夜の街とハンバーグ

1-3

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様々な人が行き交う夜の繁華街は酒や煙草、香水の混じった臭いが漂う。




行き慣れたその場所は九条組のシマだ。今日はある店に寄り本日分の仕事を終えた後。




どっぷり暗闇に浸かる夜に、煌びやかなネオンが主張するように当たりを照らす。この風景を見ると夜も夜じゃないように感じる。普段昼間は来ないが眠らない街の代表のような場所だ。




「陽さん、この後どこか寄って行きますか?」




俺と同じ歩幅で歩く黒いスーツの男は、俺達双子の側近である 馬地 夏目(ばじ なつめ)。こいつは、主に俺に着いて来てくれる。




後もう一人、天馬 秋夜(てんま しゅうや)という側近が居るのだが、そいつは主に兄貴である翔の方に主に着いてる。




だけど夏目も秋夜も、入れ代わり立ち代わりで俺達双子の側近をランダムに交代する。




そうしねえと翔の代わりに行く場所でそれぞれ側近が違うとなると悟られる可能性もあるし、それぞれ担う仕事も異なるため、逐一情報共有もしにくいからだ。




「腹減ったー、甘いもん食いてえ」



「腹減ったで何で甘い物なんですか?普通飯ですよね」



「お前がどこか寄るかって言ったんじゃねえかよ」



「それは飯でも、という意味です」




口が立つ夏目は敬語で俺を捲したてる。実は結構俺と性格が似てるタイプで、従兄弟の兄ちゃんって感じの男だ。




「じゃあ、あまじょっぱい食いもん」



「そんな店この辺にありましたかね」




あまじょっぱいのは良いのかよ。



夏目は胸ポケットからスマホを取り出すと検索をかけてくれる。やっぱそういう所が兄ちゃん感があるんだよな。



秋夜含めて、夏目とはかれこれ10年以上の付き合いになる。そう考えてみると長いなーと思いながら路地裏にふと目をやると。




うちの組が取り締まってるとはいえ、決して治安が良い訳でもない。喧嘩沙汰もしょっちゅうあるし、それに一々首を突っ込んでやるほど暇でもねえ。




雑居ビルが立ち並ぶ中、奥へと路地が続く道は誰かが言い争うような声がこちらまで聞こてきた。




「ハンバーグで良いですかね」



「あ?どこが甘じょっぱいだよ!」



「ほら、これなんかハンバーグの上にパインが」



「それは……甘じょっぱいな」



「でしょう」




兄ちゃん感があるっつったの取り消すわ。こいつは弟だったわ。俺より年上のくせにトンチ効かせたこと言いやがって。



ちょっと納得しちまったじゃねえかよ。




「パフェも各種取り揃えてますよ」




本当お前は俺の事良く分かってんな…。んなこと言われたら食いたくなるじゃねえかよ。言いくるめられてる感が否めないが、俺は俺でパフェでも食えりゃ良いかと頭を捻って考える。




その間にも、先程まで聞こえていた言い争う声はまだ続いていて、もう一度路地の奥を見た。




「さっきから煩せえあの声黙らせてから考えるわ」



「分かりました」




夏目も気付いていた様子でスマホを再び胸ポケットに仕舞うと、左手首に嵌めている高そうな腕時計で時間を確認する。




「ったく、ど平日になにやってんだか」



「全くですね」




さっきまで明るかった道も一歩奥へと踏み入れると、途端に空気が変わる。




3月の終わり、この辺は桜の木すら無い。どこから風に乗って来たのか潰れた花びらだけがチラチラと地面に張り付いている。



まだまだ冷たい風がビュウっと頬を掠めた。





ポツリポツリと頼りない街灯が一定距離で配置されていて、錆びた鉄と生ゴミの臭いが強くなる。食い物をその辺に捨てる奴まじで許さねえ、無駄にしてんじゃねえよ。




騒がしい声はだんだんと大きくなっていく、声と一緒に駆ける音が路地裏に響く。




「若い声ですね」



「ああ」




ガキの喧嘩かよ、また一本細い道に入ると人影が何人か見えた。




『金出せよ』




その声と何かを殴る異様な音は聞き慣れた音でもあって、やっぱり面倒臭せえなと舌打ちをする。



何かに群がるように4、5人の人影が見える。暗くて何をしているかまでは分からないが、誰かが言った『金』という言葉に大体の想像はつく。




「正義の味方じゃねえんだけどな」




夏目にそう言うと、そうですね。と溜め息が聞こえた。そりゃ堅気の揉め事なんざ割って入っても、百害あって一利無しと言うやつだ。




このまま引き返してパフェを食うか、それともガキのカツアゲ仲裁してそのガキから金を捲るか。どうしようかと真剣に考えていると、この暗闇の中の一人が俺らに気付いた。




「何見てんだよ?!」



「あーうぜー」




見咎められ、他の奴らも動きを止めるとこちらを警戒するように影がぞろぞろと動く。バレちまったじゃねえかよ。こうなったらやるしか選択肢がなくなる。




「夏目、頼むわ」



「ご馳走様です」




おいおいそれはハンバーグのことか?



振り返ろうとした瞬間には、夏目は俺の横を素早く通り過ぎてガキ共の所に行ってしまった後だった。




暗闇に目が慣れた頃、遠くの人影で喧嘩には参加せずにその場で蹲っている状態の奴が一人。多分カツアゲされてた奴か。




夏目に殴り掛かろうとするガキ共は、わらわらと取り囲むような配置を取る。




一人対多数の喧嘩と言っても素人の喧嘩では二人同時が限界だ。息が合ってないと味方まで殴っちまう事もあるし、そもそもこんな細い路地で全員で一斉に喧嘩は無理だ。




まあ袋叩きに出来れば別だが、夏目の喧嘩の強さを知ってる俺からすれば、片付くのも時間の問題だなと腕組みをして壁に背を預けながら傍観に徹する。




「若、」




何パフェにしようか考えていた時、不意に夏目が俺を呼ぶ。こういう場面ではわざと他人に悟らせないように『ワカ』と呼ぶ声に顔を上げた。




勝てないと判断した奴が一人こちらへ勢いよく走ってきた。……ったく夏目の奴 取り逃してんじゃねえぞ。




「退け!!」



「お前が勝手にこっち来たんじゃねえかよ」




退いてやる振りをして身を壁際に寄せた後、空いた隙間を走り出そうとしたガキの首元にラリアットを食らわせてやる。




「ぐはっ」と呻き声と共に背中から盛大にひっくり返った男は、ドサッと痛々しい大きな音を立てながら地面に身体を打ち付けた。




苦痛に顔を歪めた男はやはり学生のようで、乱れたブレザーはどこかの学校指定の物だ。俺達ここの学校の者ですよ、と証明しているようなもので、全く何やってんだよクソガキ。




怒鳴り声が無くなり静かになった夏目へと視線を向けると、既に4人全員地面に伸びていた。




蹲っていた人物に声をかけた後、その人物は俺達とは反対方向の道へと走り出す背中を確認する。




「オヤジ狩りなんて趣味わりーことすんな」



「……っ、うるせぇよ」




てめえ年上には敬語だろうが。反省の色が一切ない男は膝を立てて両手で地面をつきながら俺を鋭く睨んでいる。



俺からすればハムスターが睨んでいるようなもの。若気の至りと言うやつか、粋がりてえ気持ちは分からなくはないが、道理を教えてやる義理もねえ。



つーか俺が言える立場じゃねえしな。




「とっとと失せろガキ」




そう言ってやると、言い返す言葉も無いのか 男は唇を強く噛み締めながら悔しそうな表情を向けてくる。




オヤジ狩りするなんざ度胸もへったくれもねえ。自分より弱い人間痛ぶって自分が強いと勘違いしやがる。




男は立ち上がろうとすると、ポケットからジップが付いたビニールの何かを落とした。




それを見た瞬間────さっきまで抱いていた感情がいとも簡単に怒りが覆い尽くした。




「夏目!そいつらまだ捕まえとけ!」



「はい」



「おい、てめえ何持ってんだよ」



「…っ、」




逃げようとしていた男の胸倉をぞんざいに鷲掴みにして、制服のシャツを強く握り締め引き寄せた。




落ちたソレを顎でしゃくると男は何を落としたのか悟り、一瞬で恐怖の顔へと表情が変わっていく。



俺は掴む胸倉を苦しくなるだろうと分かっていながら強く引き上げる。




男の足元に落ちたビニール袋はカラフルな丸い錠剤がいくつも入っていて────それは人間の身体と人生をぶち壊す糞みてえなクスリだった。




「これ捌いてんのか?あ?」




夏目は俺の言葉の意味を理解したのか、他の4人の服から物色して同じようなビニール袋を引っ張り出した。




それを確認してから再び目の前の男へと視線を戻すと、ガタガタと震えながら口を開いては閉じてを繰り返していた。




そんな惨めな姿を見ていても、いくら子供だと分かっていてもこの怒りが止められない。




「おい、正直に言わねえと殺すぞ。」



「し、してませんッ」



「あ?」



「か、買ったもので、誰かに売ったりしてません」




頭を横に何度もブンブンと振り否定する男は、恐怖で強ばっていた身体を諦めたように脱力させた。




夏目の方へ視線を投げて確認すると、頷いて「みたいですね」と地面に転がる男から身体を離し、汚いと言わんばかりに手に付いた汚れを払った。




気色悪いカラフルなそれを、足で踏み潰すと袋の中で粉々になっていく。




踏み躙りながらそれでも怒りが収まらない気持ちに拳を握り固め、目の前の男の右頬を気絶しない程度に殴りつけた。




拳頭に響く感触と男が地面に再び倒れ込み、地面の砂利とコンクリートが擦る音が静かに響く。




鼻を啜りながら痛みに耐える男は俺に殴られた頬を両手で重ね押さえる。泣くなら最初からやるんじゃねえよ。




「二度と手出すんじゃねえぞ」



「………」



「返事しろや」



「は、はい…」



「後ろのガキ連れて消えろ」




返事の代わりに嗚咽をグッと堪える声がして、男は覚束無い足取りで夏目の足元に転がる4人の元へと歩いて行った。




去っていく背中に鋭い目を向けながら、それと入れ替わるように夏目が俺の方へと歩いてくる。もう一度 腕時計を確認した後、右手に持っていたヤクを俺に見せつけるように差し出した。




「これどうします?」



「交番にでも届けろよ」



「冗談キツイです」



「あの学校どこのだ?」



「隣の県ですが有名な進学校ですよ。確か…影山高校です」



「へえ」



「知らないのは無理ないです。陽さんとは無縁の高校ですよ」



「お前やっぱ喧嘩売ってんな?買うぞこら」




お前遠回しに俺が頭悪いとか思ってる口振りだよな?そうだよなあ?それに一人こっちに取り逃して来たし、やっぱハンバーグは奢らねえ。




鋭い目を向けても何て事ない顔をして隣を歩く夏目は、ふとさっきのことを思い出したような口振りでそう言えばと言う。




「最後に殴ったのって完全に八つ当たりですよね」



「あ?んな訳ねえだろ。お前だってボッコボコにしてたじゃねえか」



「俺は抵抗されたので最初に仕留めただけですよ」



「じゃあ俺も同じだわ」



「仮にも未成年なんで駄目ですよ」




─────まあ、その気持ちは分かりますけどね。




そう付け加えた夏目は、静かな怒りを押し殺すような表情で笑った。それを横目に捉えながらぎゅっと拳を握り締める。




別に俺らは正義の味方でもなんでもねえ。



ただ気に入らねえ事と許せねえ事がハッキリしてるだけ。




霧島もそうだが、うちの組ではクスリは御法度。親が決めた掟だ。それを破れば組織の造反、裏切りと判断され最悪の処分もある。



俺達もそのルールに乗っ取ってやってる。だけどそれ以上に、過剰になってる自分も居る。




「陽さん、ハンバーグ食べに行きましょうか」



「パフェな」



「パイン、トッピングしますか?」



「お前だけでやれよ」




さっきまでの怒りに滲んだ表情など、まるで無かったかのように話しを切り替える夏目は俺より心の整理が上手いらしい。




そうやって少しばかり生意気な態度をとったりするが、俺が沈みかける気持ちになる時は、必ずこいつは見逃さない。そしていつもの様に俺に話し掛ける。




俺はこいつが普段から俺くらい短気なのもキレやすいのも知ってる、俺と似てるから。




それでも大人の余裕と言うやつなのか、夏目は右手に持っていたさっきの物を自らのポケットに雑に押し込むとスマホを取り出した。




その表情は俺と先ほど会話していた時とは全く異なる、再び冷淡な瞳で画面を見つめながら片手でスイスイと操作する。




俺が歩き出せば視線はスマホに向いたまま夏目は静かに俺の後に続く。そのことは任せて、俺はパフェへと頭を切りかえながら暗闇の路地から歩き出した。





するとヴーヴーヴー、と着信を知らせるように俺のポケットからスマホが震え出す。着信相手を確認してから応答ボタンをタップし耳に押し当てた。




「どーした?」



『もう終わったかー?』




質問を質問で返す声の主はいつもの翔の声で。何が、と言いかける前に夏目を見ると、夏目は右ポケットを軽く2回叩いた。



ああ……それか。




「終わった終わった。今から夏目と飯食ってから戻るわ。で、兄貴こそ今どこだよ」



『とか言って甘いもん食べる気だろ〜。ちゃんとした飯食いなさいよ?』



「分かったから。んで、お前今どこだよ」



『事務所』



「ふーん」



『お前待ってようと思ったけど、やっぱ先帰るわ』



「何でだよ」




どうせ女と予定あるとかだろ。




『いやーね?冷蔵庫にプリン買って置いてるから、戻ったら食べなさいよ』



「まじか!兄貴最高!!」



『そうでしょう そうでしょう』




やっぱり兄貴は俺のことをよく分かっていやがる。パフェを食べようと思ってたが、やっぱりパイントッピングのハンバーグにしてやろう。




「マンションに戻るのか?待ってねえと兄貴の分まで食っちまうぞ」



『いいよ、お前だけで食えば』



「なんだよ、やけに気前良いじゃねえかよ」




そんな優しいと疑っちまうだろ。何か後々請求されそうで怖えんだけど。




視線を雑居ビルに流しながら不意に暗闇に続く道に目を向けると、耳に当てていたスマホとは反対に、何か聞こえてきた。




「─────。」




足を止めると微かに何処からか声が聞こえるのが、少しだけ大きく感じる。ハッキリと聞こえる訳では無いが、風を切り裂きながら何かの息遣いの声。




『はーるー?』



「どうしました?」




いきなり押し黙った俺に、電話先の翔と夏目がほぼ同時に話しかけてくる。




「いや、なんか騒がしい」




遠くに聞こえる繁華街の声とは別に、何かが駆ける音。さっきの出来事でサツを呼ばれたとか、そういうことではないと思うが。




夏目も「確かに騒がしいですね」と音の出処を探るように辺りを見回す。




『もう帰って来いよ』




翔は今日の仕事は終わりでしょと、宥めるように言われる。きっと翔だったら何事もなかったかのように帰っているだろう。




俺だって面倒臭せえのは嫌いだ。だけどさっきのクソムカつく奴みてえなのが、まだその辺に居るかもと思うと、何だか素直な気持ちにはなれなかった。




ジャリ、と足で地面を強く踏み込んだ時にする音がすぐ近くで聞こえて、奥の路地から一歩差し出した瞬間─────真っ黒い何かが俺へとぶつかりそうになった。



寸での所で身を躱すと、俺より背の低い黒い人物は、躓いて転倒しそうになる。




「おい!」




目に入った細く白い手首を捕まえると、頽れそうな身体を引っ張り上げるように力を加える。




急ブレーキの掛かったその身体は、掴んで手首を軸にしてグルリと俺の正面へと回った。




振り向いたのは、女だった。




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