貴はクリスマスの日に女と過ごす、なんて言って家に帰って来ない事があった。




その日は悲惨だった。




翔が家に帰って来ないと悟った母親は大暴れし、止めに入った組員も何本か骨折するという大怪我。



その状況を兄貴にリアルタイムで報告してやると、駄々を捏ねながら泣く泣く帰ってきた。




その時母親は、翔を見るや大広間の壁に飾ってある高そうな日本刀を抜き出し兄貴に切り掛かろうとして、それを止めたあの日は今も忘れない。




そんなおぞましい記憶を思い出しながら、それだけは回避しなければとブンブン頭を横に振って記憶を散らした。




「行きます行きます、是非とも行かせていただきます」




兄貴も同じ事を思い出していたのか、フルフルと震えながら自分の部屋をチラリと見渡し、武器は無いよなと確認していて。



まあどうせ参加したらしたで最初はイヤイヤ言う癖に、割と最後はちゃっかり楽しんでるのを俺は知ってるからな。




翔は頭をガクッと落胆するように落としながらヒラヒラとお袋に手を振ると、お袋は満足したように「ちゃんとした格好で来るんだよ」と開けっ放しの扉から出ていった。




まるで嵐が去ったように部屋は一瞬静かになり、俺と兄貴は顔を見合せ、ふぅーっと息を吐いた。






大広間には畳が広がり、そこには忙しなくスーツを着た野郎共が次々に料理を運び込む。既に大広間には膳と座布団。他にも中央の座卓には大皿の料理が狭そうに肩を寄せながら並んでいた。




それらを柔らかい座布団に座りながらぼーっと眺めていると、翔が俺の隣へと腰を下ろし、ふわりと煙草の匂いが鼻孔を擽った。




「そろそろ禁煙しろよな。俺より早死すんなよ」



「こうでもしねぇーと落ち着かないの」



「それはいつもの事だろ」




重度のヘビースモーカーな兄貴は煙草が無いと生きていけないといつも言ってる。



俺も吸わないわけでは無いが、翔のそれは完全にニコチン中毒者というもので、煙草の匂いがしない日はない。




「お前より先に死なねーよ」と翔はクスッと笑いながら目を細めた。



「…分かってる」




そんなの俺が許さねえ、絶対に。



そんな会話は俺達の間では時々出る。翔はいつもその話題になると困ったように笑う。




死ぬとか生きるとか、この世界じゃ隣り合わせにあって、当たり前に明日が来るとは誰も思っちゃいねえと思う。




だからこそ、お袋も含めて大事な日にはちゃんと祝いしたいって気持ちも分かる。




すると俺達の背後から優しい声がかかった。




「翔、陽。誕生日おめでとう」



『親父、サンキュー』



「お前ら相変わらずだなぁ」




振り向きざまに兄貴とハモもれば、親父は嬉しそうに笑って俺達の頭をワシャワシャと撫で回す。




親父の入室を皮切りに準備が整ったのかもう料理は運ばれる事はなく、長老達もぞろぞろと席に着席しはじめた。




そこからは堅苦しい長のありがてーーー話を聞き、適当に相槌しているとお袋にギロリと睨まれ慌てて姿勢を正す。




一通り長老達の話が一段落すると、親父が翔をチラッと一瞥した。締め括りの挨拶しろと言うことだ。




「ガラじゃないのよ〜」




ピリッとする空気の中に、似つかわしくない声で翔は俺にやってと、うるうるした瞳を向けてくる。



ったくしょうがねえな。




俺は立ち上がり全員が俺へと注目する中、声を張った。




「堅苦しい挨拶が終わったところで!今日は俺達双子の誕生を祝ってくれてありがとう。俺と飲み比べしてえ奴はかかってこい!今日は宴だー!」




お猪口を頭上へと掲げると、地響きのような野郎の低い声と共に雄叫びが上がる。



グイッと日本酒を流し込むと喉が熱くなった。




所々で騒がしく笑い声が飛び交う中、同盟である霧島組の組長、玲さんと親父は酒を嗜んでいた。




イベント事には、ちょくちょく霧島組は参加する。親父もお袋も、人との繋がりを大事にする性格だから、こうして俺達の誕生日会にも呼んでいるのだろう。




酒を取り交す場でも組の話し合うのもよくある事で、それは俺達にも関係する事だから聞いてない素振りを見せながらと聞き耳を立てる。




「ところでよ、お前のところの娘は来年高校生になるか?」




そして今回も参加する霧島組はうちとは長い付き合いがあり、組長である玲さんとは俺達双子も良くさせてもらってる。




左眉に古い切り傷が入っていて、いかにも。という強面の玲さんは自らの顎を撫でると息子を一瞥した。



その視線が向けられた先には、霧島組の息子の若頭である霧島 凪(きりしま なぎ)。




霧島は凪を含めた兄妹の二人の子供が居るが、どちらも血は繋がっていないらしい。




まあそんなことはどうでもいいが、いつも組が集まる時は必ず長男である凪しか連れて来ない。




「そうだな…そのことで話があるから、後で少し時間をくれ」




玲さんはもう一度 凪を視線に捉えた後、少しだけ不安そうな表情をして笑う。それは子を想う父親らしい表情だった。




俺達も‘娘’と呼ばれるその人物に、一度も会った事は無い。




詳しい理由はよく分からないが極道の娘として育てる気はなく、できる限り普通に育って欲しいという方針らしい。らしいと言うのは直接、霧島に聞いた訳ではなく人伝の人伝。




その話を聞いた時、裏社会でそんな生ぬりい事が通用するのかと疑問にも思うが、何故弱みになりえる女を引き取ったのかも俺は知らない。




裏を知らず我儘にベタベタに甘やかされて育ってるんじゃねえかとか思うが、それは口が裂けても言えない。




顔も名前も知らない女のことを頭の中のごみ箱に捨てておく。




「翔、陽。誕生日おめでとうございます」




いつの間にか、妹の兄である霧島 凪が俺達の前に立って軽く頭を下げた。




黒髪短髪で、目は珍しい琥珀色をしている。加えて端正な顔立ちは、人を寄せつけなさそうな雰囲気を纏った奴だ。




「おい、敬語なんて使ってどうしたよ」



「凪ちゃーん、他人行儀も良い所だぜー」




俺に続き翔が凪にそう言ってやると、翔が凪の手を引いて半ば強引に座らせながら首裏に腕を回して凪をホールドする。




それを甘んじて受け入れる凪は辟易した目で一瞬、翔を見た後に溜息を零す。俺の兄貴になかなか失礼な奴だなおい。




「仕方ないだろ。華さんの前だ」




華さん、とは俺達の母親の名前だ。仲良くやってないとフォークやナイフが飛んでくる為、しっかりしてる凪は行儀良くしている。




仲が悪い訳でも特別、良い訳でもないが基本的に表に感情を見せにくい凪は、少々分かりづらい所もある。



だけど面倒臭さがりだと言う点においては、うちの兄貴も俺も気が合う方だと思う。




「まぁまぁ、ここで飲もうぜ〜?」




言いながら兄貴は未使用のグラスを手に取り、それを凪の手に収めさせ、瓶ビールをトクトクと注いでやる。




グラスいっぱいに入る前に凪は、もういいと言わんばかりにビールの注ぎ口を避けようとするが「いいからいいから」と兄貴がまだそのグラスを追いかける。




「さっきお前さん所の妹ちゃんの話が出たけどよ〜」



「妹の話はするな。」




『妹』と出たワードに凪は眉をピクリと釣り上げて反応して、翔のビールを無理矢理奪い取って床に置いた。




「ケチだねー。別に取って食やしねぇよ。ただよ〜1回も会ったことねぇから気になってんの」



「お前に関係ないだろ。今後も会う機会なんて訪れる日は来ない」




このシスコンっぷりは凄まじい。




並々に注がれたビールを一気飲みする凪は、一見極道の息子とは思えないほど綺麗な顔立ち。その顔には傷一つなく、髪も一度も染めてないであろう艶のある黒色だ。



目鼻立ちもしっかりしており、どこかのアイドルかと言われれば納得するような顔。




「名前だけでも教えてちょーだいよ、俺達今日誕生日なんだわ。な?はーるー?」



「俺は別に興味ねえわ」




俺に振るんじゃねえよ。



無類の女好きの兄貴はここに居る全員が知っていて、それを分かってる凪は決して口を割らない。




翔は特定の女は作らず、飽きたらそれでバッサリ終わりという生活をしていて、それでも寄ってくる女は山ほど居るし、相手にも困ってないらしい。




妹の話も女の話も興味がない俺は、凪が床に置いたビール瓶を傾け、自らのグラスに黄金色の液体を注ぐ。




「言うわけないだろ。お前が妹の名前を口にすると考えるだけで吐き気がする」




酷い言われようだが翔は「えー!ケチ!」と言って全く傷ついていない様子で駄々を捏ねる。




このやり取りも毎回で、凪と会う度に兄貴は妹はどうしたと聞く。




多分兄貴は凪のシスコンっぷりの余裕の無さを楽しんでやがるな。まあ、俺は何でもいいんだけどよ。




凪は硬派なタイプに見えるが実はシスコンとのギャップに呆れながらも、口調も俺みたいに悪くないし、確か俺達より2つくらい年上だったはずだが、それ以上に幾分か歳上に見える。




こんなシスコン兄貴を持ったその妹は、今後顔を合わせる事は無いだろうと、残りのビールを口に含んだ。




今考えると玲さんから親父へ‘話’と出た時に何となく想定していたのかもしれない。




それが披露目の話が出る予兆の誕生日会だった。




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