第2話 私の知っている世界とは少しだけ違う(1)
退屈な授業を受けながらぼつりぽつりと考える。
なぜ友人Aなのかを、だ。
よく考えればすぐに答えは出てくる。
知り合いではあるものの、仲が良いというわけではない。だから友人Aに留まっているんだと。
仮に私が一宮志乃と本当に仲の良いキャラクターであったとしたのなら、クレジットには友人Aという他人行儀な名前ではなく、しっかりと名前がつけられていたはずだ。
仲が良いクラスメイトというポジションのキャラクターは作品を動かす上でとても使いやすい。名前をつければ展開に困ったらその都度使えるようになる。なのに名前がついていない。それはつまりその場限りの関係でしかなくて、友人Aが本当に友人という関係であるとは限らないという話だ。
要するに、一宮志乃と私はそんなに仲がいいというわけじゃないということ。
少し考えればわかるはずだったのに。
なんで気づかなかったんだ。
この世界に来て浮かれてたのか、そうなのか、そうなんだな。
オタク失敗だろ、こんなの!
ファーストインプレッションは失敗に終わった。
つまりこれは詰みゲー!
ここから一宮志乃と関係を築いて、主人公と結ばせる恋のキューピットになるとかできるのか? 私にそんな器用なことできるのか?
無理だ、無理無理。
なにあの子、急に馴れ馴れしくて気持ち悪い。とか、そんなこと一宮志乃は言ったりしないけど、でも心の中でそう思ってるかも。
いやー、いやー!
もう自害。そうだ自害しよう。
ほら、これって実質異世界転移みたいなもんでしょ? この作品の舞台は日本のどこかだから異世界っぽさはこれっぽっちもないけれど、でも広義的に捉えれば異世界転移とも言えるはず。
つまり。
なにか転移特典がもらえててもおかしくない。
所謂なろう系作品によくあるチート能力。
死に戻りだったり、魔力が限界突破していたり。
ほら、私にも。
ってそんなのねぇーよなぁ。
「はぁ……」
頬杖を突いて深いため息を吐く。
机をじーっと見つめる。
「空天ちゃん」
耳元を撫でるような声。
親の声よりも聞いた馴染みのある声。
聞くだけで心がぴょんぴょん……じゃなくてぽわぽわして、昇天しそうになる声。
「おーい、空天ちゃーん」
その声は留まりを知らず、また私の耳元に届く。
ゆっくりと顔を上げる。
私の目の前に一宮志乃が立っていた。
二次元キャラ特有のツインテール。
現実世界でやるとただの痛い女の子なのに、二次元キャラがやるとこうも様になる。
元の素材が良いから? それはそうだろう。否定しない。
「空天ちゃん、無視? せっかく仲良くなれそーって思ったのに」
一宮志乃は私がツインテールに思いを馳せている間も声を出し、それどころか座っている私と目線の高さを合わせるためにしゃがんでいる。
推しの気遣いに思わず絶頂しそうになる……。
ふ、ふぅ……危ない、危ない。
「空天ちゃん……って、私?」
キョロキョロと見渡して、どう考えても私のことだったので恐る恐る自分自身を指さし、ゆっくりと首を傾げる。
「空天ちゃんは空天ちゃんでしょ? 違う?」
そっかそっか。
私の名前、空天って言うんだ。
「う、うん……」
「……?」
一宮志乃は私のことをじーっと見つめる。
推しに見つめられる。
そんな経験は今までしたこと無かった。いや、推しは二次元でしか生きていなかったし、それは当然なんだけれども。
慣れないことをされるとどうしても逃げ出したくなる。
これは本能的なものであって、どうにか制御できるものではない。
だからすっと目を逸らす。
推しと目が合うだけでドキドキしちゃうんだからしょうがない。
「空天ちゃん、私と仲良くなりたくない……?」
目の前の推しは心底不安そうな口調で問いかけてくる。
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、仲良くなろ? ね。友達。友達になろ」
また私の手を握る。
今度は両手で包み込むように。
「うん」
そういえばそうだよね。
私の推しはそういう子だった。
誰にも笑顔を振りまくかわいい女の子。そして恋焦がれ、負けヒロインという負の使命を背負った悲しき女の子。
そんな彼女の笑顔を見て、さらに私は誓う。
絶対に主人公と結ばせて見せる。
と。
命を懸けてでもやってやる。そう誓った。
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